第4話 続・朝栄荘 朝 

「そういえば同い年だったね、あんたと蓮……廉一は」

「ちょっと薫……!」

 いきなり思い切り『蓮』と言っている。

 蓮がすぐさま振り返ると、薫は「やってしまった」という顔をして微妙に笑って右上を向いていた。それでごまかせるわけがないのに。蓮は呆れ半分に睨むほかなかった。

 ゆっくりと、ぎちぎちと、ぎこちなく、蓮は李央と呼ばれた同宿人に目を向け、様子を伺う。

 李央は目を丸くしてしげしげと蓮の顔を見つめた後、

「え、あ、似てるとは思ってたけど……え、ほんとに……?」

 と茫然と呟いた。

「--ほんとに小峰蓮?」

 蓮は思わず額に手をやった。大きなため息が漏れる。

「何やってんのもう……」李央を向いたまま、薫に向けて盛大にぼやいた。

「でも一緒に住むのに隠したってしょうがないじゃない?」

「あのさぁ君が開き直んないでよね! ……それももっともだけど、君のことだからもっとその辺は考えてるのかと……」

「あたしのことそんなに買い被ってくれてたんだ〜いいこと聞いた〜」

 駄目だこりゃ。

 蓮は顔に手を当てたままかぶりを振った。

 そこでやっと未だ茫然としたままの李央に気付いて、再び目線を合わせる。

「そうだよ、僕は小峰蓮。だけど片切廉一って名前でここは借りるから、そういうことにしてくれないかな」

 あと、できる限り迷惑はかけないようにがんばってみるから、よろしく。

 作り笑いにならない程度に緩く笑って見せ、蓮は李央に向かって手を差し出した。

 李央は口を開けたまま、その蓮の笑みをジーッと、ボーッと見つめたまま、「あ、はい」と分かっているんだかいないんだか判然としない様子で頷いて蓮の手を取った。

 握手された手が数度上下に振られ、離れる。

 それでも、手が離れてからも、李央の茫然とした視線は蓮に向いたままだ。

 蓮は気まずさに頭を掻いた。

「……あのさ、朝食の用意とかするの? 僕手伝うよ」

 李央の視線から逃げたくて、薫に向き直ってそんなことを言ってみた。……すると、薫も目を丸くする。

 君まで何だよ、とばかりに睨みを効かせると、薫はにやりと笑った。

「いや、蓮からそんな殊勝な申し出が出るとは思わなくて」

「呼び方」

「失敬、廉一から」

「いや、もう、ほんとなんとかしてよね!? もうこれっきりだからな」

 呆れやら信じられないやらで頭から湯気が出そうだった。

 蓮はプイッとそっぽを向いた--が、そうすると李央の視線があるので、やっぱり居心地が悪い。

 李央に伺う意図の一瞥を一瞬くれた後、調理台に向かう薫の背を追った。

「……あ、俺も手伝います」

 素朴で、なんとなく木琴を思わせる綺麗な声が、後ろから薫の背にかかる。

 --あれ。

 なんだろう、と目を瞬(しばた)いて振り返れば、李央だった。

 視線が絡み合う。

 李央はやっと忘我状態から戻ってきたのか、どういう感情なのかわからないけれど、視線が絡むと微笑んだ。

「……。やろっか」

 意味のない言葉を、それでも何か声をかけたくて、蓮は李央に投げかける。

 李央は、人の良さそうな--けれどどこか底の見えない笑みを浮かべて答える。

「おう。三人でやったらきっと早く終わるぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かくて蜂巣に至るまで(草稿) 宵部憂(しょうぶ・うい) @wi_shobu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ