【異世界FT】「緑色」「影」「いけにえ」
どこの世界でも魔王が生まれれば勇者が現れる。
勇者は魔王を倒すために旅立ち、愛や友情を育み、苦難の末に魔王を打ち倒す。
それが世の常であり、常道であり、普遍の理であった。
だからこの世界でも魔王が勇者の剣に貫かれるのは正しいのだ。
勇者が勇者と呼ばれるためには、魔王はきちんと消滅しなければならない。
それなのに、
「なぜ暖かいのだ…?」
勇者の攻撃を受けた箇所が淡い光に包まれている。
じんわりとした温もりの中、大小問わず傷という傷がどんどん塞がっていく。
狐につままれたような心地でいると、すっかり身体が動かせるようになった。
「よかった……」
小さな呟きが耳に入り、驚いて振り返る。
視線の先には、フードを目深に被った全身黒づくめの人物がいた。
意図的に顔を隠しているせいもあるが、その立ち位置から逆光となって大きく影が作られ、容貌を窺い知ることはできない。
「誰だ? いつからそこにいた……?」
勇者と闘っている間も、彼らが勝利してこの広間を去った後も、こんな怪しげな格好をした人間はいなかったはずだ。
「さっきまで勇者達と一緒にいました。彼らの後方支援をしていたので……」
どうやら気配を消すことに長けているらしい。
今も物音一つ立てず佇んでおり、声をかけられなければ意識が向かなかったかもしれない。その声すら、ともすれば聞き逃しそうになるほど小さい。
「後方支援ということは
「あなたが、自分から勇者に倒されにいっていたので……」
「それがあるべき世界の姿だからだ」
魔王が存在することは許されない。
勇者がいる以上、必ず魔王は消え去らなければならないのだ。
「でも、あなたは何も罪を犯してはいません。勇者達にも極力怪我をさせないようにしていました。それに何より、瀕死の状態でも内からは生命力が溢れていました。誰かが声高に謳う正義よりも、己の生を望む本能に忠実に生きれば良いと思います」
これまでの所業どころか心の奥深くにある本音を言い当てられ、動揺する。
本当は生きたいと望んでいること。
生きていくことを許容されたいという願望を。
だっておかしいではないか。
人に裁かれることなど何もしていないのに、「魔王だから」という理由でなぜ殺されなければならない?
なぜ生まれた瞬間から罪だと断じられなければならない?
人間の決めたルールは、人間達が都合の良いように作り上げたものだ。
そこに人間以外は適用されず、文書には表さずとも真っ先に排斥の対象となる。
自分だって人間達と同じように生きているのに。
同じように感情があり、命の尊さを知っているのに。
「そうだな、わざわざ人間達の尺度に従う必要もないか。私にだって好きに生きる権利があるものな……」
「その通りです」
奇特な人間もいたものだ。
まさか魔王である自分を肯定してくれる存在があったとは。
「助けられておいて何だが、勇者達と帰らなくてよかったのか?」
「元々癒しの能力があるせいで、無理矢理同行させられていただけで……。家が貧しくて、丁度勇者が旅の仲間を募集している時に、親に城へ売られたんです」
そんな生贄のような経緯で勇者の連れがいたとは驚きだ。
自分の目的に気づき、情けをかけて助けてくれた心優しい者だというのに。
とてつもなく不憫に思え、知らず知らずのうちに我ながら驚くべきことを告げていた。
「行く当てがないのなら、ここに住むか?」
「……よろしいのですか?」
「勇者は私を死んだと思っているから、しばらくの間ここへは来ないだろう。君のおかげで、私も死ぬのが惜しくなった。好きなだけいると良い」
「ありがとうございます……」
その時、ふわりと優しい風が吹いた。
その瞬間、深い森林を連想させる長い緑の髪が靡いた。
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