【恋愛】「宇宙」「雲」「こたつ」 ボーナストラック「告白」

 彼女の胃袋は宇宙よりも広い。

 朝からカツサンドを平らげ、昼には和洋彩るブッフェ、夜に焼き肉数人前をぺろりと完食し、更に食後のデザートまで所望するレベルの持ち主だ。

 細い身体のどこにそれほどおさまっているのか不思議で仕方ないけれど、誰よりもよく食べ、よく動き、エネルギッシュに生活している。

 外食も食べ歩きも趣味の一つなので、どの店は何が一押しであるか完璧に把握しているし、新規開拓にも余念がない。

 しかしさすがに毎日外で食べ続けるわけにもいかないため、手っ取り早く自分好みの食事を提供してくれるパトロンを見つけた。

 それが僕だった。


 そんな彼女の大好物は、僕が作るシフォンケーキだ。

 とりわけ彼女が気に入っているのは、雲を彷彿とさせるようなふわふわのスポンジである。

 手早くメレンゲを混ぜ合わせることで十分に生地を膨らませ、魅惑の食感を生み出すのがコツだ。

 ココアや抹茶のパウダーを入れても良いし、シンプルなプレーンタイプに生クリームを添えても良い。

 とにかく彼女にとって最重要事項がスポンジの柔らかさで、僕が差し出したそれを口に入れるたびにとろけそうな表情を浮かべる。

 その幸福感に溢れた笑顔にほだされることもしばしばだ。

 今日も今日とて三時のおやつを強請られた僕は、温もりに満ちたこたつの誘惑を振り切り、キッチンでシフォンケーキを作っていた。

 彼女は僕が未練いっぱいに抜け出たこたつにくるまっており、ともすれば恨みがましい視線を向けてしまいそうになる。

 ただ、今か今かと完成を待ちわびている様子が目に入ると、つい笑みがこぼれた。

 ここまで自分の作ったものを喜んでくれる人がいるのは、何事にも代えがたい喜びだ。


「お待ちどおさま」

 一人用に切り分けて皿に乗せ、うやうやしく彼女の前に置く。

 彼女は早速できたてのそれにフォークを差し込み、ゆっくりと口へ運んだ。

「ん~、美味しいっ!」

 頬を緩めて叫ぶこの一言に、いつも報われた気分になる。

 そして、やはり何度でも彼女のために作ろうと思うのだ。

 上機嫌でおやつタイムを堪能する彼女を眺めながら、早くも次に作るスイーツについて考え始めていたら、

 

「これからも、私のために毎日美味しいものを作ってね」


 うん、と何の躊躇いもなく頷きかけてはたと我に返る。

 今のは言葉通りの意味だろうか。それとも、何らかの意図を含んでいるのだろうか。

 彼女の真意を測りかねていると、少し間を置いてからこう付け足した。


「私の胃袋を満たせるのは君だけだし、私の旦那様になるのも君だけでしょ?」


 ここまで重ねられて黙っているわけにはいかない。

 さも当たり前のように訊ねる彼女に、僕は精一杯すまして答えることで己の意志を示した。


「もちろんその通りだよ。奥さんの胃袋を満足させるのは僕の役目だからね」

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