第40話 ラス詣で見付けたしっぺい太郎

 テレビアニメ『ゆるキャン△ SEASON2』の第二話「大晦日のソロキャンガール」で、掛川に実在する〈きみくら〉をモデルにしたお茶屋さんに立ち寄った後、志摩リンは、磐田市見付の矢奈比賣神社、通称、見付天神を訪れている。

 リンの訪問目的は、磐田のこの神社にいるという、三代目の「霊犬しっぺい太郎」に会う事であった。


 しっぺい太郎の伝説とは、こういう昔話である。


 かつて、毎年八月の初めになると、今の静岡県の磐田市の〈見付〉では、屋根に〈白羽の矢〉が突き刺さった家の娘を、生きたまま白木の柩に入れて、八月十日の真夜中に見付天神に御供えするというしきたりがあり、この行事は〈泣き祭り〉と呼ばれていたという。

 ある時、この泣き祭りの時期に見付を通りかかった旅の僧が、人身御供のしきたりを訝しく思って、調査した所、生娘を求めていたのは神ではなく、妖怪だという事を知る。

 その妖怪は言う。

「信濃の国のしっぺい太郎に知らせるな。今宵今晩このことは、しっぺい太郎に知らせるな」

 そこで、その僧は、信濃にしっぺい太郎を探す旅に出る。

 信濃で〈しっぺい太郎〉という〈人〉を探してもなかなか見付からなかったのだが、実はそれは、人ではなく、光前寺の犬ということが分かる。

 かくして、僧は、見付けたしっぺい太郎と共に、静岡の見付に戻るのだった。

 しっぺい太郎を連れた僧が見付に戻ったのは八月、〈白羽の矢〉の時期になっていた。

 そこで、娘の代わりに、白木の柩にしっぺい太郎を入れ、八月十日の夜、柩から飛び出たしっぺい太郎は、激しい闘いの末に妖怪を打ち破ったのだった。

 しっぺい太郎が打ち倒した妖怪の正体は年老いた巨大な狒々(ひひ)だったという。


 磐田では〈しっぺい太郎〉と呼ばれている霊犬は、地元の信濃の駒ヶ根では〈早太郎〉あるいは〈疾風太郎〉と呼ばれている。


 こういった情報を、掛川から磐田への移動中に、隠井は再確認したのだった。


 磐田のイメージは、ジュビロ磐田だけだったのだが、いざ改札を抜けてみると、ジュビロ磐田のマスコットの〈ジュビロくん〉だけではなく、思っていた以上に、〈しっぺい太郎〉の〈圧〉が強かった。


 磐田においても、適切なタイミングのバスがなく、また、観光センターが年末休業のためレンタルサイクルが借りられなかったので、結局、磐田駅から見付天神までの約三キロを、四十五分かけて歩くハメになってしまった。その徒歩での移動の際に、しっぺい太郎の伝説をどこかで読んだ気がしていた隠井は、ようやく思い出せた。


 それは、『週刊少年サンデー』で一九九〇年代に連載されていた『うしおととら』だったのだ。具体的なストーリーは忘れてしまったのだが、しっぺい太郎の伝説をベースにしたエピソードがあったような気がする。ここまで思い出せたので、細かいことは、あとで確認するとしよう。


 後日、ネットカフェに行ってみたところ、そのエピソードは、第三十八章「あの眸は空を映していた」(第二十五巻所収)で、記憶に齟齬はなく、しっぺい太郎伝説が土台になっていることが確認できた。


 さて、徒歩での移動中、青空の中に不自然に暗雲が存在しているのが気になったのだが、雨に降られることなく、四分の三時間の徒歩での移動の末に、見付天神に到着できた。

 すると、入口の紅い鳥居のすぐ脇に居るしっぺい太郎の銅像が、隠井を迎えてくれた。


 物語の中で、志摩リンは、十二月三十一日の大晦日に、彼女の表現を用いるのならば、その年最後の「ラス詣」をし、「しっぺいみくじ」というおみくじを引いている。

 このしっぺいみくじとは、一見、キャラクター化した犬のマスコット人形なのだが、そのお尻の部分のシールを剥がすと、そこには穴が空いており、その中におみくじが入っている、という構造になっている。

 

 当然、隠井も、お詣りをした上で、しっぺいみくじをひいてみた。結果は、隠井もリンちゃんと同じ大吉であった。


 その後、隠井は、〈十二月三十一日〉の日付が入った、矢奈比賣神社と霊犬神社の御朱印をいただき、さらに、十二月三十一日に百個だけ限定発売されている、「志摩リン」の絵馬を購入し、かくの如く、『ゆるキャン△』の舞台探訪を堪能することができた。


 残りのタスクは、しっぺい太郎のお墓参りだけである。

 

 しかしここで、天候は、青空にもかかわらず雪が舞い散る、〈天気雪〉となってしまった。

 よりによってこのタイミングでかよ、と思った隠井だったのだが、行動が阻害される程の悪天候でもない。

 隠井は身体に降り注ぐ雪を気にすることなく、しっぺい太郎が祀られている霊犬神社に向け、足を早めるのであった。



〈参考資料〉

アニメ『ゆるキャン△ SEASON2』第二話,二〇二一年一月期.

実写ドラマ『ゆるキャン△スペシャル』,二〇二一年三月二十九日放映.


「霊犬しっぺい太郎伝説」,『見付天神 公式ホームページ』,二〇二一年十二月三十一日閲覧.


藤田和日郎『うしおととら』第二十五巻,東京;小学館,一九九五年十月十五日発行,ISBN 4-09-123405-4.

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