第8話 前編 絶望と邪神

 前回、心機一転を誓った私ことサトウ。


 今の私はこれまでとは違う。

 転生を扱うという仕事の「重さ」を思い知ったのだ。


 だからこそ、一人一人の転生者と真剣に向き合い、少しでもより良い「これから」の提供のお手伝いをする。

 ただの人間でしかない私にだって、いや、私だからこそできることはあるはずだ。




 …そう、この時はまだ、こんな風に思えていたのだ。

 この先、どんな試練が待ち構えているかも知らずに。

 「重さ」を思い知った?思い違いの間違いだった。

 私は今回、真の絶望を知ることになる。





「サトーさん!

 次の執行のお手伝いお願いできますか?」

「大丈夫です!

 どんな案件ですか?資料はもうありますか?」

「わあ。すごいやる気にあふれてますね。

 何かあったんですか?」

「ええ、ちょっと自分を見つめなおす機会があったんです」


 とある日の「第三係」。

 ウォーレイ君から声がかかった私は俊敏に反応する。


「すごくいいことだと思います!

 今回はちょっと特殊な案件なんですけど、その調子なら大丈夫そうですね!」

「特殊?」

「管理局から是非サトーさんに助手をしてもらってくれって言われたんです」

「ほう…」


 管理局。魂の回収から転生執行まで統括的な事務処理を行う部局。

 そこから直々の指名が入るとはいったいどんな案件なのか。

 分かったぞ。人間である私の目線が求められている、そういうことだろう。


 私はこういう案件こそを待っていた。

 モチベーションも上がるというものだ。

 見事期待に応えて見せようじゃないか。


「ところでウォーレイ君、少し前に私が言ったことは覚えてますか?」

「もちろんです、情報開示は超大事、ですよね」

「その通りです。

 では、余すところなく情報をお願いします」

「りょーかいです!」


 ビシッと敬礼するウォーレイ君。

 かわいい。


「今回の転生者はドゲ・ルパさん」

「個性的な名前ですね」

「邪神さんです!」

「管理局のばーーーーーーーか!!」


 え?管理局私の事嫌いなの?

 いじめ?「人間が俺たちの職場に入ってきてんじゃねーよ」みたいな感じなの?

 精密検査の時すごい優しかったのは嘘だったの?

 信じてたのにぃ!


「サトーさん、落ち着いてください!

 大丈夫です、安全ですから!」

「安全な邪神って何!?」

「えーっと…。

 ……あと少ししたら執行を始めるので、資料読んでおいてくださいね!

 ボクはスタジオで準備して待ってます!」


 …逃げたな。

 許さんぞ…。

 今回の執行が無事に終わったら思う存分頭をわしゃわしゃしてやる…。


 ノロノロとスタジオに向かって歩きながら資料を読みこむ。


 邪神ドゲ・ルパ。

 【世界座標:a[-0wfnwk】においてその名を知らぬ者はいない恐ろしき存在。

 「全ての英雄の絶望」「終焉の権化」「悪魔ですら裸足で逃げだす純粋悪」「悪の父」

 悪名が限界突破してんじゃねーか…。


 さっきまでのやる気が嘘の様だ…。

 マジで帰りたい…。


 …。

 スタジオに到着した。到着してしまった。

 ウォーレイ君が中で待っている。


「ウォーレイくぅん、お待たせぇ…」

「サ、サトーさん?

 目が怖いですよ?」

「ウォーレイ君さぁ…」


 アトデ、オボエテロヨ?


「ひぃっ!」

「さぁ、やろうかぁ…」

「い、いつものサトーさんに戻ってくださーい!」


 今回の舞台は、…言うなれば「邪教の神殿」?

 ピッタリじゃないか。


 邪神ドゲ・ルパの魂が実体化を始める。

 …いい加減覚悟を決めよう。

 さあ、どんな姿で現れる?


 腕が10本、目は無数、触れるもの全てを腐敗させ、その言葉を聞いた者は発狂する。

 そんな存在を想像し身構える。


 まもなくして実体化が終了する。



 魂は10代後半ほどの少女の姿をとった。


「は?」


 人違い?とウォーレイ君に視線を送る。

 ウォーレイ君からは「合ってますよ」とのアイコンタクト。


「…我われが、ドゲ・ルパである…」


 目の前の少女から超低音のバリトンボイスが漏れる。


「…此度は、ご苦労…。

 人間の助手、成程、確かに…」


 ウォーレイ君と小声で緊急会議を開く。


「どういうことですかウォーレイ君」

「どうやらドゲ・ルパさんが管理局にサトーさんを助手につけるように頼んだみたいですね」

「なるほど、生贄ですね?」

「だから違いますって!」

「で、何であんな姿なんですか」

「わかりません…」


 兎にも角にも執行は開始しなければならない。


「ええと、ドゲ・ルパさん、あなたはお亡くなりになりました。

 ボクはウォーレイ、転生執行官です。

 まずは、転生と消滅、どちらを選びますか?」

「…我は転生を望む…」

「わかりました。

 次に説明が色々あるので、少しお時間いただきますね?」


 ウォーレイ君が説明を始めようとすると、ドゲ・ルパさんはゆったりと右手を上げて制止する。


「…説明は不要…。

 …【保障】、既に理解済みである…」

「あ、そうなんですね」

「…人間を助手に望むは、我が望む転生の実現のため…。

 …人間、これを見よ…」


 そう言ってドゲ・ルパさんは右手に1冊の本を出現させ、私に渡す。


「…我が望みはその書に登場する者と同様の生涯を送ること…

 …人間、其方の意見を求める…」


 …要はこの邪神様はこの本の登場人物のような存在に転生したいらしい。

 …どんな本なんだ?

 あの姿と何か関係があるのか?


 何度も読んだのだろう。

 表紙は擦り切れているが、何とかタイトルを読み取る。





 『ドキッ☆イケメンだらけの学園生活 ~私の3年間どうなっちゃうの?~』




「…」

「…」

「…人間、助言を求める…」




「うっそだろお前」

 ここで本音が漏れたことについて、私は全く悪くないと確信する。 

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