【恋愛】「抱え込む」「カレーライス」「淡い」

 ただいま、と玄関先で声がした。

 そろそろ良い頃合いだと、ぐつぐつ音を立てる鍋をかき回す。

 味見はしていないけれど、そこまで神経質にならなくても大丈夫だろう。

 何せ、必要な材料を放り込んで混ぜれば、失敗することはまずない料理なのだから。


「良い匂いがする……って、もしかしてカレー!?」


 リビングに入ってくるなり今日のメニューを言い当てた当人は、背後から覗き込んで喜びを滲ませた。


「やった!久々に食べられる!今日何か良いことでもあった?」

「そういうわけじゃないけど、たまにはね」

「お前いっつも『二種類作らないといけないから』って作ってくれないもんなぁ」

「だって私辛口食べられないから、鍋を別にして自分用の甘口も作らなきゃいけないんだもの」


 大人が食べるカレーライスといえば、大抵中辛か辛口のルーになる。

 けれど、辛いものが食べられない人間にとって、カレーは甘口が絶対なのだ。

 子供の頃と同じ舌で育ってしまった身としては、中辛すら涙が出るほど刺激をもよおすもので、とてもじゃないけれど食べられる代物ではない。

 自然と、同居人と味覚の基準が合わない料理は食卓に乗らなくなる。

 そのあたりの事情は相手も納得してくれているものの、やはり寂しさは隠せないようで。


「作るの大変なのはわかるけどさ、やっぱり食べたいなーって淡い期待をするわけだよ。それを叶えてくれてすげぇ嬉しい」


 耳元で呟かれ、後ろから抱え込むように抱き締められる。

 面倒だから極力作りたくない。それは紛れもない本音なのだけれど。

 こんなご褒美があるなら、もう少し作る機会を増やそうかと現金なことを思ったのは秘密にしておこう。

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