第1話 後編 お約束と現実
転生が執行された三河さんの姿が完全に消えたのを確認して、神殿の奥にいた「私」は一息つく。
あのように暴れたりする人は久しぶりだ。
今までいろんな人を見てきたが未だに大きな声を出す人には慣れない。
無事に終わったことにほっと一息をついていると声がかかる。
「……サトウ。執行は終了したから早くこの舞台装置を消してくれ」
「あっ、はい、すみません」
私は壁の『転生者用舞台装置(豪華☆神殿バージョン)』のスイッチを急いで切る。
すると、荘厳な神殿は溶けるように消え、見慣れたがらんとしたスタジオに戻る。
私は服が元のスーツに戻ったことを確認して、資料をかき集める。
ここは「ハザマの世界」。
どこの世界にも属さず、どこの世界にもつながりを持つあやふやな場所。
私――サトウはここで亡くなった方の転生の執行助手をしている。
「サトウ。事後処理をするから三河行人の資料をくれ」
「はい。こちらになります、ドーレさん」
先ほどまで三河さんと話し、転生を執行した執行官――ドーレさんはわたしの上司の1人だ。
私たちが勤務時間中最も長い時間を過ごす部屋である「転生局人型部第三係」に戻ってすぐ、ドーレさんから指示が来る。
この事後処理の間、助手である私にできることはない。
手持ち無沙汰になった私は先ほどの執行に関してドーレさんと話をすることにした。
この程度でドーレさんの手が止まることがないことは経験済みである。
「今回からあの舞台装置を使うように通達がありましたけど、使ってみてどうです?」
「前回の『君も勇者!王宮バージョン』よりはマシだな」
「あー…。あのバージョンは『勇者を召喚っていう設定はいいけどすぐに転生させるっておかしくね?』って意見が出て使用停止になったらしいですよ」
「なぜ開発段階でそれに気づかない……」
ドーレさんが愚痴る。
新しい舞台装置が出るたびにその役にあった演技指導までされる執行官からすれば舞台装置の変更は面倒なイベントらしい。
ちなみにドーレさんがロールプレイをしているのを私は見たことがない。
誰に対しても平等に対応。それが転生執行官、ドーレさんだ。
「そういえばサトウ。執行の最中は必要最小限表に出てこないように言ったはずだが?」
「う゛。いや、あの、大きな音がしたので何かあったのかなー、って……」
「いつものやつだ。若い転生者だったからもしかしたらとは思っていたが」
「あ、『チート強要』ですか?」
最近若い転生者に増加する傾向にあるらしい『チート強要』。
不老不死、無限の魔力、最強の武器、文明を無視した道具 etc...世界のバランスを崩壊させかねない力の持ち込みを要求してくる行為として、対応のマニュアル化が望まれる転生者の特徴として話題になっている。
「何で常識から逸脱した能力が簡単にもらえると思ってるんだ…?」
「あはは……。若い子だとそういうお話に触れる機会が多いんじゃないですか?
流行りみたいですよ。『転生もの』」
「ああ。トラックにひかれて何とやら、というやつだな。
死ぬべきではないときに死なせてしまったからその代わりに…みたいなやつが多いらしいな」
「そうそう。そういうやつです」
ドーレさんの眉にしわが寄る。
「死ぬべきではないときに死なせてしまった、か。
もしそんなことがあったら、とりあえずその回収局の奴とその周囲全員はクビだな」
「ですよねー…」
そう。間違えて死なせてしまいました、なんてことは起こらない。
全ての命は終わるべき時に終わり、回収局の回収人によってその魂が回収される。
若くして終えてしまった命も、不幸だった。ただそれだけだ。
「で、ドーレさんは三河さんに対してどういう対応したんですか?」
「要求をのんだ。次の執行も控えているからな。
好きな【保障】を組ませてやったよ」
この対応は意外だった。ドーレさんは平等ではあるがルール第一のお堅い執行官と思ってた。
「優しいですねー。どんな【保障】になったんですか?」
「【最高の金運】【最高の良縁】【長寿】」
「…それだけですか?」
「これで容量限界だ」
「…【最低保障】は?」
「容量限界で入らなかったな」
前言撤回。この執行官は外道だ。
【保障】は無限だ。何でもあるからこそ、専門的知識を持たない転生者が自由に組み立てた場合は大抵ひどいことになる。
そこで執行官は【最低保障】として【言語能力】【条件反射】など生きる上で重要なスキルは転生者の強い希望がない限り組み込むことが義務付けられている。
これを取っ払いやがったこの執行官。
「三河行人の強い希望があった。何らルールには反していない」
「この人でなし!」
「人じゃないからな」
「うぐ……。……まさか、【人型固定】も外したんですか!」
「転生者の強い希望があったからな」
【保障:人型固定】。これは転生の際、転生先の生物を人型の生物に固定する【保障】だ。
人型の生物は転生先の生物として最も人気がある。
そのため人型の生物に転生することはハードルが高い。
世界の運営のために人型の生物しかいないというのも都合が悪い。
一方で「貴方の次の転生先は蟻です☆」などと言われて納得する者などいない。
そこで、裁定局から「人型の生物に転生させるべきでない」との裁定がくだらない限り、人型の転生者は人型の生物に転生することが【保障】されている。
これも取っ払いやがったこの外道。
「…管理局への送信完了。三河行人に関わる転生局における職務はこれで終了とする。
あとは事後報告を待つのみだな。……なんだその目は」
「イイエ?ナンデモナイデスヨ?」
「……」
少し会話が途切れ、沈黙が流れる。
人ではないハザマの世界の住人特有の感覚。
それは『人である』私には理解できない感覚なのだろうと自らを納得させる。
私はいつの間にかここにいた。
分かるのは私がヒトであるということ。
元々どこにいたのか、死んだからここにいるのかすら分からない。
私に関する痕跡は観測できる世界の過去未来どこにもなかった。
ただ誰にもどうすべきか分からなかったから「助手」という立場と「サトウ」という名が与えられた。
そしてこうしてあらゆる人の「これから」を見送る立場にある。
私の「これから」は誰にも分からない。ドーレさんにも。
いつか、分かる時は、来るのだろうか。このハザマの世界で。
「管理局から事後報告が来た。三河行人の転生が完了したようだ。
……何に転生したか、聞くか?」
「……。一応、聞きましょう」
「蟻だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます