035「紫煙の勇者と狂った世界」/飛鳥 休暇さん② ※本文引用あり※

https://kakuyomu.jp/works/1177354054892952865


 実は一度読了していたのですが、その時はちょっとまだ遠慮していて、応援のハートのみをそっと置いておいたのです。


 改めて今が、私がこの小説を読むタイミングだったようです。



 主な登場人物は、勇者と、少女と、若い騎士の三人。

 この騎士の描写がとにかく切なくて! 気持ちと立場と組織は別なのです。彼がいい人だからこそ余計に辛い! 彼の今後も辛い!

 まるで現代社会にもある、どこかの組織のようじゃありませんか。


 勇者の印象的なセリフを抜き出します。


【以下本文引用(第1話より)】


「おれは、……おれだって。そんな幸せな日々を過ごしたかった。だけどなまじっか剣の才能があったおかげで、勇者に選ばれちまったんだ」


【(第3話より)】


「(前略)そのせいで前線に出て犠牲になるのはいつでも勇気と義憤に駆られた能力のある人間だ。(後略)」


(中略)


「戦え! 自分の身は自分で守れ! 頼るな! 祈るな! 世界は無関心だ! おれにも! お前にも! 誰も見てなんかいないんだ!」


【(第4話より)】


「……あぁ。ちくしょう。……思い出させるんじゃねぇよ」


【本文引用終わり】


 四つのセリフの中に、とても言葉にできないほどの、今までの壮絶すぎる勇者の人生が垣間見られるわけです。辛いなあ。

 助けを求めに来た少女も、「勇気と義憤に駆られた能力のある人間」です。一人で隣町まで駆けて行ける脚力と、得体の知れない勇者を探す度胸があって、生き抜く最終手段として、自ら短剣を握れる覚悟を(自覚なく)持っていたのです(握れと強要されたわけじゃない!)。

 勇者がそこまで見抜いていたか、ただのその場しのぎだったかはわかりませんが。あ、いや、もしかしたら同情かもしれません。でなければ、三つ目と四つ目のセリフは出てこないでしょう。



 勇者が「狂っているか、狂っていないか」、そして少女が「狂っていたのか、狂っていなかったのか」。

 何が正義で何が偽善で、何が正しくて何が悪なのか。


 改めての読了後、まとまらない考えが脳内をぐるぐる駆け巡って、しばらくは指先ひとつ動かせませんでした。



 飛鳥休暇さんの描く異世界ファンタジーは、道具として剣や魔法を使っているだけで、そこで生活する人たちの生き様は、現代社会を通して見ても、ものすごくリアルです。

 華やかな表舞台の職業の裏で、社会の歪みやシワ寄せを喰らう、あまり世に知られてはいけない事情の中で生き抜かねばならない人々。、深く抉られるようなテーマを抜き出して物語に昇華させる技術と着眼点がお見事であり、飛鳥休暇さんの持ち味なのかなと思います。

 この小説はファンタジーだから100%フィクションになりますが、ファンタジー以外だったら舞台が医療現場か戦場最前線になって、シャレにならないかもしれません。そういう、実にエグエグしいダークファンタジーです。



 ちなみに「エグい」は、最上級の褒め言葉ですからね!

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