第41話 〈行き当たりばったり〉は旅の醍醐味だけど、下調べは入念に

  十二月二十九日に突然思い立ったことだったのだが、今回の大晦日から正月にかけての、隠井の静岡旅行の目的は、〈一月一日〉に磐田の〈福田(ふくで)海岸〉で初日の出を見ることであった。

 というのも、テレビアニメ『ゆるキャン△』の第二期の第一話(実写ドラマでは、第二期直前の特別編)における志摩リンのソロキャンの目的それ自体が、磐田で初日の出を見ることだったからである。


 物語内の志摩リンの当初の目的地は、単に磐田のキャンプ場であって、どこで初日の出を見るのか、その具体的な見物地は決めていなかったのだが、掛川のお茶屋さんで、女性店員から、磐田の「福田海岸」を勧められたリンは、そこで初日の出を見ることに決めたのだった。

 というのも、毎年、年末年始になると、福田海岸には、高さ三.三メートルの朱色の鳥居が立てられ、「不思議な感じ」の光景になるのだそうで、それに興味を惹かれたリンは、正月は福田海岸に赴くことにした次第なのである。


 その志摩リンの行程を追って、(妄想の中ではリンと一緒に)隠井は、掛川のお茶屋〈きみくら〉、磐田の見付の〈霊犬神社〉を訪れたのだが、その後、タイミングよく乗り込むことができた、緑の車体の〈遠州バス〉で磐田駅まで戻った時には、時計の針は、十五時半を回ってしまっていた。


 事前に調べておいたのだが、この日の磐田の日の入りは十六時四十七分、つまり、あと一時間少しは時間的余裕がある。

 あるにはあったのだが、磐田駅から福田海岸までは、バスに徒歩を組み合わせて、約四十分の道行なのだ。しかも、やはり、というか、年末年始ダイヤのせいで、磐田発・福田海岸行きの適切なバスはなかった。

 

 隠井は、福田海岸の初日の出を正月の早朝に見にゆく前に、一度、福田海岸を訪れて鳥居の位置を確認し、さらに、夕焼けに染まる、この年最後の鳥居でも〈ラス詣〉をしようと企んでいた。

 公共の交通手段がない状況で使えるのは、この肉体のみなのだが、駅から海岸までは、六.五キロ、徒歩で一時間半の距離である。さすがに、六キロオーバーは遠過ぎる。しかし、次のバスに乗るとしたら一時間以上も待たねばならないし、それより何より、日が暮れてしまう。

 だが、大晦日の福田海岸に来る機会が、この先あるかどうか分からない。

 一瞬の逡巡の後、隠井は、徒歩で福田海岸まで向かうことを決意したのであった。


 しかし普通に歩いたのでは、日の入りまでに福田海岸には辿り着けない。

 そこで隠井は、途中途中でランニングを交え、いわゆる〈インターバル・ラン〉をして、時間を削りながら海岸まで急いだのだった。

 そうした、ウォーキング&ランニングと、スマフォのナビゲート・アプリのお陰もあって、隠井は、日の入り前ギリギリの時刻に、福田海岸そばの〈福田公園〉付近にまで行くことができた。

 できたのだが、スマフォのナヴィの音声指示通りに進んではみたものの、ナヴィの指示にあった、浜の方に抜ける道は、工事のため〈通行止め〉になっており、通り抜けることができなかったのだ。

 どこか他に浜に出られる道がないものか、と公園周辺を歩き回ってみたのだが、結局、抜け道を見付けることができなかった。


 この時、隠井の脳裏をよぎったのは、『ゆるキャン△』第一期のテレビアニメ版の第九・十話(実写ドラマ版の第一期の第八・九話)で、原付でソロキャンに出掛けた志摩リンが、山梨から、夜叉神峠を越えて、長野に向かおうとした時に、マイカー規制の通行止めのせいで、山越えができずに、結局、もと来た道を引き返すことになったのだった。

 

 そんなことを思い出しているうちに、日が落ち、周囲はあっという間に暗くなってしまった。

 もうここまで来たのだから、とにかく、回り道をしてでも浜に行こう、と思い、歩を進めたのだが、スマフォのナヴィ音声は通常ルートに戻ることを勧めてくるだけなので、当てにはならず、そして、行けども行けどもあるのは民家だけで、浜にゆくためには、たぶんこっちの道ではなかろうか、と未知の道を進んでゆくしかなくなってしまっていた。

 そのうち、スマフォのバッテリーも心もとなくなってきた。

 寒い状況下でスマフォを使っていると、バッテリーの消費が著しくなるのだ。そこで、モバイルバッテリーに繋ぎながら、地図を参照していたのだが、ここまでの長時間移動のせいで、モバフの残量も少なくなっていた。

 それより何より、とにかく寒い。


 そして再び脳裏をよぎったのが、『ゆるキャン△』第二期のテレビアニメ版の第五・六話(実写ドラマ版の第二期の第五~七話)で、山中湖を訪れた、千明・あおい・恵那の三人が、中途半端な下調べゆえの不十分な寒さ対策のせいで、遭難しかけてしまうのだが、そのアニメ版のエピソードの中で(原作漫画と実写版ではこの演出はなし)、寒さのせいでスマフォのバッテリーが激しく消費され、電源が切れてしまったシーンであった。


 そんな場面を思い出した後で、周囲を見回してみると、そこには人家しかなく、歩いている人も自分以外にはいない。もし、駅から六キロ以上のこの地において、モバフの残量がゼロになり、スマフォの電源が落ちてしまったら、駅に戻ることすらできず、この磐田の地で、プチ〈遭難〉してしまうかもしれない。


 戻るなら……、今でしょ。


 目的の浜辺の下見こそできなかったのだが、どうせ明日の早朝にも来ることだし、磐田駅から福田公園までの行き方は分かった。

 これでよしとして、隠井は、ちょうど通りかかった浜松駅行きのバスに乗り、バスの車内で冷え切った身体を温めることにしたのだった。


 翌朝は、福田海岸の鳥居への直行となるので、隠井は、ぬくいバスの車内で、具体的な鳥居の位置を確認すべく、端末の検索窓に「福田海岸」と打ち込んでみた。


 すると——

 二〇二一年から二〇二二年にかけての年末年始の福田海岸のイヴェントは、感染症うんぬんではなく、防波堤工事のため〈中止〉とされていたのだった……。

 この防波堤工事ゆえに、福田公園から浜には抜けられなかったのだが、そもそもの話、工事のために中止だったのだ。


 ここで再び、隠井は思い出した。


 『ゆるキャン△』では、遭難しかけた千秋たちは、顧問の鳥羽先生に下準備不足を注意されていた。

 そして、山梨から長野への山越えや、山中湖の遭難未遂のエピソードで、作中人物たちは、下準備の不足について猛省していたのだった。


 そして――

 大晦日のバスの中で、同じことを、隠井も痛感したのだった。


 行き当たりばったりも旅の醍醐味の一つだけれど、下調べ、それが一番大事いいいぃぃ~~~、と。



〈参考資料〉

[第一期]

漫画原作:あfろ『ゆるキャン△』第三巻,二〇一七年二月十日発売,ISBN 978-4-8322-4804-5.

アニメ『ゆるキャン△』第九・十話,二〇一八年一月期.

実写ドラマ『ゆるキャン△』第八〜十話,二〇二〇年三月二十九日放映.

[第二期]

漫画原作:あfろ『ゆるキャン△』第六巻,二〇一八年三月十二日発売、ISBN 978-4-8322-4927-1.

アニメ『ゆるキャン△ SEASON2』第二話;第五・六話,二〇二一年一月期.

実写ドラマ『ゆるキャン△スペシャル』,二〇二一年三月二十九日放映;『ゆるキャン△2』第五~七話,二〇二一年四月期.


「【2022年は開催中止】福田海岸の初日の出」,『静岡新聞 SBS』,二〇二一年十二月三十一日閲覧.

「【2022年中止】福田初日の出大会」,『全国観るなび』,二〇二一年十二月三十一日閲覧.



「令和三年のラス旅」の章 〈了〉

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