第48話 それでも残っている物:久留里線全駅乗下車・実戦篇その三:久留里線全駅乗下車・五
二十一年・十五年といった時間が経つと、どんなものであれ変化を被ってしまう。例えば、久留里線において変化を迎えてしまった物それは、列車の発着ダイヤ、利用されている車両の変更、タブレット交換の廃止、あるいは、東横田駅における廃車利用の駅舎の変更などである。
しかし、だ。
それでも、変わらずに残り続けている物もまた、久留里線には確かに存在しているのだ。
二〇二二年に、隠井は、二〇〇一年の漫画版、二〇〇七年のアニメ版の『鉄子の旅』の「第1旅」で作中人物たちがそうしていたように、約十時間かけて、久留里線を構成している十四駅の一駅ずつの乗下車を行ったのであった。
その結果分かったのは、駅舎が可愛い〈祇園駅〉、コンクリートの駅舎の〈東清川駅〉、昔ながらの木の駅舎の〈馬来田駅〉、ホームが短い〈下郡駅〉、駅舎が新しくなってしまった〈久留里駅〉、周囲に何もない〈俵田駅〉、二〇〇一年時点において「最近立て直された」、バンガロー風の〈上総松丘駅〉など、駅舎に関しては、二十一年前の漫画版、十五年前のアニメ版と変わらない物が多かった事である。
また、無変化な物は、駅舎だけではなかった。
序盤の上総清川駅のシーンに出てきたように、駅員がいない無人駅では、オレンジ色の「乗車駅証明書発行機」が、昔同様に今なお置かれているのだ。
普通乗車券で乗り降りする時には、バスの整理券と同じように、下車時に、この証明書を車内乗務員に見せてから降りる事になるのだが、〈休日お出かけパス〉を利用していた隠井は、無人駅で下車する際に、車掌さんに証明書を見せる必要はなかったので、企画の記念として、発行した証明書を保管する事にしたのであった。
ICカードの普及率が高まっている今なお、未だに、このような発行機が存在しているのは、ICカードの利用に慣れた者には、不便極まりない事態のように思えるかもしれないが、しかし、隠井は、この不便さにこそ、変わらず残り続ける物の趣き深さを覚えたのであった。
そしてここで最も着目したいのは〈小櫃駅〉である。
この駅は、漫画版の中では、三コマに渡って次のような遣り取りが描かれている(『鉄子の旅』第一巻、十八〜十九頁)。
イシカワ「あ! あれ見てください!」
キクチ「ん?」
「SLがある!」
キクチ「他人のフリ! 他人のフリ!」
このシーンでは、編集のイシカワさんが、小櫃駅のすぐ近くにあったSLに気付いて、それに、イシカワさんとヨコミさんが乗り込んで、キクチさんが二人を無視する、という展開になっている。
ここでは、駅のすぐ脇にSLがあるような描かれ方がされているので、隠井は、小櫃駅でSLを探してみた。
しかし、周りを見渡してみても、SLは何処にも見当たらない。
実を言うと、二〇〇七年のアニメ版の方では、小櫃駅のシーンに、SLの描写が認められないのだが、この「第1旅」では、原作とアニメの間に相違点がほとんどなかったが故にかえって、アニメにSLが出て来なかった事に隠井は違和感を覚えていた。
だから、隠井は、東横田駅で廃車利用の駅舎が改築されたのと同じように、アニメ制作時点では、小櫃駅において、SLが撤去されてしまったのではないか、と思ったのだった。
この小櫃駅では、次の列車が来るまで、半時間ほどの待ち時間があったので、隠井は、駅周辺を散策する事を思い立ったのであった。
すると、である。
五分ほど歩いた所に、公民館があって、そこにSLが設置されていたのである。
小櫃駅のSLは無くなってはいなかったのだ。
駅の側から公民館前に移設されたのか、漫画版のシーンは虚構的修正だったのかは分からないのだが、小櫃駅のSLは撤去されてはいなかったのだ。
それでは、何故、アニメにはSLが出てこなかったのであろうか?
二〇二二年現在、SLが不在ではない事を鑑みると、漫画版の描写のように、駅の近くにSLの姿が見止められなかったので、アニメ制作のスタッフがSLが無い、と勘違いしたのかもしれない。
もちろん、制作における真相は藪の中なのだが。
隠井は、このSLこそが、「第1旅」のハイライトだと思っていたので、アニメでのSLの削除を残念に思っていた。だがしかし、実のところ、SLは、二〇〇一年時点と変わらずに実在していた事に、隠井は、望外の喜びを覚えたのであった。
しかし、残念ながら、展示されているSLは、老朽化を理由に、安全性の問題から、乗り込む事は出来なかった。
だから、代わりに、隠井は、乗り換えまでの時間、様々な角度から、SLの写真を撮りまくったのであった。
後に調べてみたところ、かつてはSLに乗り込むことができたそうなので、イシカワさんとヨコミさんが乗り込んだのは、虚構的修正でも、ルール違反でもなかったようである。
とまれかくまれ、幾つもの変化が認められた久留里線の全駅乗下車企画だったのだが、二十一年、十五年の時が経てもなお、久留里線には、オレンジ色の証明書発行機や、SLのように不変の物もあって、その変わらぬ存在が、十五年遅れの舞台探訪者である隠井には、まっこと嬉しき事この上なかったのである。
「久留里線の旅」の章〈了〉
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