2.1.2 線路は続いていた何処までも:『鉄子の旅』「第2旅」

第49話 そうだ大回り、しよう。擬似北海道旅行のために:一都六県大回り・〇一

 六月に入ってすぐの事であった。

 五月から始めた移動系ポイント・アプリ、『ANAポケット』の「日本全国空想旅シリーズ」のチャレンジとして、次のような課題が提示された。


 「北海道一周2400キロを1ヶ月で達成できる!?」


 このチャレンジは、現地に赴いて北海道を一周せよ、という代物ではなく、北海道に行った〈つもり〉になって、実際に自動車や電車に乗って、一ヶ月で計二四〇〇キロメートルを踏破できれば、二四〇〇ポイントが付与される、というミッションである。


 一ヶ月で二四〇〇キロということは、一日平均で〈八〇〉キロの移動をしなければならない。

 車中心の生活や、あるいは、自宅から職場への移動に片道四〇キロの電車移動をしていれば、余裕で達成可能かもしれないが、徒歩やメトロ中心の生活の場合、これは、なかなかにして達成困難な数値であろう。

 あるいは、例えば、東京・仙台間の距離が約三〇〇キロメートルなので、つまり、このミッションのコンプリートのためには、東京・仙台を四往復しなければならない計算になる。


 遠征を趣味としている隠井には、六月に仙台往復の予定が一回入っていて、これで六〇〇キロの距離は稼げるものの、それでも、まだ一八〇〇キロが残されており、この踏破には、一日平均〈六〇〉キロの移動が必要となる。

 とはいえども、このANAポケのチャレンジ・クリアのために、用事もないのに、費用をかけて遠出するのでは、コストもかかるし、それこそ本末転倒である。


 それでは、いかにすれば、一ヶ月で一八〇〇キロメートルの移動ができるのであろうか?

 メトロの『二十四時間券』で一日中移動しまくるか? あるいは、『週末パス』や『休日おでかけパス』で移動可能な圏内を乗り潰すか? などなど、色々と考えていたのだが、その際に、ふいに脳裏に浮かんできたのが、ちょうど十五年前、二〇〇七年の夏に、家にいながら旅した気分になるために、何度も繰り返し観ていた鉄道アニメであった。


 それは、小学館から刊行されていた、『スピリッツ増刊IKKI』や『月刊IKKI』にて、二〇〇一年から二〇〇六年まで連載されていた漫画『鉄子の旅』を原作としたアニメである。

 その物語内容は、いわゆる〈乗り鉄〉のトラヴェル・ライター「ヨコミ」さんと、〈非鉄ヲタ〉の女性漫画家「キクチ」さんが、実際に一緒に鉄道〈の〉旅をし、その模様を描いたルポルタージュ漫画である。


 隠井は、自分が想起したエピソードが、果たして第何話で描かれていたのか覚えていなかったので、久方ぶりにアニメを第一話から視聴してみることにした。すると、第二話において早くも、お目当てのエピソードに出会すことができた。

 第二話のタイトルは、そのものズバリ、「第2旅 130円・一都六県大回り」である。


 それでは、〈大回り〉とは何か?

 JRの「運賃計算の特例」における「大都市近郊区間内のみをご利用になる場合の特例」という項目を参照してみよう。

 その内容をまとめてみると、以下のようになる。

 

 「大都市近郊区間内」というエリア内を、普通乗車券や回数券で利用する場合には、その移動経路にかかわらず、最も安くなる経路で計算した運賃で乗車できる。

 この場合、何点か注意すべきポイントがあり、先ず、途中下車は不可という点である。

 次に、重複しない限り乗車経路は自由に選べる分けなのだが、これはつまり、同じ駅を通過してはいけない、という意味で、翻ってみれば、同じ駅を通りさえしなければ、どんな経路を使って移動しても、それは、いわゆる〈キセル〉にはならない。これが〈大回り〉を可能にしているルール的バックボーンなのである。

 このルールの逆手をとって、いわゆる〈乗り鉄〉は、可能な限り長時間鉄道に乗るために、できる限り遠回りをして、最低運賃で一日中電車に乗ろう、という遊びを思いついたらしく、乗り鉄の間では、この〈大回り〉は極めてポピュラーなものであるらしい。

 

 このJRのルールに則って、トラヴェル・ライターの「ヨコミ」さんと、漫画家の「キクチ」さん、そして編集の「イシカワ」さんが、一都六県を十五時間かけて、〈東京〉駅から〈八丁堀〉駅まで大回りしている様子が、漫画とアニメの「第2旅」において描かれていた次第なのである。

 ちなみに、出発駅が東京駅で、八丁堀が下車駅なのは、ルール上、重複してはいけないので、つまり、出発駅と到着駅が同じであってはならない為である。


 隠井は、まさにこれだっ! と思った。

 それは、不正なしの長距離移動で、移動系アプリのポイントも貯められ、物語の舞台探訪もできるからであった。


〈参考資料〉

〈スマートフォン・アプリ〉

 『ANA Pocket』、二〇二二年六月六日閲覧。

〈アニメ〉

 「第2旅 130円・一都六県大回り」、『鉄子の旅』、二〇〇七年七月一日放映、放送局:『ファミリー劇場』、製作:『鉄子の旅』製作委員会。

〈漫画〉

 「第2旅 130円・一都六県大回り」、菊池直恵『鉄子の旅』第一巻所収、東京:小学館、二〇〇五年一月一日。

〈WEB〉

 「大都市近郊区間内のみをご利用になる場合の特例」、「運賃計算の特例」、『JR東日本』、二〇二二年六月六日閲覧。

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