第3話 後編 頑張り屋さんと優しいお姉さん

「私?うん、全然?」


 エゥブさんがあっさりと言う。

 魔王が不機嫌になっていったのはエゥブさんが怯えなかったからなのだろうと私は気づく。


「なぜだ?

 貴様とて余がしてきたことを知らぬわけではあるまい。

 ここで余に殺されることなどない、そう思っているのか?」

「ううん、そんなことないわ。

 ここにいるからって君が弱くなってるわけじゃないし、私は君を止められるほど強くはないわ」


 私は驚く。

 執行中に死んだことがないと言っていたのはいざというとき簡単に制圧できるからだと思っていた。


「もし君が暴れるようなことがあれば、管理局の人たちが応援に来てくれることになってるけど、それまで私が無事とは限らないわ。

 もちろん助手のサトウちゃんもね」


 今すぐいつもの部屋に帰りたい。

 今ならドーレさんの冷たい視線くらいなら余裕で耐える自信がある。


「ならば、なぜだ?なぜ貴様は余を恐れない?」

「それはね、私は君が素晴らしい生涯を送ってきたと確信してるからよ」


 ……ああ。エゥブさんも結局ドーレさん達と同じか。

 まさか虐殺賛成派とは思わなかったが。

 私はそっとエゥブさんから距離をとる。


「私はね、君がやってきたことを成し遂げるために、どれだけの努力がいるだろう、って考えたの。

 王位を争う兄弟に怪しまれぬようにどうやって毒を準備して仕込むか。

 最前線の兵士を出し抜くためにどんな戦略を考えるか。

 熟練の将軍を警戒させずに儀式の範囲にどうやって誘い込むか。

 どう女性を管理すれば効率的に化物を増やすことができるか。

 個の武力で勝る英雄にどうやって打ち勝つか。

 君は人生を充実させるために、その過程ですごい努力をしたんだな、って思ったのよ」


「……努力」

「それだけじゃないわ。

 未知の領域に挑む勇気。

 困難な状況を打破するためのひらめき。

 そして窮地に追い込まれても諦めない不屈。

 君の人生は楽しさだけじゃなくて、こんなにも素敵なものにあふれていたのよ」


「私は君の努力、勇気、ひらめき、不屈をちゃんと評価してあげたい。

 たとえ君自身がこのことに気づいていなかったとしてもね。

 そう考えると君の生涯は素晴らしいものだった、そう言えないかしら?」


 ……言えないだろう。

 なぜならそれらが向けられていたのが命を奪うという残虐な行為だからだ。

 それに満ちた人生を素晴らしいといってしまっては、奪われた側がたまったものじゃないだろう。


「それが他者の命を奪うという行為のためであってもか?」

「生きてる間に何者も殺さない人なんていないわ。

 生きるため、障害を排除するため、いろんな理由で命は奪い、奪われるわ。

 そこに楽しむため、っていうのが入っても、それは君の個性ってやつよ」


「それに君は命を奪う上でも強さを獲得するっていう努力をしているわ。

 君は自分より弱い人を狙って殺しまわったわけじゃない。

 君に言わせれば、強さに自信を持つ人を打ち負かしてこそ楽しさは増すんでしょう?」


「だから私は君を恐ろしいとは思わない。

 君は、目的を達成するために精一杯の努力ができる、頑張り屋さんよ」


 エゥブさんは椅子から立ち上がり、ナタスリーヴェさんに近づくとその頭を優しくなでる。

 ナタスリーヴェさんはその場を動けず、ただなされるままになっている。


 ナタスリーヴェさんの顔はエゥブさんの背中に隠れて見ることができない。

 今、彼はどんな表情を浮かべているのだろうか。

 得体のしれないものに対する恐怖?

 自分でも気づかなかった自分の一面に気づいた驚愕?

 それとも、悪だと確信する自分を評価してくれた喜び?


 私は私の感情を整理しきれない。

 気持ちが悪いのか、どこか納得してしまっているのか、よく分からないものが私の中を巡っている。

 私は……


「ちょっと長く話しちゃったかな。

 君の転生の話に戻りましょうか。

 サトウちゃん、ナタスリーヴェ君に転生先候補のリストを見せてあげてくれる?」


 いつの間にか席に戻っていたエゥブさんから声がかかり、私の意識は内から外に向けられる。

 私はぎこちなく歩を進め、ナタスリーヴェさんに資料を見せる。


「……どうぞ」

「……ああ」


 ナタスリーヴェさんの反応も鈍い。

 今この瞬間に限っては私と彼の感覚はあっているのだろう。


「頑張り屋さんの君にはたくさんの転生先を用意してあげられるし、【保障】もたくさんつけてあげられる。」



「ナタスリーヴェ君、君はどんなところに転生して、どんな一生を送ってみたい?」

「俺は……」











 「転生局人型部第三係」。

 私とエゥブさんはいつもの部屋に戻ってきた。

 ドーレさんとウォーレイ君はスタジオだろうか、この部屋には私たち以外誰もいない。


「サトウちゃん、お疲れ様~。

 あ、第二係の子からお菓子貰ったんだけど、他の子が戻ってくる前に食べちゃわない?」

「……いただきます。

 お茶、入れてきますね」


 私はノロノロと手を動かして、お茶を入れ、エゥブさんの机に置き、自分の席に座る。

 そんな私を見てエゥブさんはそっと近づいてきて私の頭を優しくなでる。


「ちょっと疲れちゃった?

 次の執行まで時間もあるだろうし、休んでても大丈夫よ?」

「いえ、大丈夫です……。

 ちょっと、考えることが多くて……」

「人って大変ねぇ……。

 そうだ、膝枕してあげる!

 膝枕をして耳をふーってすればイチコロってドーレ君がよく読んでる雑誌に書いてあったわ!」

「あの男どんな雑誌読んでるんですか!?」


 何か知りたくない情報が頭に刻まれた気がする。

 それでも疲れていたのは事実なのでおとなしく膝枕してもらうことにする。

 その姿勢のまま言葉を漏らす。


「なーんか、皆さんと感覚のずれ? っていうやつを感じるんですよ…。

 エゥブさんは執行の時転生者の方とお話してて、感じたりしません?」

「そうねぇ…。

 私たちはどこかの世界で生きてきたっていう経験がないからずれっていうのはあるかもしれないわ。

 転生者と執行官、どちらにも関わるサトウちゃんにはそのギャップが辛くなっちゃうときもあるかもしれないわね」


 エゥブさんは私の頭をなでてくれる。

 その手は人のように温かく、エゥブさんが私を大切に思ってくれている気持ちが伝わる。


「もし、辛くなることがあったら私にいつでも相談して?

 納得することはできなくても、歩み寄ることはできるかもしれないわ。

 もしかしたら、サトウちゃんはこのずれを直すためにここに来たのかもしれないわね」

「うー…。エゥブさぁん…」

「私たちは転生執行官。一生を終えたことはないけれど一生を終えた者にこれからを示す者。

 それでもみんな、それぞれの形で最良のこれからを提供してあげたいと思ってるっていうことは約束できるわ」

「…はい」

「これからまたサトウちゃんがずれを感じたら、教えてくれると嬉しいわ。

 そうすればより良いこれからを提供できると思うの」


 私のこれから。転生者のこれから。そして執行官のこれから。

 そのどれもが未確定だけど。

 少しでもより良いものになれば。

 私はそう願う。











「……何をしてるんだ。サトウ。

 まだ事務処理が残っているだろう」

「うっさい膝枕マニア!」

「あ゛あ゛!?」

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