第6話 新たな出会い
「っ、はぁ、はぁっ」
酷い息切れで酸素が足りない。呼吸が苦しい。森の中に入ってどれくらい経っただろうか、縺れそうになる足をやっとの事で止め、息を整える。
念のため後ろを振り返り、追手がいない事を確認し終えて、漸く安心する。
周りを見渡せば最初にこちらの世界へ来た時と同じような森の中だ。
だがあの時とは違い、緑の隙間から降り注ぐ夕暮れの光に照らされた森は美しく感じた。
「なんか、振り出しに戻った気分……」
でも、あの時とは状況は違う。唯一持ってきたギターケースの中には、この世界について調べたノートが入ってる。
(とりあえずは現在地の確認とこれから何処へ向かうか決めないと。でも、今はそれよりもとにかく日が暮れる前に水場を確保しないと……)
夕日は沈み始めている。もう暗くなるまでに時間が無い。聖歌は呼吸が整ったことで1度目を閉じ、耳をすませてみる。だが、風の音は聞こえるものの、水の流れる音は一向にしない。
「やっぱ無理かぁ……」
途方に暮れる聖歌の周りを風だけが吹く。
(あれ……?)
ふと聖歌は不思議に思う。
今の今まで、風など一切吹いていなかった筈だ。何故急に吹き出したのか。しかも不思議なことにこの風は聖歌の周りにしか発生していないようだ。
「うわっ!?」
急に一際強く風が吹き、聖歌の身体は斜めに押し出される。よく見ると、周りの風は聖歌が押し出された方向を指し示すように吹いている。水音も聞こえないこの状況でも、とりあえず進まなければ何も始まらない。ならばと聖歌はそちらに吸い寄せられるようにして足を進めた。
しばらく歩き続けること、あれから1時間はたっただろうか。辺りはもう暗くなっていた。
(もうダメかもなぁ……)
もう今夜は水場探しは諦めてここらで夜を明かそうかと考え始めた時だった。
僅かだが、前方から水の流れるような音が聞こえてきた。聖歌はまさか、と走り出す。
「うそぉ……」
そこには、聖歌の望んだ綺麗な水の流れる川があった。
パチパチと炎の弾ける音がする。
あの後何か食べ物はないかと水辺を散策したら果物のようなものが生っている木を見つけ、"鑑定魔法"で確認した所、食べれることがわかったので今夜は一先ず此処で夜を明かすことにした。1口かじって見た所、梨のような味がした。本当なら魚も欲しかったが、今夜はもう辺りは薄暗く川を覗き込んでも魚の姿など視認出来そうにないことから諦めた。
「にしても、本当に魔法のある世界で良かった……」
獣避けと暖を取る為につけた炎をみながら声を出す。そこで、はた、と気づく。
「……と、いうか、わざわざ川を探さなくても水魔法を使えば水を確保出来たんじゃぁ……」
とんだ取り越し苦労だ。まぁ、結果的に果物も見つけたことだし、ないよりはあった方が良いだろう。今日はもう疲れた。木の根元で身体を落ち着かせると聖歌は目を閉じた。
(それにしても、あの時の風は何だったんだろうな……)
川を発見した時にはやんでいた不思議な風。聖歌は疑問に思いながらも襲ってきた心地よい眠気に身を任せた。
チュンチュンと鳥の囀る声に聖歌は目を覚ます。いつの間にか眠っていたのかと聖歌は身体を伸ばす。辺りを見回すと丁度日が登り始めたのか、ぼんやりと明るくなり始めていた。
(というか、よく知らない森で寝れたな……思ったより神経図太いのかもな、私)
それにしても本当によく眠れた。この背中に当たっているふわふわしたもののお陰かもしれない。
「……ん?」
そこで漸く違和感に気づく。
昨日寝る前には別にふわふわしたものなんてなかったはずだそして気のせいか、視界の端に銀色の毛並みのようなものが見える……。
恐る恐る後ろを振り返ると……
「……!!??」
そこには大きな銀色の狼が気持ち良さそうに眠っていた。
思わず叫ばなかった私を褒めて欲しい。いやでも、恐怖よりも混乱が勝っている。それに何より、私は、動物が大好きだ。特にネコ科やイヌ科の大型動物には小さい頃から憧れていてテレビで動物ドキュメンタリーや動物番組は必ず録画予約し、くい入るように見ていた。こんなに近くで動物を見たのは初めてかもしれない。うちは母が動物アレルギーだったため、ペットは飼えなかった分、正直この状況にとても興奮している。
そして抑えきれぬ衝動のまま、私は恐る恐る手を伸ばす。
なでなでなでなで。
(ふわっふわだぁあ〜っ!!!)
銀色の光沢のある毛並みはその見た目の美しさを裏切らず、素晴らしい肌触りでふわふわのもふもふだった。
思わず一心不乱に撫で続ける。すると撫で続ける私の手に狼が顔を剃り寄せてきた。眠ったままの顔をみるに無意識の行動のようだ。
(かっかっ可愛い~~っ!!!)
狼のあまりの可愛いらしい仕草に聖歌は思わず見悶える。そこでふと不思議なものを見つける。
その大型の狼の額には紫色の不思議な色をした石のようなものがついていた。
ちょうど聖歌の手の平ぐらいの大きさを持つひし形の形をした石。
当然だが日本で見た狼の種類には額に石をつけた種類などいなかった。まぁ、それは狼に限らずどの動物もそうだろうが。
気にはなるものの、聖歌はこの極上の毛並みの前には些細なことだと考えた。そして今はこの毛並みを堪能しようと撫でる手をとめると今度は顔をすり寄せる。
(あぁあ気持ちいい……もふもふだぁあ~)
あまりの気持ちよさにうっとりしていると、不意に声が聞こえた。
「……愛娘よ、何をしている?」
いきなり聞こえた声に驚いた聖歌は慌てて顔をあげてあたりを見回す。しかし周りをどんなに見ても人の姿は見えない。するとまた声が聞き超える。
「どこをみているのだ?」
その声の聞こえる方向ー左下に顔を向けると、いつの間に目が覚めていたのか、こちらを見つめる狼の、紫水晶の瞳と眼があった。
「ようやくこちらを見てくれたな。出会えて嬉しいぞ、愛娘よ」
狼が人の声で喋るという、普通ではありえない光景を見た私はただただ口を開けたまま、ポカンと間抜けな表情を晒すことになるのだった。
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