第7話 後編 解釈と介錯

 「転生局人型部第三係」。


 ドーレさんはもうすでにノルリーエさんの転生に関する事後処理に移っている。


 私はあの資料の記載のことが頭から離れない。

 …あの人生を経て、あの人は自分のどの部分が気に入ってたんだ?


「何をそんな黙り込んでいるんだ」

「…さっきの転生者のことで、ちょっと」

「?何か変なところでもあったか?

 ウォーレイも言っていたが人畜無害な人間だったじゃないか」


 ドーレさんはこちらを見ることなく事後処理を続けている。


 …人畜無害。

 人間や動物にとって害がないこと。

 そりゃないだろう。誰とも関わっていなかったんだから。


「ドーレさんはあの資料の内容は頭に入ってるんですよね?」

「ああ、何か気になるところでもあったか?」

「最後の、交友関係と特記事項の所です」


 資料の最後のページをドーレさんに突きつける。

 だがドーレさんはこちらを見ない。


「あの人は、こんな人生を経た自分を気に入ってるって言ってたんです」

「何かおかしいところでもあったか?」


 ドーレさんは顔を上げることなく答える。

 …何かおかしいところでもあったか?って…。

 どうやら1から説明しないとこの執行官には伝わらないらしい。


「人っていうのは、誰かと会ったり、話したり…。

 とにかくそういうのを通して、何かしらの形で人に承認されたいと思うものなんです」


 いわゆる承認欲求というやつだ。

 誰からも承認されず、評価されず…。

 そんなものではモチベーションが続かない。


 だがドーレさんの反応は鈍い。

 幼い子供に言い聞かせるように、手元に集中したまま私に言う。


「サトウ」

「…なんですか」

「多様性を有し、あらゆる状況に対応し得る可能性を残す。

 それが人間という種の強みだと私は考えている。

 だから『およそ人がそうである』というお前の認識は正しくない。

 ノルリーエは誰からも承認されることを必要としなかった、ただそれだけだ」


 …【孤高の天才】。

 あれは本当にそういうことだったのだろうか。


 誰からも影響を受けず、誰にも影響を与えない。

 その存在はまるで空気のようにあやふやで。

 ただ己一人で世界の全てを完結させることができる。


 …誰かに『見られる』ことを望んだ『ナニカ』とは正反対だ。


「…ドーレさんは、こういう生き方ってどう思います?」

「生きたことのない私にその質問は無意味だろう」


 お前はどうなんだ?

 そういうように初めてドーレさんはこちらを見る。


 私にはきっと耐えられない。

 私はここでドーレさんと言い合いをして、ウォーレイ君を甘やかして、エゥブさんに甘えて、そうやって自分を保っている。

 もしここに私以外の誰もいなかったとしたら…。

 そんなことは考えたくもない。


「私には無理です。

 『誰か』がいないとやってられません」

「そうか」 

「…でも、それが平気な人もいるってことなんですよね…」

「そういうことだ。

 【孤高の天才】。

 あれは誰からの承認をも必要としない、天才的な優秀さを与える【保障】だ。

 事実、ノルリーエは大量の論文を遺しているだろう?」


 あれが公表されていれば、天震の真実もわかっていたかもしれないな。

 ドーレさんはそう呟く。


 確かにノルリーエさんは研究者として天才だったかもしれない。

 だけどあれはそういう意味じゃない。


 きっとノルリーエさんは「孤高でいること」の天才だったのだ。




 いつだったか、ドーレさんは言っていた。

 【保障】の内容すべてが良い内容ではないと。


 【保障】は祝福でも呪いではない。

 平等に全ての転生者に与えられるものだ。

 【保障】のない者などいない。



 …。

 今になって、いや、本当に今更だけど。

 【保障】を扱うこの仕事に、もっと真剣に向き合おうと思った。


「ドーレさん…」

「どうした」

「私、もっと考えなくちゃいけないんだなって思いました」

「…」


 ああ、その認識は正しいぞ。


 今度はドーレさんも否定しなかった。

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