「さむしろに衣かたしき今宵もやわれを待つらむ宇治の橋姫」現代語訳・古文

○現代語訳

 むしろに自分の衣だけを敷いて、今宵も私を待っているのだろうか、宇治の橋姫は


この歌は橋姫の物語というものに存在する。「昔、妻を二人もっていた男がいた。本妻がつわりのため巨大なわかめを願った。(男はわかめを)求めて海辺に行き、(男は)龍王に盗られて失踪した。(男を探し)本妻が尋ね歩くと、浜辺にある小屋に泊まった夜、自らこの男に再会した。この歌をうたって、海辺より来たという。そうして、(男は今までの)出来事の様子を言って、(夜が)開けると失踪した。本妻は泣く泣く帰った。新しい妻がこのことを聞いて、(話の)はじめのように(海辺に)行ってこの男を待つと、(男が)またこの歌をうたって来たので、「私を見捨てて本妻を恋い慕うのね」と妬ましく思って、男に襲い掛かったところ、男も家も雪などが消えるように消失した。」世の古い物語であるので、詳しくは書かない。


○古文

 さむしろに 衣かたしき 今宵もや われを待つらむ 宇治の橋姫

 

此歌、橋姫の物語と云ふものにあり。「昔、妻ふたり持たりける男、もとの妻のつはりして七尋のめを願ひける。求めに海辺にゆきて、龍王にとられて失せにけるを、もとの妻たずねありきけるほどに、浜辺なる庵に宿りたりける夜、おのづからこの男に会ひにけり。この歌をうたひて海辺より来たれりけるなり。さてことのありやう言ひて、明くれば失せぬ。この妻、泣く泣く帰りにけり。今の妻のこのことを聞きて、はじめのごとくゆきてこの男を待つに、またこの歌をうたひて来ければ、われをば思ひ捨ててもとの妻を恋ふるにこそとねたく思ひて、男に とりかかりたりにければ、男も家も雪などの消ゆるごとくに失せにけり。」世の古物語なれば、くはしくかかず。


☆単語・用語

●さむしろ【狭筵】:むしろ(わらなどの植物を編んだ敷物)

●かたしく【片敷く】:自分の衣服の片袖だけを敷いて一人で寝る

●め【妻】:妻

●もとのめ【本の妻】本妻

●ななひろ【七尋】「尋」は長さの単位で、一尋は六尺。約一二・六メートル。長いこと。※七磯・七色という説も。

●め【海布】:海藻。わかめ。

●いほり【庵】仮小屋。家。

●さて:そうして

●おもひすつ【思ひ捨つ】見捨てる

●こふ【恋ふ】:恋い慕う

●とりかかる【取り掛かる】①始める ②気がかりである ③襲い掛かる


【原文】

◆藤原清輔『奥義抄』

(藤原清輔『奥義抄』上村次郎右衛門、1653年)日本古典籍総合目録データベース:https://base1.nijl.ac.jp/infolib/meta_pub/CsvSearch.cgi


【参考文献】

◆「奥義抄」佐佐木信綱編『日本歌学大系』1、p.222-370、風間書房、1958年

◆「橋姫物語(東京國立博物館蔵絵巻)」横山重・松本隆信編『室町時代物語大成』10、p.309-315、角川書店、1982年

◆三角洋一「『橋姫物語』の位相」『日本文学』33(4)、p.13-22、1984年

◆伊藤千世「『橋姫物語』の古体性」『愛知淑徳大学国語国文』16、p.91-105、1993年

◆堂野前彰子「『古事記』と交易の道:小浜神宮寺「お水送り」から」『文芸研究:明治大学文学部紀要』115、p. 35-54、2011年

◆田尻嘉信「新古今歌解:宇治の橋姫」『文藝論叢』3、p.40-48、2012年

◆渡瀬淳子「『剣巻』の『創作』態度:宇治の橋姫をめぐって」『早稲田大学教育学部学術研究 国語・国文学編』 54、p.13-24、2005年

◆三橋健『決定版 知れば知るほど面白い! 神道の本』西東社、2010年

◆雨宮久美「橋の文化的意味」『国際関係研究』35(1)、p.29-40、2014年

◆佐和隆研ほか編『京都大事典』淡交社、1984年

◆日比野浩信「『奥義抄』巻頭の目次について」『愛知淑徳大学国語国文』16、p.73-89、1993年

◆北原保雄編『全訳古語例解辞典 コンパクト版 第三版』小学館、2001年

◆小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年

◆松村明編『大辞林 第三版』三省堂、2006年


本文は、2020年12月に制作し、ニコニコ動画・Youtubeで公開した自作動画「つづみ古文 #9」の内容を文章化し投稿したものです。


2020年12月 がくまるい

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