第7話 銀狼



「お、狼が、喋ってる……」


聖歌は呆然と目の前の狼を見つめる。


「何だ?愛娘は動物型の精霊を見るのは初めてか?」


聖歌があまりに驚いている様子を狼が不思議そうにみて口を開いた。


「えっ!?狼さんは精霊なんですか!?」


本で得た知識で存在は知っていたものの、実際の姿を前に感動を隠しきれず、思わず敬語になりまじまじと目の前の狼を見る聖歌。


「額の水晶石をみただけでもわかると思うが……その様子だと愛娘はこの世界に来てまだ日が浅いとみえる。この世界のことはどれくらい知っている?」


「えーと、日が浅いというか来たばかりと言いますか……」


そこで聖歌は目の前の狼にこれまでの経緯を簡単に説明する。


「なるほど、それは大変であっただろう。だが、キルヒェンリートから逃げ出したのは正解だな。南西の地に住む人間共は非道でこの世界の理に反する者ばかりだ」


「……なんとなくそうじゃないかとは思っていたのですが、やっぱり良くない国だったんですね……」


「いや、キルヒェンリートだけではない。基本的に南西の地の人々は他種族に対して排他的であるどころか、奴隷として扱う者達までいる始末だ。この世界において南西の地に住む人間以上に酷い生き物はいないと言える。まぁ、だからこそ長い歴史を経て種族事に別れた土地ができたのだがな。南西の地だけは未だに他種族を攫っては奴隷として扱う文化が根強く残っているのだ。なんとも嘆かわしい事よ……。だから我ら精霊は基本的に南西の者は好かぬ」


狼のその言葉にキルヒェンリートから逃げ出せた事に心から安堵した。まさか召喚された土地がそんなに酷い場所だったとは……。

しかも他種族の奴隷化など、とてもじゃないが受け入れられない。もしあの国に奴隷として働かされる人がいるのならなんとかしたいが、自分ではどうにもできないだろう。心を痛めるしか出来ないことを聖歌は悔しく思う。


「まぁ、その非道な様子を知らずに逃げ出せたのは良かったのかもしれんな。愛娘の精神に悪影響を及ぼしたかもしれぬ。しかし、こちらに来て数日ということは、妖精の姿も知覚出来ていないのだろう?」


「えっと、すいません、既に疑問だらけです。妖精もわかりませんし、その……先程から気になっているのですが、その"愛娘"というのは一体……?」


気の所為でなければ聖歌のことを言っているように聞こえるが、聖歌には当たり前だが狼姿の精霊の娘になった覚えなどない。


「ふむ……ある程度は調べたとは聞いたが、全てではないようだな。愛娘の経緯を聞かせてもらったのだから、我はこの世界について説明させてもらうとしよう」


そして狼はこの世界の成り立ちについて教えてくれた。

魔法から成るこの世界にはまず最高神がいて、その下に各属性ごとに代表の神々がいる。水、風、火、土、光、闇を基本とし、氷や雷などの神様までいるらしい。そして属性毎の何人かの神々(大体一族性につき3人程いるらしい)の下に最高位の精霊が存在し、中位、下位と格付けされているらしい。


「まぁ、我ら精霊族は同族は全て皆家族とみなす種族。それゆえ格などを気にするものは殆どいないがな。妖精というのは下位精霊であり、今もそこら中に飛んでいる者達のことだ。今のお主にはまだ見えぬだろうが……」


そういって私には視認出来ないがそこにいるのであろう、周りの中空に漂う妖精を見て笑うと狼はまた話し出した。


「そしてこの世界において魔法とは、精霊の力を借りて発動されるものと、そのもの自身の魔力を使って発動されるものがある。魔法は種族関係なくこの世界の生き物は全て使えると言っていいだろう。だがどの種族においても個々によって使える魔法には差異がある。無属性は誰でも使えるが、それ以外は属性事に分かれている。人によって様々であるが、大体は一属性、多くて三属性ほどしか所持しておらん。そして簡単な基本である初級魔法なら誰でも個人で使えるが、中級、上級のものとなると、精霊の力を借りなければ発動出来ないものが殆どとなる。人間の扱うものの中には大人数で行使すれば発動出来るものもあるようだが、言ってしまえばそれは命を削るに等しい行為と言えるな」


「えっ、でも……」


キルヒェンリートでは中級・上級魔法は大人数で行使するものであるとしか書いてなかった。精霊の力を借りる等という表記は無かったのだ。それについて聖歌は狼に尋ねる。

狼は聖歌の質問に対してなるほどなと呟いた。


「……先程我が言ったとおり、殆ど……いや、全ての精霊は南西の地の者を嫌っておる。知覚できたのならわかったであろうが、彼の地には妖精さえ殆ど居らぬ。考えられるのは本当に精霊によって魔法が発動する事を知らぬのか、長い歴史の中で改変されたか……可能性が高いのは、一部の者が真実を知りながら世間ではそういうことにしているかだな」


「どうして、そんなことを……?」


「わからぬ。だが一つ確かなのは、それを知れば奴らは妖精や精霊を乱獲するに違いないということだ。我の考えが確かなら、真実を隠したものは精霊を守る為にそうしたということだ。唯でさえ他種族を見下してる奴らにしてみれば許せぬことであろうからな。おそらく真実を知らぬのは南西の地の人間のみであろう。」


「……精霊は人間が嫌いなんですか?」


聖歌は狼の言葉に不安を抱いた。聖歌は異世界から来たとはいえ、人間であることに変わりはないからだ。

すると狼は慌て出した。


「ち、違う!それは南西の地の者のみの話だ!他の土地にも人間は多く暮らしておる。同じ人間なのに南西の地の者とは違って優しい者達ばかりだ。同じ種族であるのにこうも違いがあることに疑問しか浮かばぬな。……そして、愛娘とは、この世界の神々に愛された者の事を示す呼称である。」


そういうと紫水晶の瞳がこちらをひたりと見据えた。瞬間、周りの空気までもが静寂に満たされたような気がして、私は思わずゴクリと喉を鳴らした。


「"神の愛娘"何十年……いや、何百年かに一度、種族に関係なくその者は現れる。まぁ、何の因果なのか人間の中で現れる事が多いのだが……。彼らはその言葉の通り、魔法を司る神々に愛された存在だ。それを我らは"愛娘"や"愛マナ"と呼ぶ。愛娘は全ての属性を扱うことの出来る唯一無二の存在であり、精霊に愛された存在だ。彼らは魔法の呪文や特殊な手段を用いずとも、旋律を奏で、そう望むだけで魔法を行使できる……と言われている」


まぁ、我も実際に見たのは初めてだな。そう言いながら狼は私を見据えた。


(……んんん?おい、待てよ、もしかしなくても、いや、というかもはや確定だが……)


「えっ、ちょっと待って下さい、私がその"愛娘"なんですか……!?」


「だから、そうだと言っておろう」


「えっ、いやいや、でも普通に呪文で魔法とか使ってますし!」


「使わずとも行使できるだけで、呪文や手段を使えば当然魔法は発動できる」


「えええー……」


正直余り納得できない。だって私そんなご大層な人間じゃないし……

むしろリオーネがそうだと言われた方が納得できる……。

そこではた、と私はある事に気づく。


さっきの説明、特に後半の方、なーんかどっかで聞いた覚えが……。そうだ。異世界転生した日に王子から聞いた巫女姫の話にも同じような説明があった。


(もしかしなくても、愛娘ってキルヒェンリート国でいう巫女姫のことじゃないのかな……)


だが、一つ疑問が生まれる。愛娘はこの世界でも生まれる存在なのだとしたら、キルヒェンリート国はなぜわざわざ召喚などしたのだろうか。


「あの、質問なのですが、愛娘と異世界人であることは関係があったりするのですか?」


「いや、特にその様な話は聞かぬな。第一、異世界人……まぁ、我らは渡り人と呼ぶが、その存在自体は愛娘より希少であることは確かだな。我がお主に会いに来たのも突然現れた愛娘の気配に興味を持ったからだ。精霊は基本的に愛娘の気配を感じることが出来る。数日前に突然南西の地に気配が現れたから来てみたら、まさか渡り人だったとは……。まぁ、お陰で突然現れた理由は理解出来たがな」


「あの、それって本当に私の気配ですか?キルヒェンリート王国から愛娘の気配を感じたりとかはしませんか?」


(王子はリオーネが巫女姫だって言ってたから、もし本当に巫女姫=愛娘なら、気配はキルヒェンリート王国からするはず……)


「いや、この辺りではお主からしか感じんな」


(え、じゃあまさか……)


もしかしなくとも、巫女姫と愛娘が本当に同じものだとしたら……。私がその巫女姫で、王子が勝手にリオーネだと勘違いしたという考えが聖歌の頭に過ぎる。


(いや、まだ決めつけちゃいけない。愛娘と巫女姫は別物だっていう可能性もある。うん、まだ決めつけるのは早い)


……とりあえずこの事は後でちゃんと考えよう。まずはこの森を抜けることが先決だ。

狼に会えたお陰で一人で森をさ迷うという状況は打開できたのだ。


「えっと、じゃあ狼さんはわざわざ愛娘である私に会いに来てくれたのですか?」


まぁ、どんな理由にせよこの狼のお陰でこの世界の本当の情報を知ることができたのは僥倖だ。一人で心細かった中で目の前に現れ、この世界について説明してくれた目の前の狼のことを聖歌は既に信頼し初めていた。


「そうだ。お主に頼みたいことがあって、我は来たのだ。そして狼さんではない。我はシルバ。この風の森に住む風の女神アネモス様に使える最高位精霊の一つだ。……主の名を教えてはくれぬか?」



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