第10話 後編 デッドエンドと命の終わり



「我々の労働はアンドロイドにすべて代行させることによって消滅した。


 アンドロイドの素材は永遠に劣化することがない永久鋼という素材を使っているから保存の点でも心配の必要はない。あ、この永久鋼は私も開発に関わっているんだよ」



 アニカムさんは鼻高々だ。


 全身タイツのおじさんがドヤ顔でふくよかに膨らんだ腹を揺らしている。



 そんなアニカムさんにイラっとしたネルエグさんから一言。



「自慢はいいからさっさと話進めろや」


「む……。私の偉大さが理解できんとは……。


 ……とにかく我々は永久に稼働できるアンドロイドの開発にはすでに成功していた。


 そこで我々はこれまでの年老いていく肉体を放棄し、アンドロイドに我々の意識を移すことで全人類に永遠の肉体を授けようとしたのだ」



 確かにそれができれば永遠の幸福とやらは実現できるのだろう。



「でも、あなたがここにいるということはその計画は失敗に終わったということですよね。


 ここは死んだ人が行き着く場所ですから……」



 私がそう言うと輝いていたアニカムさんの表情が一気に暗くなる。



「……今私が永遠の幸福を享受できていないということは、そういうことなのだろうね……。


 一体なぜなんだ……。理論は完璧だったはずだ。


 全人類の人格データの抽出、それの一時保管、そしてアンドロイドへの移植……。


 全てのプロセスに細心の注意を払ったはずだ。それなのに……」



 アニカムさんにあったのは純粋な善意なのだろう。


 全人類をより良い方向へ、より幸福な方向へ。


 それが実現しなかったことの絶望はいかほどであろうか。



 私がなんと声をかけるべきか迷っているとアニカムさんはハッとうつむいていた顔を上げた。



「まさか計画メンバーの中に裏切り者が!?


 ……そうだ。そうに違いない。我々の中には恐ろしい思想を持った大量殺人鬼が混ざっていたんだ。


 そいつは自らの恥ずべき本質を巧妙に隠し、我々の中に潜り込み、ついにその野望を果たしたのだ!」



 ……。


 ……いやー、それはどうだろうか。


 その説明だと、わざわざこのタイミングでやる必要がなくない?


 技術が発展してたのなら、全人類を1回で全滅させる兵器だって簡単に作れただろうに。



 だがアニカムさんは自分の気付きに憑りつかれてしまったようだ。


 そうだ、そうだ、と呟きながらぐるぐるとその場を回り出す。



「よし。説明ご苦労さん。


 で、お前は死んだってことは理解したな?」


「ああ、認めたくはないがそうらしい」


「じゃあ、最初の質問だ。


 転生か消滅、どっちか選べや」


「転生だ。私の理論は間違ってなどいなかった。


 次こそ永遠の幸福を実現してみせよう」



 アニカムさんの目はギラギラと輝いていた。


 自分の理論は間違っていなかったと証明するために。


 きっと彼の目には死という敵が形をもって映っているのだろう。



「りょーかい、っと。


 じゃあ、次も今みたいな技術の発展した世界ってことでいーか?


「ああ。構わないとも」


「……よし。


 じゃあこれでお前の転生前の手続は終わりだ。


 今から転生を執行するぜ?」



 アニカムさんの姿がだんだんと薄くなる。



「フッ。こうして君たちと会うのも最後になるだろう。


 だが案ずることはない。今度は生きたままここにたどり着き、君達に永遠の幸福を届けてあげるとも!」



 最後にそう言い残して、アニカムさんの姿は消えた。







 場所は変わって「第三係」……ではなく「第二係」。


 ネルエグさんのデスクに戻ってきた。


 「第二係」に他の執行官の姿は見えない。


 皆さん応援に向かわれているのだろうか。



「結局何で全人類滅亡なんてことになったんですか?


 やっぱりどこか失敗してたんですか?」



 事後処理をしているネルエグさんに尋ねる。


 あの計画の規模は私には想像もできないから、実は誰かがどこかでミスってましたなんてオチでも、「あーやっぱりね」くらいの感想しか出てこないが。



「いや? あの計画は完全に成功してたぜ?


 ……ちょっと待ってろ。ここをこう弄って、っと……」



 ネルエグさんはパネルをすいすいと操作して私にとある街の風景を見せる。


 メカメカしい街並み。時刻は夜のようだが、街の明かりがそれを感じさせない。



「で、ここをズームして、っと」



 さらにネルエグさんが操作した先には。


 アニカムさんがいた。



「んん?」


「これがあいつの言ってたアンドロイドってやつだよ。


 なんでわざわざオリジナルそっくりにしたのかは知らねえけどな」



 計画は成功していた?


 周りを見れば全滅したはずのアニカムさん以外の人の姿もちらほらと見える。



「……どういうことですか?」


「例えば、だ。


 お前と全く同じ人格、同じ性格、同じ記憶、同じ姿、同じ感性を持つ奴がいたとしよう。


 クローンでもドッペルゲンガーでも何でもいい。とにかくそういうやつを想像しろ」


「はい」



 要は私がもう一人いるということだ。



「周りの奴はお前ともう一人のお前の区別はつかない。


 どこかで入れ替わってても誰も疑問に思うこともない」


「はい」


「それでも、お前ともう一人のお前は別個体だ。


 出会ってしまって数日後にどちらか一方が死ぬなんてことは起きねえ。


 あいつらがやったのは、自分と同じ別個体を作ったってだけなんだよ」



 要するに、あいつらは自分自身をアンドロイドに移植したんじゃなくてコピーしただけなんだよ。



 それじゃあ……。



「あいつらは御丁寧に年老いていく肉体とやらを放棄しやがった。


 アンドロイドに己の全てを移植したとしても元の肉体にまだ残ってんだよ。オリジナルがな」


「じゃあ彼らは、それに気づかず、ただ一斉に自殺しただけっていうことなんですか」


「端的に言えばそういうことだな」


「……」



 何とも言えず私は押し黙る。


 アニカムさんは確かに死を克服していた。


 でもその前に『命』の理解が足らなかった。



 私はパネルの中で輝かしい笑顔を浮かべる『アニカムさん』をぼんやりとみる。



「でもよお……」



 ネルエグさんもパネルに映った街並みを見ながらつぶやく。



「この世界はオリジナルが死ぬ前と死んだ後で、ほとんど何も変わらねーぜ?


 今までと同じようにただ幸福ってやつを享受するだけの世界だ」



 まあ、ちょっと鉄臭くなって、メンバーの入れ替えは無くなったかもしれねーけどな。



「だから、全人類の滅亡ということがあっても他の世界に影響を与えることも無え」



 元からこの世界は停滞してたってことだからな。


 そういう意味ではまだマシだったのかもしれねーな。



「でもよお……」



 もう一度ネルエグさんはつぶやく。



「そうだとしたら、あいつらの死には、そしてあいつらの生きてきた人生ってやつには、いったい何の意味があったんだろーな」



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転生のお時間です〜転生局人型課第三係業務執行録〜 とおりすがり @to-risugari

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