第4話 後編 魔女と分析
あの後すぐに転生は執行された。
この後すぐに2人目の聖女の転生が待っているため、まだドーレさんと私はスタジオいる。
……私には聞かなくちゃいけないことがある。
「……なんであんな世界を提案したんですか」
暗いスタジオの隅でいじけながらドーレさんに問う。
……ああくそ、最後のあの目は夢に出そうだ。
「お前の言ったとおりあの世界の条件は候補の中で最悪だった。
それはつまり、他の転生者も転生したがらない世界ってことだ」
「……だから何ですか」
「そうした世界に存在する魂の絶対数は少ない。
だが世界の運営において魂の存在は必要不可欠だ。
だから、そんな世界でも転生しても構わないという魂は積極的に送る必要がある」
要は世界の存続のための生贄ということか。
「そんな世界消えちゃえばいいじゃないですか」
「そうもいかん。
世界の消滅は他の世界に重大な影響を与える。
最悪玉突き事故のように他の世界の消滅まで招きかねん」
私にはどうしようもない領域の話。
……このあともう1人同じ世界の聖女の転生を執行すると思うと気が重くなる。
「……次の転生の執行を始めるぞ」
「……はい」
「では執行官ドーレ。
転生執行前の審尋を開始する」
舞台装置を起動。
周囲の風景と私たちの服装が変化する。
実体化した魂は、老婆の姿をとった。
転生者の名前はアルエル。享年74歳の聖女だ。
まず私の目に入ったのは高価そうな服装。大量につけた宝石。そして厚化粧の下の強気な表情。
……聖女ってなんだっけ。
どこからどう見ても夫の連れ子を放って実の娘と毎晩晩餐会に行く意地悪な継母ですけど。
「聖女アルエルさん、貴女はお亡くなりになりました。
貴女には、まず転生か消滅のどちらかを選んでいただくことになります」
「ああ?
いきなり何バカなこと言ってんだいアンタ」
喋り方もイメージ通りだー……。
アルエルさんはドーレさんを見て、私を見て、周囲を見て、「ふむ」とうなずく。
「なるほどね。
知らないヤツ、知らない場所、そしてアンタのさっきの発言。
いいよ、あんたが何者かは知らないけどとりあえず話は聞いてやる。
話してみな」
「承知しました」
エィダさんとは全く異なる反応。
私が驚きで動けない中、ドーレさんの説明が続く。
「そこのアンタ、何ボーっと突っ立ってるんだい!
お茶でも汲んで持ってきな!」
「は、はい!」
思わず返事をしてお茶を汲みに行ってしまう。
何あのおばあちゃん怖い。
戻ってくるとドーレさんの説明は終わっていた。
私はお茶を「どうぞ……」と置いて元の立ち位置に戻ろうとする。
「どこに行くんだい。
こんな得体のしれない場所で私の視界の外に出るんじゃないよ。
そこにでも座ってな」
「はい……」
「で、執行官と言ったかね。
私は転生を選ぶよ。
これまで聖女として頑張ってきたんだ。
もちろん一番いい条件でやってくれるんだろうねえ?」
アルエルさんはジロリとドーレさんを見る。
「……承知しました」とドーレさんは表情を変えずに答えるが、もう完全にアルエルさんのペースだ。
ついさっきまでとのギャップがすごくて私状況に追いつけてない。
アルエルさんは私のお茶を飲んで「まあまあだね」と言い、再度ドーレさんを見て、私を見る。
おろおろする私を見て眉を顰める。
「何そんな顔してるんだい。
私の顔に何かついてるかい?」
「い、いいえ……」
「じゃあ何だい。
はっきり言いな。
ぐずぐずした子は嫌いだよ」
これは聖女というより魔女では?
ドーレさんに助けを求める視線を送るが、無視される。
後で覚えてろよ。
「あの、ついさっき、あなたと同じ世界の聖女の転生を担当したばかりなんです……。
それで、ちょっと、ギャップが、といいますか……」
「ああ、そういうことかい。
なるほど、なるほど」
何かに納得したようなアルエルさん。
そしてニヤリと笑って私たちに問いかける。
「大変だったんじゃないかい?
アンタ達のことを『神様~』なんて言ったり、『全てお任せします~』なんて言われたりしてねえ?」
「そ、その通りです」
「聖女がそういうイメージなら確かに私は違うだろうねえ。
聖女が皆カミサマのオコトバに真摯に向き合い、信仰深く、質素で優しそうなお嬢ちゃんだとでも思ったかい?」
まさにその通りなので言葉に詰まる。
私のその様子にアルエルさんはさらにニヤニヤとする。
「悪かったねえ、イメージを壊しちまって。
生憎私ゃ、カミサマのオコトバなんて聞こえてもその通り伝えないひねくれ者でねえ」
「え」
それはおかしい。
神の御言葉はモンスターに対処する上で必須の情報のはずだ。
「カミサマのオコトバなんてね、モンスターの種類、数、出現場所をざっくりと言うだけなんだよ。
おまけに全ての襲撃を事前に教えてくれるわけじゃないっていうんだから、ホント使えないやつさ」
「その程度なら、過去の襲撃の情報を集めて、分析すれば足りる…いいや、もっと詳しい情報を事前に得られるってわけさ」
「私は聖女だったからね。
分析した情報を『カミサマのオコトバです~』って言いさえすればみんな信じてくれたさ」
「そのうちその分析方法を国の重鎮共に売ったりしてねえ。
随分ともうけさせてもらったよ。
余った金は近所のガキどもの飯代にもなったしねえ」
「他の国の聖女が何で短命なのか知ってるかい?
聖女ってのはカミサマの声が聞こえる特別な存在ってことでモンスターにとってもいいエサなのさ。
モンスターの襲撃に対してその国が対応しきれなくなったら聖女にこうお告げをすればいい。
『国から離れ、祈りなさい。さすれば何万人という命が救われます』ってね」
「聖女が若くして死んでも、カミサマは次の聖女をテキトーに選べばいい。
誰を聖女に選ぶかなんて、カミサマ次第なんだからサ」
「まあ私がいた国では次の聖女なんて生まれないだろうねえ。
なにせカミサマのオコトバなんてなくたって生きていけるんだから」
怒涛のマシンガントークに私もドーレさんも口をはさむ余裕がない。
でも、アルエルさんの言うことが本当なら…
「何でその分析方法を他の国に伝えなかったんだって顔だね?
なんと無料で伝えたさ。
最初は高い金吹っ掛けてやったんだがあまりにもかわいそうでねえ」
「でも聞かなかった。
まあ国防に関わることサ。
友好国でもない国の情報なんてそう簡単に受け入れられないってものさ」
「それにね、カミサマより私の方がより正確だなんてなったら、カミサマのプライドはボロボロさ。
結局私の情報は魔女の妄言だから信じないようにって各国の聖女が声明を出したらしい」
「……ふう」とアルエルさんは一息つく。
その目から私が読み取れた感情は、怒り、悲しみ、そしてやるせなさ、だろうか。
「長いこと話しちまったけどね、要するに、ヒトは信じたいものだけを信じるっていうよくある話サ」
……。
私はどういう言葉をかけるべきなのだろうか。
「大変でしたね」「お疲れ様でした」「貴女のことを誤解していました」
そのどれもが正しくないように思える。
私が何を言おうか迷っているとアルエルさんはドーレさんを見る。
「まだ終わらないのかい?
あんまりレディを待たせるんじゃないよ、グズだねぇ」
「……いえ、今終わったところです。
大変お待たせいたしました」
「そうかい、ちゃんといいとこに送ってくれるんだろうねえ?」
「それは、もちろん」
「そうかい、それじゃ行こうか」
アルエルさんは席を立つ。
その後ろに私とドーレさんは続く。
数歩あるいてアルエルさんはこちらを振り向く。
「じゃあ、始めな」
「では、聖女アルエルさん。
貴女の次の生がよりよく、豊かなものであることは私がお約束いたします。
……転生を執行します」
アルエルさんの姿がだんだんと薄くなる。
「ああ、最後に」
旅立つアルエルさんから声がかかる。
「嬢ちゃん、私はアンタのことは知らない。
だからこれは魔女の余計な一言だと思って聞きな」
「自分のことが分からないなんてのはね、珍しいものでも何でもないんだよ。
大事なのは妥協して決めつけちまわないってことだ。
ちゃんと考えな。
それこそ死ぬまでね」
じゃあね、と最後に手を振って、アルエルさんは、消えた。
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