第2話 前編 復讐と少年

「エレ=ヴェネルディグさん!あなたはお亡くなりになりました!」


 木漏れ日の指す木造の小さな部屋に元気いっぱいの少年の声が響く。

 少年は満面の笑顔を目の前の女性に向ける。

 「私」ことサトウは部屋の隅で存在感を消すことに全力を尽くしている。


「なので、転生か消滅か選んでください!」


 幼い子供は時として残酷なことを言うと聞くが、こういうことじゃないと思う。


「……なんて?」

「あなたは死んでしまったので、転生か消滅か選んでください!」


 魂が抜け落ちたようだったエレさんに表情が宿り始める。

 まあ、いきなりこんなこと言われてすぐに判断できる人は少ないだろう。


「……アンタ誰」

「ボクはウォーレイ! あなたのこれからを担当する執行官です!」

「これから…」


 エレさんはウォーレイ君の言葉を繰り返す。

 まだ意識は覚醒していないらしい。


「そしてこちらは助手のサトーさん!」


 おいやめろ私を指さすな。

 事前の資料で今回の案件は厄介になりそうだと私の勘が告げているんだよ。

 私は観賞植物、私は観葉植物、私は観葉植物


「で、転生と消滅、どっちを選びますか?」

「アタシは…」


 エレさんはぼんやりとした頭をはっきりさせるように頭を振る。

 そして、何かを思い出したようにハッとした表情を浮かべる。


「ミナは!?」

「へ?」

「ミナはどうなった!?」


 ミナ? と首をかしげるウォーレイ君。

 美少年は首をかしげるだけでもかわいいなあ。

 …いいかげん現実逃避をしている場合ではない。仕事をしなければ。


「ウォーレイ執行官。ミナというのは彼女の妹です。

 こちらが資料になります」

「ありがとう! サトーさん!」


 ニコニコ顔で受け取るウォーレイ君。

 思わず頭をなでたくなるのを我慢する。

 なぜか? すぐそばでエレさんがこっちをガン見しているからです。


「ミナさん…ミナさん…。

 あっ、ありました! エレさんとほぼ同時期に亡くなってますね!」

「…っ!」


 ショックを受けるエレさん。


 エレさんとミナさんは【世界座標:aoiw2398rbsfo】の小さな村に住む仲良し姉妹。

 姉御肌のエレさんと癒し系のミナさんで近所でも有名だったらしい。


 2人の住む村は盗賊に襲撃され、エレさんはミナさんを逃がすために囮となり死亡。

 結局ミナさんもその後すぐに発見され似た末路をたどっている。

 この襲撃によりエレさんの故郷は壊滅。生存者はゼロだ。


 …こういうパターンによくあるとドーレさんに教えられたのが…


「…復讐してやる」

「え? だめですよ!

 いいですかエレさん。あなたはもう死んじゃってるんです。復讐なんてできませんよ。

 それに生き返りはルールとして認められないんですよ」

「それで『はい分かりました』なんて言えるか!

 頼む! アタシに復讐のチャンスをくれ!」


 こういうのである。

 魂は同じ世界には転生できない。生き返りなどもってのほかである……らしい。


 怒れるエレさんの手にはいつのまにか採取用のナイフが握られている。

 すべてがあやふやなこのハザマの世界では手に馴染んだ物であれば呼び寄せられるらしい。

 「気をつけろよ」とドーレさんは言っていたけど私に対処できると思っているのだろうか。無理無理。


「エレさん」

「生き返らせてくれるならなんだってする!

 ルールに反してるっていうなら後で罰だって何だって受けるから!」

「エレさん!!」


 ウォーレイ君の大きな声が小さな部屋に響く。

 エレさんもその声に気圧される。


「生き返りはできないんだよ。

 どれだけすごい魔法でもここに来た人を生き返らせることなんてことはむりなんだよ」

「……だったらアタシのこの思いはどうすればいいんだよ。

 何もかも目の前でメチャクチャにされたんだぞ…」


 エレさんは目の前で御両親を殺されている。

 村の中で一番大きな家だったから、真っ先に狙われたのだろう。

 逃げる暇もなく、いきなり後ろからバッサリ。


 私はその光景を見たわけじゃない。

 ただ資料に記載されてるから知っている。それだけだ。


「…なんなんだよ。アタシたちは何もしてないじゃないか。

 …ちくしょうっ!」


 エレさんが涙ながらに叫ぶ。

 ウォーレイ君はおろおろしている。

 私はいいからとりあえずそのナイフをどこかにやってほしいと思っている。


 ……我ながら薄情だな、と冷静に思う。

 私は生きている間もこんな人間だったのだろうか。

 こんな人間だから、こんな良く分からない状況になっているのだろうか。


 ……よくない傾向だ。仕事に集中しよう。


「エレさん、エレさんは死んじゃったんだ。

 これはボクにもどうしようもない。」

「……」

「でも救いがないわけじゃないんだ」

「……何?」



「だってね……」

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