第5話 逃亡
茫然自失というのか、ふらふらとした足取りで与えられている部屋へと戻った。
ベッドに座って部屋の隅に置かれているギターを見つめる。
(歌がない世界なんて、私にとってはまさに地獄でしかないな……)
はぁ、と溜息をついて、図書館から持って帰ってきたノートを広げる。
どうせ調べるならばと、図書館でこの世界で生きていく上で必要になりそうな情報はノートにまとめておいた。
携帯で写真をとることも考えたけど、いつ電池がなくなるかわからない以上、不用意に使うのは得策ではないだろう。
あの後もう少し調べた所でわかったのは歌はないものの、かろうじて音楽というものはあるということだ。楽器などを演奏するような文化はあるようで少し安心した。
「これからどうしようかな……」
窓から見える広場を見つめる。
ここ数日城で過ごしている中で、聖歌としては幾つか不審な点を感じている。
まずは2日目にも既に感じていた食料不足とは思えない豪華な食事内容。
そして……ベランダから見える城内の兵士の訓練場の数々。戦争中でもあるまいに、この城の広場の大部分が兵士の訓練用の場所に当てられている光景だ。来てから毎日欠かさず兵士達が訓練している様子がいつも窓の向こうに見受けられる。
(これじゃまるで、戦争を起こすための準備をしているようにしか見えないわ……)
食料事情にしても、城内のみの生活では手に入れられる情報にも限界がある。
巫女姫を召喚した理由が食料事情じゃないとしたら、本当の理由がある筈。
王子は巫女姫はどんな魔法も使いこなせると言っていた。本で調べる限り、人1人で扱うのが困難とされているのは大規模魔法ばかり……。でも大規模魔法の大半は、日常生活では必要ないであろう内容ばかりだった。そう、まるで戦争時にしか使わないような……。そこまで考えて、聖歌は嫌な予想が頭を過ぎった。
(この国は……キルヒェンリート王国は、戦争を起こそうとしている……?)
まだ確実ではない。ただの予想だ。だがそれにしては嫌な胸騒ぎを感じた。
もしこの予想が当たっているのならばーー
「巫女姫を召喚した本当の理由は……戦争に利用する為……?」
だとしたら不味い。巫女姫であるリオーネはこの先確実に命が危うい戦場に出されることになる。
いや、リオーネだけじゃない。
文献を見てわかったのはこの世界において異世界人は誰もが通常の人よりも多い魔力を持っている場合が多いと示されていた。
考えて見れば、巻き込まれただけの私達まで城で面倒をみることにした理由はなんだ?
食費や世話が増えるばかりで国にとっては何の益も無いはずだ。
だが、それが、
ーー戦争に出る為の戦力を増やす為だとしたら?
冷や汗がドッと流れる。
まだ確実ではない。だが聖歌は頭の中でこの予想が殆ど間違いではないと確信していた。
そしてーー、
もしそうだとしたら、その異世界人達が逃げ出すことがないように、最低限の警戒はされているはずだ。
聖歌は頭が良かった。それが裏目に出た。警戒しておくべきだったのだ。聖歌は今城の中にいる。つまり、この城の中では行動や言動はいつ、誰に聞かれているかわからない。
コンコン
そう気づくと同時に、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
この数日間、部屋がノックされたのは食事などの呼び出しの時のみだ。だが今は夕方。夕食にしては速すぎる。
背中を嫌な汗が伝う。心臓が早鐘を撃つ。
(さっき、私は、考えを声に出さなかったか……?)
王子が巫女姫の召喚理由をわざわざ偽ったのは何故だ?
本当の理由を知られたくなかったからだ。そしてその理由が、聖歌の予想した物で正しかったのならばー。
聖歌は気づくと同時にすぐ様荷物を纏める。その間にも遠くから決して少なくはない人数が走って部屋の前へ向かって来ているような常にはない慌ただしい足音が聞こえてきた。
扉が乱暴に開けられると同時に数人の兵士が武器をこちらに向けていた。
「申し訳ないが、直ちにご同行願いたい」
「急に何のつもりですか?そんな物騒な武器を持ち出して、一人の小娘相手に随分な人数の様ですが」
もう間違いない。
恐らくこの部屋の中には盗聴器のようなものや、それに当たる魔法が仕掛けられたと考えるべきだろう。
(そして、先程の戦争に利用しようとしているのではないかという言葉を聞かれてしまった)
この国が私達異世界人を利用しようとしていることに気づいたと言う事を、彼等に知られてしまったということだ。
「諸事情により、貴女の行動を制限しなければいけなくなりました。大人しくご同行してくだされば、命まではおとりいたしません」
兵士達は同じ事を繰り返すばかりだ。
埒があかないと考えた時、彼等の後ろから金茶色の髪をした男が姿を現した。
気づいた兵士達は慌ててザッと端による。
「ーー驚いたなぁ」
いかにも貼り付けたような笑顔でこちらを見つめる王子が、そこに立っていた。
その目は嫌な光を宿してこちらを見ていた。
「まさかたった数日で僕らの本当の目的に気付かれてしまうなんて。予想外だよ。君は余程頭がいいと見える。困るんだよねぇ」
「お褒めに預かり、光栄ですね」
言葉を返しながら、私は距離をとるために後ずさった。
私の嫌味に王子はひくりと笑みの形をとっていた口橋を歪めた。
「まぁ、気づいたのは君だけのようだし、君が他の仲間に接触しなければ問題はなさそうだ。初日からこの国について調べだした君と違って彼らはこの数日間巫女姫とお喋りばかりしていたようだしね」
「やっぱり、私達の行動を見張っていたんですね?この部屋の至るところにそういった魔法が仕掛けられているのでしょうか」
「頭のいい女は嫌いじゃないけど、君は少々感が良すぎたね。君の問に答える義理はないよ。お前達、この娘を捕らえろ!」
「ハッ!!」
兵士達が一気に部屋に突入しようとしてきたのと同時に私はとっさに魔法を発動した。
「我は姿を晦ます者、煙幕!!」
「!?な、何だ!?げほっ」
その瞬間、部屋の中は煙に包まれた。兵士達がまさか数日間で異世界人が魔法を覚えているとは予想していなかったのか動揺して動きが鈍った。その一瞬の隙をついて私は窓から外へ脱出した。
(簡単な魔法を幾つか覚えといて本当良かった……!)
この数日間で簡単な使えそうな魔法の呪文は全てノートに纏めてある。
私は姿を隠しながらも必死に城門に向かって走り出す。
だが、窓から身を乗り出した王子が広場にいた兵士達に向かって大声で命令する。
「お前達!!すぐ様そこの小娘を捕らえろっ!!」
(まずい、このままじゃ捕まる……)
頭の中で必死に覚えた魔法で使えそうなものを思い出す。
「!そうだ!私は姿を消せし者!透過!」
その瞬間、私の身体は透明になった。しかし問題はこれは姿見えなくするだけで声や空気の動き、気配は消せない。持続時間も短い。
城門まではまだかなりの距離がある。
(なんでこの城は無駄に敷地が広いんだ……!)
必死に辺りを見渡すと、ちようどすぐ近くを商売を終えたのか、城を出ようとする荷台を引いた馬車が通りかかった。私は慌ててそれに飛び乗る。
(短いとはいえ、この魔法は3分は持つはず。この馬車のスピードなら無事に外まで行ける!)
考えてる間に馬車は城門についた。私を逃がさない為だろう、城門の警備は厳重に敷かれていたが、私は息を殺すようにして荷台の済でじっとしていた。特に隠れる場所もない荷台と馬車の中を確認して、無事に馬車は城の検問を抜けた。その時だった。
大きな警報が辺りに鳴り響いた。
「な……っ!?」
「!いたぞ!小娘だ!捕まえろ!」
(何で!?まだ残り時間はある筈なのに……!)
城門の前に不思議な魔法陣が浮かんでいた。
考えて見れば当たり前だ。透明になれる魔法があるなら、それを破壊するような警備や対策がとられているのは当然といえる。私はすぐ様馬車から飛び降りて脇目も振らず走り出す。幸いにも私の運動神経はそこまで悪くない。
(でもどうすればいい!?何処へ逃げれば……!?)
この調子だとこの国に検問が敷かれるのも時間の問題だろう。だとすると今すぐにでもこの国を抜ける必要がある。
ふと視界にこの城に隣接する広大に広がる森が目に入った。
(もう、迷っている時間はない……!)
私はすぐさま方向転換し、迷わず森を目指して走り出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます