第7章 令和三年のラス旅:『ゆるキャン△』の静岡
第37話 そうだ、大晦日にどこかに征こう
十二月二十九日・水曜日——
今、隠井の目の前に、一枚の〈青春18きっぷ〉がある。
〈青春18きっぷ〉、〈十八切符〉、時には、単に〈十八〉と呼ばれることもあるこのチケットは、学生の長期休業期間に合わせて、JRから年四回発売されるお得切符で、期間内に五回、JRの普通列車が一日乗り放題になるという優れ物である。
現在のシステムでは、〈十八切符〉は、利用する最初の駅の有人窓口でスタンプを押印してもらい、途中下車する際には、それを駅員に見せて、改札を通過させてもらう、という仕組みになっている。
もちろん、〈十八〉というのは単なる名称であって、使うのが若者に限定されている学割チケットではなく、何歳でも利用できる。ゆえに、中年の隠井にも利用可能なのだ。
二〇二一年の冬期は、十二月十日から一月十日まで、およそ一ヶ月間がその利用期間なのだが、今、目前にある切符上に押されているスタンプは未だ三つで、つまるところ、一月十日まで、あと二回分、二日の間は、JRの線路が走っている土地ならば、何処にだって往ける、というわけだ。
なわけなのだが、しかし、実は今のところ、冬の〈十八切符〉の期限日までに出かけるべき案件が一つもない。
既に使った三回中の一回は、高知から東京までの帰りの移動に、そして、あとの二回は大阪の往復に利用した。現在の〈十八〉の販売価格は一二〇五〇円、一枚当たり二四一〇円なので、十分〈モト〉は取れてはいる。
いるのだが、それでもやはり、未使用の二回がもったいないように思えて仕方がない。
う〜ん、どうしたものか……。
そんなことを考えながら、月額で登録している、いわゆる〈サブスク〉で視聴可能なアニメのリストを眺めていた時、『ゆるキャン△』というタイトルが目に止まった。
この作品の二期の冒頭の数話は、大晦日から新年の初めの静岡が舞台背景になっている。
そこで、三十日の夕方に、アニメ版と実写版の両方で数話を視聴した隠井は、それらのエピソードを、オフラインでも視聴できるようにタブレットにダウンロードしたのだった。
そして、十二月三十一日の早朝——
五時起きした隠井は、〈十八切符〉と〈タブレット〉、そして〈御朱印帳〉がバックに間違いなく入っていることを二度確認した後で、〈遠征〉用のディバックを背負うと、夜明け前の濃紺の冬空の下、最寄りのJRの駅に向かうべく足を踏み出したのであった。
〈参考資料〉
「青春18きっぷ」、「おトクなきっぷ」、『JR東日本』、二〇二一年十二月二十九日閲覧.
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