第8話 後編 永遠の絆と美少女ヒロイン
暗い大洞窟の中に作られた石造りの神殿。
それは大っぴらにできない儀式を行うために秘匿された空間。
松明の明かりが揺らめく中、誰にも聞かせることのできない話が始まる。
「……その書にある女の名は『可恋乙女(かれんおとめ)』……
……男のみが通うことが許された学び舎に紛れ込んだ異分子……
……女は数多の男との交流を経て恋、友情を学ぶ……」
……誰でもいいから助けてほしい。
何が悲しくて邪神から少女マンガの内容を説明されなければいけないんだ。
「ドゲ・ルパさん、この本ってどこで手に入れたんですか?」
ウォーレイ君、聞くべきことは確実にそれじゃない。
「……知らぬ……。
……異世界からの、偶発的転移と推測される……」
「なるほど!」
なるほどじゃねえよ。
「ドゲ・ルパさんの今の姿ってこの主人公の女の子と一緒なんですね。
かわいい子ですね!」
「……分かる……」
分かるじゃねえよ。
ツッコミ不在の状況を打破するために私も会話に参加する。
「そもそもなんで少女マンガの主人公に転生したいんですか?」
「……絆、友情、恋……。
……理解はできぬが、実に、興味深い……。
……誤解から生じた衝突もまた、成長の糧となる……。
……実に、素晴らしい……」
「……そうですか」
大ファンじゃねえか。
まさかこのマンガの作者も遠い異世界で邪神をファンにしたなどと夢にも思うまい。
……状況を整理しよう。
邪神ドゲ・ルパさんは少女マンガの主人公のような一生を送りたい。
……なんだこの字面。もう本当に嫌だ帰りたい。
「……人間、如何様にすれば数多の男から『モテる』……?
……やはり、仕草とやらか…?」
バリトンボイスのまま、上目遣いの練習を始める邪神。
「あ、今のいい角度でしたよ!」
「……そうか……良きかな……」
「サトーさんも何かアドバイスをお願いします!」
「……頼む、人間……」
どうしよう。やる気が欠片もわいてこない。
だって邪神だよ?
邪神なのに男にモテるためにわざわざ1回死んだんだよ?
「サトーさん?」
「……ホントにやらなきゃダメですか?」
気のない返事が漏れる。
やる気が出ないのだ。あまりにもしょうもない。
「サトーさん」
ウォーレイ君の声は決して大きなものではなかったがそれでも洞窟内にその声はよく通った。
「自分を見つめなおしたって言ってたのは嘘だったんですか。
ドゲ・ルパさんは真剣なんです。
ボクたち執行官がそれに真剣に向き合わないでどうするんですか!」
「願いの価値に差なんてないんです。
何を大切に思うか、それはみんな違うんです。
サトーさんが大切にしてきた思い、それが踏みにじられたら嫌でしょう?」
「ここは誰もが平等に立つことを許されたスタート地点なんです。
ボクは最良のスタートのお手伝いができることに誇りを持っています」
サトーさんは違うんですか?
……私は、また私の認識に囚われていたのだろうか。
ドゲ・ルパさんは初めから真剣だった。
その願いのために自分のこれまでの全てを、命を差し出しても惜しくない程に。
それを私は「しょうもない」と嗤ったのだ。
……これでは私は邪神をも超える悪じゃないか。
私はそんな自分を見つめなおし、転生者と向き合うと決めたんじゃなかったのか。
「サトーさん、人はそんなに簡単に変われるものじゃないかもしれません。
でも、第1歩を踏み出さなければ、スタートラインを超えなければ、何も始まらないんです」
……その通りだ。
私は、真剣にやると、そう決めたんだ。
全力でやると、決めたんだ。
私は自分の頬を両手でたたく。
気持ちのいい音が洞窟に響き渡った。
「ドゲ・ルパさん、申し訳ありません。
ここからは人間である私から、全力でアドバイスさせていただきます!」
「……頼む……」
「まずは、男性の気持ちを理解するところですね!」
「……ほう……?」
その後、私は邪神にモテる秘訣を伝授するというこれまでにない体験をした。
まず邪神に恋心、友情、絆を理解させるところから始めた。
その次は話し方、その次は仕草……。
私のアドバイスが実践で役に立つかは保証できない。
だが、私が教えられるすべては叩き込み、ドゲ・ルパさんは全力で吸収した。
時には壁にぶち当たることもあった。
だが私は一人ではなかった。
時には対立することもあった。
だが私たちは本音をぶつけられるほどの絆を深めたのだ。
そして遂に、私はウォーレイ君とドゲ・ルパさんというかけがえのない仲間と、1つのゴールに至ったのだ!
「……私が教えられることは以上です。
お疲れ様です、ウォーレイ君、ドゲ・ルパさん」
「お疲れさまですー、サトーさん」
「うん! ありがとうサトウちゃん!
えへへ、私、嬉しい!」
どれほどの時間がたったのか分からない。
だが、私たちはやり遂げたのだ。
私たちはお互いの肩を抱き、喜びを分かち合った。
そしてここに1つの友情が生まれたことを確信したのだ。
……だが、やり遂げたということは、別れが近いということでもある。
転生執行の時。それが私たちの別れである。
「……では、そろそろ転生を執行しますね、ドゲ・ルパさん」
「うん……。
ウォーレイ君、サトウちゃん、何も知らなかった私を変えてくれて、本当にありがとう。
私、あなたたちのこと、絶対に忘れない」
私はドゲ・ルパさんと熱い抱擁を交わす。
「まだ満足するには早いですよ。
ここからがあなたのスタートなんです。
ここからあなたが主人公の物語が始まるんです」
「……うん! そうだね、私、頑張る!」
「……グスッ。
……では、転生を執行します!」
ドゲ・ルパさんの姿がだんだん薄くなっていく。
私は完全にその姿が見えなくなるまで、大きく手を振り続けた。
まるで幾年も共に過ごした親友を見送るように。
だが忘れてはいけない。
これは私が真の絶望を知る物語だということを。
「サトウ、ウォーレイ。長時間も何をやっていたんだ?」
「私たちは一生の友情、かけがえのない絆を転生者と分かち合ったんです。
そうですよね、ウォーレイ君」
「……グスッ。そうです、ドーレさん。
そしてボク達は別れの悲しさを分かち合ったんです」
「……そうか、私にはよく分からんが……」
「転生者はここでの記憶は持ち越さないから、ここで何を覚えても無駄だぞ?」
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