「はりまの国池田三左衛門どの煩の事」現代語訳・古文

○現代語訳

 播磨を取り仕切られる池田三左衛門殿が、ご病気になられて、すでに危険である時、比叡山より阿闍梨を呼び、天守にて、色々な祈祷を七日七夜なさる時、七日目の夜中ごろ、三十才くらいの女が薄化粧をして、練絹の着物をかぶり、阿闍梨にむかって、「どうしてそのように加持祈祷をしなさるのか。(病気をなおすのは)とても叶わぬことだ。早く早くやめなさい。」と言って、護摩をする壇へ上がり、阿闍梨を睨んで動き回ったところ、阿闍梨はもとより尊い僧で、「何物であるので女の姿で、私に向かって言葉を交わす」と、色々問答したところ、その時にその女、急に背丈二丈(六メートル)ほどの鬼神となってみせたので、阿闍梨はそばにある剣を抜き持って、今にも突こうとしなさったところ、その鬼神が言ったのは、「我はこの国に広く知られる権現である」と言って、阿闍梨を蹴り殺し、かき消すように消えなさったというのである。池田家の侍衆が語っております。


○古文

 はりまを御取りなさるゝ池田三左衛門どの、御わづらひ、すでに大事およぶとき、ゑい山より阿闍梨を請(しよう)し、天守にて、いろいろのきとう七日七夜なさるゝとき、七日めの夜半ごろ、年三十ばかりなる女うすげしやうをして、練(ねり)の衣をかづき、阿闍梨にむかつて、なにとてさようにかぢし給うぞ。とてもかなわぬ事也。はや〳〵やめ給へ、と云いて、護摩のだんへあがり、阿闍梨をにらみてたちゐければ、阿闍梨もとより尊き僧にて、なに物なれば女人(にょにん)のかたちにて、それがしにむかつてことばをかわすと、いろ〳〵問答しければ、そのときかの女、にわかにたけ二丈ばかりの鬼神となりてみせければ、阿闍梨そばなる剣をぬきもつて、すでにつかんとし給へば、かの鬼神いひけるは、われは此の国にかくれなき権現(ごんげん)なりとて、阿闍梨をけりころし、かき消すやうに失せ給ふと也。池田の家の侍衆かたり侍る。


☆単語・用語

かづく【被く】①かぶる ②(褒美として着物を)いただく

たちゐる【立ち居る】①立ったり座ったりする 忙しく動き回る ②雲に浮かぶ

かくれなし【隠れなし】①はっきりそれとわかる ②広く知られる


池田三左衛門:戦国大名で播磨姫路藩初代藩主の池田輝政

阿闍梨:僧侶の師範。位の高い僧侶。

天守:城の最も象徴的な建物。

権現:神を仏の仮の姿とするときの尊号。ここでは、小刑部大明神とされる。


【原文】

◆『諸国百物語』菊屋七郎兵衛、1677年

(国文学研究資料館「日本古典籍データセット」http://codh.rois.ac.jp/pmjt/book/200020676/)


【参考文献】

◆太刀川清『百物語怪談集成』国書刊行会、1995年

◆太刀川清「諸国物語の成立過程」『長野県短期大学紀要』39、pp.23-31、1984年

◆高田衛編・校注『江戸怪談集(下)』岩波書店、1989年

◆横山泰子「恋するオサカベ」一柳廣孝・吉田司雄編著『妖怪は繁殖する』青弓社、pp.158-173、2006年

◆北原保雄編『全訳古語例解辞典 コンパクト版 第三版』小学館、2001年

◆ひょうご歴史ステーションHP

◇「ひょうご伝説紀行―妖怪・自然の世界― 姫山の地主神」

https://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/historystation/legend3/html/005/005.html

◇「学芸員コラムれきはく講座 第89回: 城と狐」

https://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/historystation/hiroba-column/column/column_1708.html


本文は、2019年9月にニコニコ動画・Youtubeで公開した自作動画「つづみ古文 #1」の内容を加筆修正し、2020年2月に投稿したものです。


2020年2月 がくまるい

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