助けてくれたと思ったら「殺してください」と言われました
藤井荊軻
プロローグ
嗚呼、死ぬんだな――…
俺は仰向けになったままそう思った。仰向けになったままそっと目を見開く。見えたのは、木と木の間から見える青白く光る満月と小さな星達が見え、空は宵闇に染まっている。周囲は不気味な程生い茂る木々に覆われており、自分のことを見下ろしているように見える。ここには誰もいない。自分以外誰も存在しない。誰も助けに来ない。当たり前だ。全員死んだのだから。そう、つい先刻の事だ。俺は今年晴れて魔術師となった。6年の学業生活を終え、学年トップという首席で卒業した。卒業した後、俺は様々な任務や事件を解決してきた。だが、半年たったある日、俺は同じ仲間だった者達と一緒にとある任務を遂行していた。最初は順調だった。だが、突然あいつが…あいつさえ裏切らなければっ…!落ち着け。今憤っても意味はない。傷は深い。常人なら即死は免れない程の傷だなのだからな。俺は他の者よりも持っているほうだろう。だが、おそらく数分で死ぬのだろうな。視界が霞んできている。意識が朦朧とする中、俺は絶望感と喪失感、虚しさが心を埋め尽くす。ほら、死ぬ間際によく「何も感じなくなる」っていうだろう?それは、こういうことさ。さっきまで感じていた憤りもどうでもよくなって、今までのことすらもどうでもよくなるこの感じ。でも、なんでだろうな?走馬灯というものが見えないんだ。俺にとって過去という思い出は見るに値しない程度のモノだったんだな。
「あ…ぁ……」
この無機質な思いを叫ぼうと声を出す。だが、自分の中からでた声は汚く掠れていて、本当に自分の声なのかを疑う。「う、ぁ…」もう一度声をを出して確認するが、やはり自分の声だ。「(嗚呼、もう無理だな。視界がぼやけてきた…)」俺はそう思い目を閉じかけたその時、森の奥からシャラン…という音が森に響いた。
「…?」俺は残る力を振り絞り、音のした方向を振り向いた。
シャラン…シャラン…シャラン……
最初は微かに聞こえていた音も少しずつ近づいてくる。「(クソッ…!こういう時に敵かっ…!?敵に殺されるくらいなら戦ってから死ぬほうがいいに決まっておるっ…!!)」力の入らない手で剣を持つ。魔力を込めると、弱々しい紫色に光る膜が剣全体を覆う。「(この程度しか出来なくなっているとはな…)」そう思うと同時に俺は音のした方を睨む。森の奥から人影が見える。暗くてよく見えないが、体格からして女のようだ。こちらに向かってきている。
シャラン…
と、その影は目の前で止まった。俺はその影を見上げる。見上げると同時に、雲に隠れていた月が顔を出し、その女を照らした。「っ…!?」俺は目を疑った。その女は着物に身を包んでいた。髪は腰より少しばかり長く、漆黒に近い。瞳は、澄んだ湖のような綺麗な蒼。顔立ちはそこらで見る女よりも美しい。例えるなら人外の美しさだ。音の原因は下駄についている鈴のようだった。女は俺をじっと見下ろしている。
「…ねえねえ、大丈夫?酷い怪我だねぇ、普通なら死んでいてもおかしくないよ?」鈴のような声だった。聞いていても五月蝿くない。「ぁ…」返答したくても声が出ない。「嗚呼、なるほど。傷のせいで声がでないのか。それじゃあ返事出来ないねぇ。ねえ、傷、治してあげようか?」俺は弱々しく頷く。「うんうん、生きたいかぁ。わかった。じゃあ、治してあげる。その代わりに――…」
その次の言葉に、俺は耳を疑った。それは――…
「貴方を助ける代わりに、私を殺して」
この言葉と同時に、俺の人生は大きく変貌していく。様々な人との出会い、別れがこの先に待っている、そんな予感がした。
助けてくれたと思ったら「殺してください」と言われました 藤井荊軻 @imari_56
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