第10話 前編 デスマーチと死の行進



「おはようございまーす」



 ここはハザマの世界。


 時間なんて概念はなく今が昼なのか夜なのかなんて分からないけど。


 分からないからこそ挨拶はいつもおはようございます、だ。



 挨拶は大切。


 どこかの古い本にもそう書いてあるらしい。



「……」


「……」


「……」



 だがそんな私の挨拶は虚しく消え行く。


 返ってこない挨拶は悲しいものだ。



 第三係の執行官の皆さんはパネルと睨めっこをしてただ無言で指を動かしている。


 終わりそうにない作業。


 いつもの明るさが一切ない部屋。


 心なしか皆さん目が死んでいる。



 これはあれだ。


 俗に言う修羅場。



「とりあえずお茶でも入れますか」



 何があったのかは知らないが、手助けがいるなら向こうから声がかかるだろう。


 それまでは裏方に徹しよう。


 いつも裏方みたいなものだけれども。



 お茶を皆さんの机に置いていく。


 掃除……は邪魔になるか。


 そもそも汚れとか無いなこの部屋。



 そろそろ会話がないこの状況が辛くなってきた。


 そんな時。



「俺が応援に来たぜー!


 感謝しろよ第三係ー!」



 大きな声と共に第三係のドアが勢いよく開けられた。


 緑色の髪をオールバックにした男性。


 先ほどの言動から推察するに、こいつヤンキーだな?



「そいつはネルエグ。第二係所属の執行官だ。


 そいつの相手はお前に任せた。俺は知らん」



 ドーレさんによる非常に簡潔な説明助かる。


 でも人にものを頼むときはせめてこっちを見ようか。



「ネルエグ。そいつは例の助手のサトウ。


 好きに使え」



 人を備品のように言うんじゃない。



「よーしサトウ! スタジオ行くぞ!


 説明は道中でしてやるからさっさと行くぞ!」


「は、はい!」



 勢いよく部屋から去るネルエグさんの後を急いで追う。


 今回も大変なことになる気がする。



 スタジオに向かう道中。


 私はネルエグとのファーストコンタクトを図る。



 ……いや足早いな!?


 小走りでもだんだん離されていくんですけど。



「何で今日はこんなに修羅場ってるんですか?」


「あー? まあ大したことじゃねえよ。


 たまにあるんだよこういうの」


「そうなんですか? 皆さんがあそこまで忙しそうになされてるのは初めて見るんですけど」



 あのエゥブさんですら私に気を回すことができなくなるなんてことは初めてだ。



「ちょっととある世界の人間が全滅しただけだよ」


「大事じゃねーか!」


「ま、いつもとやることは変わんねーよ。


 肩肘張らず、気楽にやろーぜ」


「すみません、私そこまでメンタル完成してません!」



 何があったんだその世界。



 スタジオに着いたところでネルエグさんから矢継ぎ早に指示が飛ぶ。



「使う舞台は何でもいーぜ。今は質より数だ。


 お前は自由に動いてもらって構わねーよ。それなりに場数は踏んで流れは理解してんだろ?」


「了解です」


「おっけ。じゃあ執行官ネルエグ。


 執行前の審尋を始めるぜ」



 何でもいいと言われたので無難なものにする。


 今回の部隊は高層ビルの会議室。


 私とネルエグさんの衣装はいつものスーツから変わらなかった。



 そして今回の転生者の魂が実体化する。



「ようアニカム。お前は死んだ。


 転生か消滅、どっちか選べや」



 あ、転生者相手でもそのヤンキースタイルなんですね。



「転生なら次の人生が始まって、消滅なら今回でお終いだ。


 大体の奴は転生選ぶからそっちの方がいいと思うぜ」


「……そんな」



 今回の転生者アニカムさんは40代後半程の男性。


 顔は特に特徴がないが、着ている服が珍しいものだった。


 ……なんというか、近未来的とでも言えばいいのだろうか。


 顔以外の部分をぴっちり覆うような服。


 あえて言うなら幾何学的な模様が描かれた光沢のある全身タイツ?



 正直に言わせてもらうなら、目にキツイ。



「何驚いた顔してんだよ。


 ボーっとしてねえで早く答えろや」


「……計画は、失敗したのか?」


「あん?」



 どうやらアニカムさんは今のこの状況が読み込めていないらしい。


 突発的な事故とかで死亡してしまった人によくあることだ。


 そんな時は、その人が覚えている最後の場面を思い出させて、何があったのか自覚させるのが良い。



「あなたは何かの計画に参加されていたんですか?」


「あ、ああ。


 私が、というか全人類が『エターナル・ユートピア計画』に参加していたんだ」



 なんだその胡散臭い計画は。



「なんだその胡散臭え計画」



 はっきり言うなあこの執行官。


 ネルエグさんはパネルを呼び出して、今回の資料を見る。



「エターナル、エターナル……っと。


 ……ああ、これね。ふーん、なるほど」


「それってどんな計画なんですか?」


「アニカム。テメーが説明しろや。


 その方がお前も状況理解できんだろ」



 ネルエグさんの態度にさすがにムッとするアニカムさん。


 気持ちは分からなくはない。



「さっきから何なんだ君は。


 見たところ私よりも年下だろう。年長者には敬意をもってだね……」


「あ゛?」



 だが残念なことにネルエグさん相手に年齢を引き合いに出すことは意味はない。


 このハザマの世界では時間の概念はなく、どれだけ長く生きたかなど尺度として機能していない、


 そして何より相手はヤンキーである。



「……分かった。説明すればいいんだろう」



 ネルエグさんの視線に負けたアニカムさん。


 その気持ちもよく分かる。



「『エターナル・ユートピア計画』は永遠の幸福の実現を目的とした崇高な計画だ」


「永遠の幸福、ですか」


「ああ、我々はあらゆる技術の発展の末に、無限のエネルギーの開発に成功した。


 我々はあらゆる苦役、労働から解放され、全人類が一生遊んで暮らすことを可能としたのだ。


 これにより世界からありとあらゆる争いは消滅した」


「それはすごいですね」


「そうだろう? 人の争いなど言ってしまえば誰かがどこかで不足を感じているから起きるのさ。


 なら全員が満たされてしまえば世界は平和になる。非常に簡単な理論だね」



 子供に言い聞かせるように、かつ自慢げに語るアニカムさん。


 この人はきっとその技術の開発に携わってきたのだろう。



「それが永遠の幸福ってやつですか?」


「いや、まだそれには程遠い。幸福ではあるが、永遠ではない。


 我々が避けることができない不幸、何か分かるかね?」



 ここで働く私にとってその答えは簡単だ。



「死、ですね」


「その通り。我々がどれだけ技術を発展させても我々には寿命というものがある。


 『エターナル・ユートピア計画』とは我々の技術を結集して、死すらも克服することを目的とした計画なのだよ」



 死の克服。


 それを目指す人はこれまでに何人も会ってきた。


 会ってきたということは、尽く失敗してしているということだが。


 会わないということは成功しているだろうからね。


 そしてこの人は失敗した。それも全人類を巻き込んで。



「具体的に、どうやって死を克服しようとしたんですか?」



 アニカムさんは興奮気味に語る。


 まるで表彰されて手に入れたトロフィーを見せびらかすように。



「我々はね、我々の人格・記憶を人型アンドロイドに移植することにしたのだよ」 

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