第9話 後編 特別と平凡
「私は国に仕える騎士だった。
ここで気をつけて欲しいのは私は国に仕えていたのであって、王に仕えていた訳ではない、ということだ」
「たまたま剣術と人を率いる才能はあったようでね。
40を超える頃には騎士団長という地位にまで上り詰めていた」
「悪の帝国は確かに強大だった。
だが周辺国で連合軍を組織し、密な連携を取ることで対応することは可能だった。
実際、文官の尽力のおかげで連合軍結成の一歩手前までは行っていたのだよ」
「だが王は英雄を召喚した」
「英雄は強かった。
連合軍の結成など不要とするほどに。
おかげで周辺国で協力するという構想はご破算となった」
「私は王になぜ英雄を召喚したのか、と問いただした。
そんな者が居なくてもなんとかできたのに、と。
王は答えた。
『周辺国との協力で辛くも勝利した、よりも我が国だけで対応できたという方が、後世にも聞こえが良いだろう?』と」
「王は我々のこれまでの努力を否定した。
周辺国との折衝を行っていた者、最前線で戦線を支えていた者、これまでの戦いで散って行った者、何日も寝ずに作戦を立案していた者……。
王は我々がこれまで積み重ねてきた過程よりも『我が国の手による勝利』という結果を優先した」
「初めから英雄を召喚していれば話は違っていた。
それならば英雄に任せっきりにすることだってできた。
だが、そうではなかった。
英雄が召喚されるまで、あまりにも犠牲が多すぎた」
「英雄を認めるというとはね、我々がこれまでやってきたことが全て無駄だったと認める事に他ならなかったのだよ」
……。
特別であるということ。
「1人でなんでもできる」というのは「誰とも協力する必要がない」ということ。
「それに帝国との戦争後のことも考えなければならなかった。
先程、周辺国との協力はご破算になったと言ったね?
戦争後、ある一国のみが強大な個人戦力を有している。
その国の王は協力よりも独力での解決を選択した。
その戦力がこちらに向けられる可能性は否定できない。
あの国が次の悪の帝国になるのではないか?
……そう思われてはおしまいだ」
「他国の信頼を失わない為には王を変えるだけでは意味がない。
その戦力を保有していないという事を証明しなければならない。
……であれば、取れる手段は多くはないのではないかな?」
「……それがクーデター、そして処刑だった、っていう事ですか」
「勿論英雄に対する嫉妬が無かったとは言わないとも。
英雄は人間的にもとても好感の持てる者だったから、英雄の処刑に関しては反対意見も多く出た。
だが、英雄を生かすことのリスクが大きすぎる」
……。
特別であるということ。
特別な者が近くにいるということの周りのリスク。
「帝国という国と英雄という個人。
どちらがより容易に対応できるかなど比べるべくもない。
英雄を戦場に送り出す時。
その時にはもう英雄処刑までのシナリオは組まれていたのだよ」
「戦場で英雄に死なれては困る。
帝国に対応する事が難しくなるからね。
一方で英雄を召喚した国が英雄を放棄したということは周辺国に示す必要があった。
……だから全力で守ったとも」
戦争中は、ね。
「その後私が王国の実権を握ったのはただの成り行きだよ。
他に誰もいなかったから私にお鉢が回ってきただけにすぎない」
「……でもあなたは暗殺された」
結局この人は英雄を捕らえ殺した男として恐れられ、全世界に対して実質的な影響力を有し続けた。
周辺国とのバランスは取れてなんていなかった。
「……ふふ」
「何がおかしいんですか」
「いやなに、確かに私は暗殺された。
英雄を殺した騎士団を率いた男として恐れられたにも関わらず毒であっさりとね」
「それを見て皆はこう思ったのではないかな。
『ああ、あの男は大した事なかったな』、と」
「……」
「我々は悪の帝国を恐れた。
我々は戦争後生き残る英雄を恐れた。
これらは特別な存在だった」
「だが私はどうかね?
私は英雄でも特別でもなく、他と比べて少し優秀という程度だった」
「あの世界に住む人々はね、特別でも英雄でもなくても、自らの力だけで悪に対応できると証明できたのだよ」
「私はあの世界における『ちょうどいい悪』になれたのさ」
……。
特別ではないということ。
周りの者から同じ存在として見てもらえるということ。
「私の話はこれでおしまいだ。
君の疑問を解消することはできたかな?」
「……ええ。
ありがとうございます」
「もういいかしら?
じゃあ、転生を執行しましょうか〜」
「ああ、頼むよ。
……お嬢さん、最後に1つ聞いてもいかな?」
「何でしょう?」
「私の話を聞いて、君は私を悪だと思ったかい?」
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