第4話 前編 聖女と信仰


 「転生局人型部第三係」。

 「私」ことサトウは現在この部屋に1人である。

 ドーレさん、ウォーレイ君、エゥブさんは現在スタジオにてお仕事中。


「暇だなー…」


 私はいつも誰かの助手をしているわけではない。

 ヒトではない執行官の皆さんには疲労・休憩という概念がなく、ヒトである私にはそれがある、ということだ。

 かつてウォーレイ君に「『ツカレル』って何ですか?」と聞かれたときには、思わず顔が引きつったものだ。


「ドーレさんの机でも漁って怪しげな雑誌とか机の上に並べてやろうかなー…」

「……なかなか面白そうなことを言うじゃないか」

「げ」


 いつの間にか部屋の前にドーレさんが立っている。

 お仕事が終わってスタジオから帰ってきたのだろう。

 私を一睨みしたドーレさんは自分の席に戻り、事後処理を始める。


「そんなに暇なら次の執行の助手をしてもらおうか」

「このタイミングで言うっていうことは、やばい転生者なんですね?」

「私はお前のように陰湿なことはしないものでね。

 単純に、経験を積ませてやろうという優しい気遣いだとも」

「あーやーしーいー」


 この前一緒に担当した転生者が執行開始と同時に錯乱して辺りに爆裂魔法撃ちまくったこと忘れてないからな。

 あの時、管理局が応援に来てくれるまで私は全力で逃げ続け、何をしても死ぬことのないドーレさんはただ座って待っていた。


「安心しろ。何しろ今回の転生者は……」

「転生者は?」

「聖女だ」


 【世界座標:a9w83yqgasfsd】。

 モンスター蔓延るこの世界には国ごとに聖女と呼ばれる存在が1人いる。

 聖女は神に祈り、神の御言葉を聞き、それを民に伝える。

 神の御言葉の内容は主にモンスターに対し如何に対処するか。

 神の御言葉がなければその国はたちまちモンスターに蹂躙される運命をたどることになる。


 この世界における聖女がつい最近2人、死亡した。

 そしてドーレさんがこの2人の転生を担当することになった。


 ……ということなどが書かれた資料を私はスタジオへ向かいながら急いで読む。


「早くしろ。今回の舞台装置は『超荘厳。愛に満ちた教会バージョン』で頼む。」

「ちょっ、待ってください。

 さてはやっぱさっきの根に持ってますね!?」

「では執行官ドーレ。

 転生執行前の審尋を開始する。」

「ちょっと待てって言ってんだろうがあああ!」


 転生者の魂が実体化を始めたのを見て急いで舞台装置を起動する。

 途端に周囲の風景は殺風景なスタジオから荘厳な教会へ。

 ドーレさんの服は神父のようなものへ、私の服は修道女のようなものへ変化する。


「聖女エィダさん、貴女はお亡くなりになりました。

 貴女には、まず転生か消滅のどちらかを選んでいただくことになります」


 いつものドーレさんの口上。

 今回の転生者、エィダさんは質素な服を身に包んだ若い女性。

 享年17歳。

 かわいい、とか、きれい、ではなく「優しそう」という印象の女性だ。


「転生を選ばれた場合は、転生の際の【保障】、そして転生先について相談させて頂きたく思います」

「……ああ」


 エィダさんに表情が宿り、声が漏れる。

 そして、目の焦点が合い、こちら見ると、


 いきなり跪いた。


「ああ、なんと喜ばしいことでしょう!

 聖女という素晴らしい役割を与えられ、かつ死後にはその御姿を拝見する機会をいただけるなんて……。

 創生神エトアエルク様、あなた様の慈悲に感謝いたします」

「……私は貴女の言う神ではありません。

 私は転生執行官ドーレ。貴女のこれから先の道を示す者です」


 どうやらエィダさんはドーレさんをエィダさんの世界の神と勘違いしているらしい。

 表情こそ変化はないものの若干戸惑うドーレさん。

 はははざまあみろ。


「ああ、失礼いたしました。

 エイル記第2章第4節『神を見たといってはいけない』。

 真の名を語らぬことで、私の過ちを正してくださるのですね」

「いや、ですから……」


 ドーレさんが押されている。

 いいぞもっとやれ。


「創生の際に地を焼いたとされる炎を体現されるその赤き御髪。

 悪逆を見逃さぬその鋭き灼眼。

 御傍に控える黒き髪の眷属神センヴァルト様。

 どの国のものよりも荘厳で偉大な教会。

 ええ、私は今まさにあなた様の威光を実感しております、神よ」

「……」

「……」


 なんかさらっと私も巻き込まれた気がする。

 誰が眷属だ誰が。いや、助手だけど。

 ちなみにここまで、エィダさんは跪いたままである。


 その後何とかエィダさんを近くの椅子に座らせる。

 ただそれだけの作業に30分ほどの説得が必要だった。

 最終的に誤解を解くことは諦め、神の御言葉による命令として座らせた。




「……転生及び消滅に関する説明は以上です。

 何か質問はございますか?」

「いいえ、あなた様の仰ることに何の疑問がありましょうか。

 すべて、承知いたしました」

「では改めて、転生か消滅か、どちらかを選んでいただきます」


 ようやくスタート地点である。

 長かった…。いつもならもう後編に行ってもおかしくないぞ。

 さて、聖女様の返答や如何に。




「お任せいたします」


 間髪なく告げられたエィダさんの返答。


「私はこれまで、あなた様の御言葉に従い、あなた様の御言葉を伝えてきました。

 たとえこの命が果てた後でもそのことは変わりません。

 あなた様が転生せよというならば転生を、消滅せよというならば消滅いたします」

「私は貴女の希望を聞きたいのですが……」

「私の希望、それはあなた様の御意思に従うこと他なりません。

 エイル記第2章第6節にも『神に試されるとき、真なる心が顕れる』とあります」


 さてこれは困った。

 このパターンは初だ。

 転生者の意思確認は超重要。

 問答無用で転生させる、消滅させるなんてことはできないのだ。


「では、多くの転生者が選ばれる転生はいかがでしょうか」

「はい、ではそちらでお願いいたします」


 うまいなドーレさん。

 選択式ではなくはいorいいえの質問に代えることで意思確認があったようにしている。

 セコいともいう。


「では、次に【保障】ですが……」

「それもお任せいたします。

 あなた様にお任せすれば何も問題ないと確信しておりますので」

「……承知いたしました」


 ……これはまあ問題ないだろう。

 【保障】は執行官にその内容について裁量が与えられている。


 問題は……


「では、転生先ですが……」

「お任せいたします」


 そう、転生先の世界及び転生先の生物。

 資料を見る限りエィダさんが転生可能な世界の数、生物の種類は平均より多い。

 選択肢が多い分、先ほどのようにはいorいいえの形は難しい。

 というか、ドーレさんが何を提案してもエィダさんは「はい」と言うだろう。


 つまり、ドーレさんが1番最初に提案する世界。

 それがエィダさんの転生先となる。


「承知しました。

 では【世界座標:83qhrw9afsd】、こちらの世界でどうでしょう」

「はい、問題ありません」


 予想通りの応答。

 私はドーレさんの言った世界を資料の中から探す。

 ……これは。


「では、以上で審尋を終了し、転生を執行します」

「はい、よろしくおねg……」

「ちょっと待ってください!ドーレ執行官!」

「……なんでしょうか。サトウ助手」


 ドーレさんが冷たい視線を向けるが、私は逆に睨み返してからエィダさんの方を向く。

 これはさすがに見ているだけ、なんてことはできない。


「エィダさん、この【世界座標:83qhrw9afsd】という世界は、貴女が転生できる世界で最も劣悪な条件の世界です。

 灼熱の大地。降り注ぐ刃の雨。鳴りやまぬ雷鳴。

 食べ物は餓死しない程度しかなく、空気も窒息しない程度の薄さしかありません。」


 本当に最悪の世界だ。

 何より最悪なのが、この世界を運営する神があえてこうした条件を設定しているというところだ。

 生まれてから死ぬまでただ苦しみ続けるだけの世界。

 それを見てこの世界の神は生命の脆さを笑うのだ。


「あなたはもっと良い世界に転生できるんです。

 若くして死んだりしないで済む世界が待ってるんです。

 だからどうか、そんな世界を選んでください」

「センヴァルト様……」

「私はそんな大層な名前の神様じゃありません。

 私は貴女と同じ人間なんです。

 そんな私でも、あなたはもっと良い世界に生まれ変わるべきだって思うんです」


 だからどうか。どうか頼むからお任せなんかで地獄を選ばないでほしい。

 他の選択肢があるのに、わざわざ地獄に進むことなんて、見てられない。


「ありがとう、ございます」

「…じゃあ!」

「それでも、私の選択は変わりません」


 ……。


「なんで、ですか」

「それは勿論決まっています」








エィダさんはドーレさんを見ながら満面の笑顔で言い放つ。


「エイル記第1章第1節に『神の言うことは絶対』とありますから」


 ……『狂信者』。

 エィダさんの目を見て、私はそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る