第7話 前編 天才と天災

 家具一つないがらんとした小さな部屋。

 正直さっきまで見ていた殺風景なスタジオと大差ないなと思う。


 ドーレさんと今回の転生者、ノルリーエさんは立ったまま向かい合っている。

 2人の表情は対称的だ。

 仕事モードに入ったドーレさんの硬い表情、そして、社交的な笑顔を浮かべるノルリーエさん。


 全く顔立ちも似ていない2人は、まるでコインの表裏の様だ。

 決して向き合うことのなかったはずの2人が出会ったとき何が起こるのか!


 …まあ何も起こらないんだろうけど。

 前回『ナニカ』に巻き込まれ執行の最中に私が倒れたため、今回私が助手を務める執行は慎重に選ばれた。

 ウォーレイ君にも「これ以上なく人畜無害な人です!」と太鼓判が押されている。

 ドヤ顔だったので難しい言葉知ってて偉いねー、と頭をなでておいた。


「ノルリーエさん、貴方はお亡くなりになりました。

 貴方には、転生か消滅のどちらかを選んでいただくことになります」


 いつもの口上を述べるドーレさんに対し、ノルリーエさんの表情が驚愕に染まる。

 転生者にはよくある反応だ。


「僕は…死んでしまったのですか…?」

「はい。誠に残念ながら」

「…死因をお聞きしても?」


 ノルリーエさんは【世界座標:ap984qhankl:@-】のある街で平凡に暮らしていた。

 この世界では「天震」という自然災害が存在する。

 文字通り天が震え、どこからともなく謎の瓦礫が落下してくるというものだ。

 ある学説では、天には古代文明の遺跡が浮遊しており、その破片が落下しているとの見解が提唱されている。

 その真実については資料には記載されていない。

 情報収集を任務とする管理局の興味を引くものではなかったらしい。


「貴方は天震によって落下して来た瓦礫によって圧死なされました」

「…そうですか」


 要は天災である。

 残念であるが、運が悪かったと言うしかない。

 こんなことをわざわざノルリーエさんに言うことはないが。


 こういうパターンでは、まず自らの不運を嘆き、執行官に慰められ、最終的に自分で折り合いをつけて、さあ転生をしようというのが一般的な流れだ。


「うーん、どうやら運が悪かったみたいですね。

 あ、転生でお願いします」


 だが何事にも例外は存在するもので。

 だからこそこうしてお話になっているのだ。


 …?今私は変なことを思わなかったか?

 『ナニカ』の影響が何かのこっているのだろうか。

 …後でもう一度精密検査を受けておこう。


「承りました。

 何か転生に当たり、希望はございますか?」

「そうですねー…。

 僕は今の僕を気に入ってるんですけど、このまま転生するっていうことはできますか?」


 これは珍しい。

 転生するとき、大抵の人は新しい自分になりたがるというのに。


「申し訳ありませんが、貴方にはまた1からのスタートをして頂くことになります。

 …ですが、今貴方に付与されている【保障】。

 これについては全く同じ内容で転生させるということは可能です」

「【保障】って何ですか?」

「では、その点について説明させていただきます」


 【保障】についてのドーレさんの説明が始まる。


 今の僕を気に入ってる、そうノルリーエさんははっきりと言った。

 きっとノルリーエさんは自分のことを肯定できるいい人生を歩んだのだろう。

 肯定以前に自分のことがわからない私はノルリーエさんが少しうらやましくなる。


 ふと私はノルリーエさんがどんな【保障】を持っているのか気になった。

 そこにノルリーエさんの自己肯定感に繋がるものがあるのかもしれない。


 別に【保障】の内容を知ったところでその能力が得られるわけではないけど、あそこまで堂々と言える理由があるなら知りたくなるというものだ。


 どれどれ…。

 ノルリーエさんに関する資料を読む。

 豊富にある【保障】のうち、ある1つの【保障】が私の目を引いた。

 …【孤高の天才】?


「…以上で【保障】の説明は以上になります」

「なるほど。ありがとうございます。

 じゃあその【保障】は今と同じ内容でお願いします」

「承りました」


 さっきからテンポが大変良い。

 私としてはもうちょっとノルリーエさんについて詳しく知りたいのだが。

 …次はノルリーエさんの略歴でも見るか。


「次は転生先の話になりますが、こちらが転生先の候補になります」

「ほうほう、結構ありますね。

 あ、この世界、楽しそうですね」

「【世界座標:@0a89ghw@rgnad】ですね。

 かつて存在したとされる古代文明を研究、その技術を利用しての発展が著しい世界ですね」

「ふふ、古代文明のせいで死んだかもしれない僕が古代文明を研究するっていうのも皮肉が聞いてて面白いかもしれませんね。

 この世界でお願いします」

「承りました」


 もう転生先まで決定してしまった。

 もう間もなく転生が執行されるだろう。


 ノルリーエさんは天震の研究をすることを生業としていたらしい。

 いくつか論文も作っている。

 研究が充実してたことが自己肯定感につながったのかな…。


 資料の最後のページに至り、そこで私の指が止まった。

 …なんだこれは。


「では、ノルリーエさん。

 貴方の次の生がよりよく、豊かなものであることをお祈りいたします。

 ……転生を執行します」


 ノルリーエさんの姿がだんだんと薄くなっていき、そして消えていった。

 私の目は資料のある項に釘付けになり、その旅立ちを目にすることはなかった。






 「資料第4-9:転生者ノルリーエの交友関係等」

 結婚歴:なし

 友人:なし

 恋人:なし

 同僚:なし

 家族:絶縁状態

 「資料第4-10:転生者ノルリーエに関する特記事項」

 論文の作成数:1738

 論文の公表回数:0

 死亡前10年間の1日あたりの平均発言回数:0

 死亡前10年間の1日あたりの生活必需品購入目的以外での平均外出回数:0

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る