第1話 中編 【保障】と転生執行

「……世界に関する説明は以上になります」


 男の声にハッとする。

 正直後半は聞いていなかったがどうせつまらない説明だろう。


「では、次に転生に関して説明させていただきます」

「まだ説明があんのかよ……」

「申し訳ありませんが重要なことですので」


 男の説明が始まる。

 転生とは一生の1からのスタートであること、そこで新たな関係を築き、豊かな一生を送ることを男が望んでいること……

 もう男の説明が始まってから30分くらいは立っているだろう。

 その間俺はずっと立ちっぱなしで男の話を聞いている。

 だんだんと男の長ったらしい説明にイラついてきた。

 大体何でこいつのミスで転生することになったのにまた1から始めなくちゃいけないんだ?


「転生にあたり、全ての転生者の方には様々な【保障】がなされることになっており……」

「なあちょっといいか」


 男の説明を遮る。


「俺にはプロ野球選手としての輝かしい将来が待ってたんだよ」

「はい。それが失われたことについては残念でたまりません」


 ……男の他人事のような言い方にさらにイラつく。

 男の表情は俺の死を悲しむようなものに変わるが、なら俺を死なせないようにすべきだったんじゃないのか?


「残念だっていうなら、当然見返りはあるんだよな?」

「見返り。ですか?」

「ああそうだ。俺が失った成功が保障された未来。それは転生した世界でも約束してくれるんだよな?」


 男の表情が元の硬いものにもどる。


「死は誰にも平等に訪れるもの。そして生もまた平等に与えられるべきもの。

 成功が保障された未来、というものを約束することはできません」

「ふざけんな!」


 俺は右手を振り上げる。その手にはいつのまにか俺がよく使っていたバットが握られていた。


「俺はお前のせいで死んだんだぞ!

 できない、じゃねえんだよ!

 何とかするのがお前の役割だろうが、神様よぉ!」


 右手を振り下ろす。バットは床に当たり、硬い物同士がぶつかった音が辺りに響く。


「何が平等だよ!

 俺の命をいきなり奪ったのはお前だろうが!

 だったら次の人生ではお前が奪ったものを俺に返せよ!」


 男の表情は変わらない。

 さっきの音が聞こえたのか、奥から心配そうな顔をした先ほどの女が顔を出す。

 男は女に下がるように手を振りながら俺に言う。


「……承知いたしました。

 転生の際、他の者とは異なる特別な扱いを望まれる、ということでよろしいですか?」

「そうだよ。特別な才能とか、要はチート? っていうやつだよ」

「承知いたしました。では……」


 男はすっと右手を掲げる。

 すると男の前には光る半透明のパネルのようなものが浮かび、俺の目にも何か文字が書いてあるのが見える。

 【高身長】【才能:絵画】などの文字が書いてあるのが読める。

 ……中には【深度突破】【人型固定】【未知との遭遇】みたいな意味の分からんものもある。


「これは転生における【保障】…分かりやすく言うと転生後に必ず保障されるスキルです。

 例えば【高身長】があれば、高身長に育つことが保障されます。」

「それで?」

「私にはこの【保障】の内容を改変する権限があります。

 例えば、ここに【才能:野球】といったものを入れれば……」

「野球の才能を持った奴に転生できるってわけか」

「はい。

 本来であれば私がその方に合わせたものを組み立てますが、今回は貴方の望む【保障】を好きなように入れる。

 それをもって見返りとするというのはどうでしょう」


 好きな才能貰い放題ってことか。

 何が生は平等に与えられる、だよ。

 最初っから何もかも決まってるんじゃねえかよ。


 …だがこれはいい条件だ。


「しかし全ての転生者にはその転生者ごとに【保障】の上限容量が決まっており、かつ、【保障】もその内容によってどれほどの容量を持つのかに差があります」

「なら【保障】の全部を入れるってのは無理なのか」

「はい。私には貴方の上限容量そのものを変える権限はありません。

 それに【保障】はすべてが良い内容とは限りません。

 中には【不幸】【貧乏】といったものもあります。」

「何でンなもんあんだよ……」


 俺は考える。

 何の【保障】をもらえれば転生後にも好き勝手生きられるのか。

 ……いや待て。


「そもそもどんな【保障】があるのか分かんねえんだけど」

「【保障】は無限にあります。

 貴方が望まれるもので存在しない【保障】はないと約束しましょう」

「まじかよ。……不老不死とかも?」

「御座います」


 あるのかよ。

 いや、ただ死なないってだけじゃだめだ。

 下手したら餓死ループみたいなことになりかねない。

 俺が俺らしく生きていくためには……


「決めたぜ」

「うかがいましょう」

「働かなくても金に困らない生活、ハーレム、長生きってのはどうだ?」


 ただひたすらに贅沢にハーレム作って長生きする。

 男なら一度は夢見るものの一つだろう。

 男はパネルを操作するように手を動かしながら少し考え込む。


「はい。それでは【最高の金運】【最高の良縁】【長寿】ではどうでしょう」

「……ハーレムみたいなことはできねえのか?」

「申し訳ありません。

 しかし、【最高の金運】はその世界で100位以内レベルの経済的成功を保障するものです。

 故に、比重も重く、さらにハーレムを望まれるのであれば、【長寿】を諦めていただくことになります」


 それがなければ病気で早死にする可能性もある。

 どれだけ金と女があっても早死にしたんじゃ意味がない。


「わかった。それでいい」

「承知いたしました。

 では、転生先の世界の選択ですが……」

「それは俺の元居た世界と同じレベルの文明ならどこでもいい。

 あ、でも魔法とか使ってみたいな。魔法のある世界にしてくれ。

 ……【保障】がなければ魔法が使えない、なんてことはないよな?」


 一応確認する。


「【保障】はあくまで『必ず』保障されるスキル。

 【保障】がなくとも、生まれた後の努力次第で身に着けることは十分に可能です」

「そうか。それならいい」


「……この世界はどうでしょう。【世界座標:iauwgwr239r3b\】。

 文明レベルは多少落ちますが、全ての人が魔法を日常的に使う世界です。

 この世界であれば、貴方が魔法を使えないということはありえないでしょう」

「オッケー。それでいい」


 男はパネルを消し、俺を見る。


「では、三河行人さん。

 貴方の次の生がよりよく、豊かなものであることをお祈りいたします。

 ……転生を執行します」


 唐突に眠気に襲われ、俺の意識が徐々に遠くなる。

 俺は意識を手放す瞬間、これから訪れるであろう最高の未来を確信した。

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