「播州姫路の城ばけ物の事」現代語訳・古文

○現代語訳

 播磨国姫路の城主秀勝がある夜の退屈に家中を集め、「この城の五階に、夜な夜な火を灯す。誰でもよい、見て参る者はいないか」とおっしゃたところ、引き受け申し上げる者は一人もいない。

 ここに、十八才になる侍が「私が見て参る」と申し上げる。「それならば証拠を取らせよう」と言って、提灯(ちょうちん)をお与えになり、「あの火をこれに灯して参れ」と言う。かの侍、提灯を持ち、天守に上がってみれば、十七・八才である女、十二単を着て、火を灯し、ただ一人居なさるが、かの侍を見て、「あなたはどうしてここへ来たのか」と問いなさる。かの侍、「私は主人の仰せにて、ここまで来たのです。その火をこれに灯しなさってください」と言うと、女はお聞きになり「主命とあれば許して(火を)取らせよう」と言って、火を灯してお与えになったので、侍は嬉しく思って帰ったが、三階にてこの火が消えた。

 また、(女のもとに)引き返して、「いっそのこと、消え申し上げないように灯してください」と言うと、女はろうそくを取り換え灯しなさった。また、他に証拠にしなさいと言って、櫛を片方お与えになった。侍は喜び(殿様のもとへ)引き返し、提灯の火を差し上げると、秀勝も感心しなさり、さて、この火を消してご覧になるが、全然消えない。かの侍が消すと消えた。

 「さて、ほかに不思議はなかったか」とお尋ねになったので、あの櫛を取り出す。秀勝が取り上げて見なさると、具足櫃に入れ置きなさる櫛である。不思議にお思いになり、具足櫃を開け見なさると、一対で入れ置きなさった櫛が、片方見えなくなっていた。

 さてそれより、秀勝が直接行ってみようといって、ただ一人天守に上がりなさると、灯火だけで何も見えない。しばらくいて、いつもの座頭が来た。「何しに来たんだ」とおっしゃると、「お寂しいかと思い参りましたが、琴の爪箱のふたが取れ申し上げないのです」と申し上げる。秀勝がお聞きになり、「これを寄越せ、開けてやろう」と言って、爪箱を手に取りなさると、手に取り付いて離れない。「くそう、だまされた」と言って、足で踏み割ろうとしならすと、足にも取り付いた。

 さて、その座頭は、その丈3メートルほどある鬼神となり「我はこの城の主である。我をおろそかにして、尊敬しないならば、ただ今ひきさき殺そう」と言ったので、秀勝は様々に降参しなさったため、爪箱も離れ、ほどなくその夜も明けた。天守の五階にいたとお思いになっていたが、いつもの座の間にいたのです。


○古文

 はりまひめぢの城主秀勝、ある夜のつれづれに家中をあつめ、「このしろの五重めに、よな〳〵火をとぼす。だれにてもあれ、見てまいるものあらんや」と宣えば、御うけ申すもの、一人もなし。

 こゝに、生年(しようねん)十八になるさむらい、「それがし、見てまいらん」と申し上る。「しからばしるし(証)をとらせん」とて、提燈を下されて、「あの火をこれにとぼしてまいれ」とあり。かのさむらい、ちやうちんをもち、天守にあがりてみれば、としのころ十七八なる女らう、十二ひとへをきて、火をとぼし、たゞ一人ゐ給ふが、かのさぶらひをみて、「なんぢは何とてこゝへきたるぞ」と問ひ給ふ。かのさぶらひ、「われは主人のおほせにて是れまできたり候ふ。その火をこれへとぼして給はり候へ」といへば、女らうきゝ給ひ、「主命(しうめい)とあればゆるしてとらせん」とて、火をとぼして給はりければ、さぶらひうれしくおもひてかへりけるに、三重めにてこの火きへける。

 又、たちかへりて、「とてもの事にきへ申さぬやうにとぼして給はれ」といへば、女らう、らうそくとりかへとぼし給はる。又、ほかにしるしにせよとて、櫛を片し給はりける。さぶらひよろこびたちかへり、ちやうちんの火をさしあげゝれば、秀勝も奇特(きどく)に覚しめし、さてこの火をけして御らんずるに、さらにきへず。かのさぶらひけしければきへける。

 「さて、ほかにふしぎはなかりけるか」と御たづねありければ、かの櫛をとりいだす。秀勝、とりあげ見給へば、具足櫃(ぐそくびつ)にいれ置き給ふ櫛也。ふしぎにおぼしめし、具足櫃をあけみ給へば、一対(つい)入れ置き給ひし櫛、かたし見へざりしと也。

 さてそれより、秀勝直(ぢ)きに行きてみんとて、たゞ一人天守にあがり給へば、ともしびばかりにて何物もみへず。しばらくありて、いつもの座頭きたる。「何とてきたるぞ」とゝい給へば、「御さびしく候はんと存じ参り候ふが、琴の爪ばこのふたとれ申さず候ふ」と申し上る。秀勝きゝ給ひ、「これへよこせ、あけてとらせん」とて、爪ばこを手にとられければ、手にとりつきてはなれず。「くちをしや、たばかられける」とて、足にて踏み割らんとし給へば、足も取りつきける。

 さて、かの座頭は、そのたけ一丈ほどなる鬼神となり、「われはこのしろの主也。われをおろそかにして、尊とまずんば、たゞ今ひきさきころさん」といひければ、秀勝、さまざま降参(かうさん)せられけるゆへ、爪ばこもはなれ、ほどなくその夜もあけにける。天守の五重めかとおもわれしが、いつもの御座の間にてありしと也。


☆単語・用語

とぼす【点す・灯す】(明かりを)つける・ともす

くだす【下す】(上位から下位の者へ)与える

たちかへる【立ち返る】①引き返す ②(波が)寄せては返す

とてものことに いっそのこと

かたし【片し】(対になっているものの)片方

きどくなり【奇特なり】①不思議な ②(非凡で)すばらしい・感心だ

ごらんず【御覧ず】ご覧になる

さらに~(打消):全然~ない

ぢきなり【直きなり】直接・直に

ばかり ①くらい ②だけ

とらす【取らす】①与える ②(「てとらす」の形で)~してやる

くちをし【口惜し】①残念だ・くやしい ②つまらない

たばかる【謀る】①工夫する ②だます


にて(も)〈あり/なし〉 …で(も) ★断定「なり」+接続助詞「て」

※とらせん 未然形+ん 意志


じょろう【女郎・女﨟】①遊女 ②若い女 ③奥向きに仕える女性

具足櫃(ぐそくびつ)鎧兜を収める箱

座頭(ざとう)座(組合)に属する盲目の職人。按摩、鍼灸、琵琶法師など。ここでは琴の奏者。


【原文】

◆『諸国百物語』菊屋七郎兵衛、1677年

(国文学研究資料館「日本古典籍データセット」http://codh.rois.ac.jp/pmjt/book/200020676/)


【参考文献】

◆太刀川清『百物語怪談集成』国書刊行会、1995年

◆高田衛編・校注『江戸怪談集(下)』岩波書店、1989年

◆横山泰子「恋するオサカベ」一柳廣孝・吉田司雄編著『妖怪は繁殖する』青弓社、pp.158-173、2006年

◆北原保雄編『全訳古語例解辞典 コンパクト版 第三版』小学館、2001年

◆前橋東照宮HP「前橋東照宮御本殿に鎮まる長壁様」

http://www.toshogu.net/maebashi/osakabe.php

◆ひょうご歴史ステーションHP

◇「ひょうご伝説紀行―妖怪・自然の世界― 姫山の地主神」

https://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/historystation/legend3/html/005/005.html

◇「学芸員コラムれきはく講座 第16回:前橋の長壁姫」

https://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/historystation/hiroba-column/column/column_1107.html


本文は、2019年9月にニコニコ動画・Youtubeで公開した自作動画「つづみ古文 #2」の内容を加筆修正し、2020年2月に投稿したものです。


2020年2月 がくまるい

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