第30話 クリスマス・イヴのパラトゥーラ:『ラブライブ!』1

 『ラブライブ!』は、KADOKAWA、ランティス、サンライズの三社による共同プロジェクトで、その第一作では、「μ's」の「スクールアイドル」としての活動が描かれている。「ラブライブ!」とは、そのスクールアイドルの甲子園なのだ。

 このアニメ版は、第一期が、二〇一三年の一月期に全十三話で、第二期が、二〇一四年の四月期に全十三話で、第一作の完結編である劇場版は、二〇一五年の六月に公開された。

 「μ's」の物語は、東京都・千代田区にある「国立音ノ木坂学院」に在籍する九人の少女たちの「スクールアイドル」としての日々を描いている。だからこそ、千代田区の神田明神、昌平橋、秋葉原などが物語の舞台になっているのだ。

 JRの御茶ノ水駅もまた、千代田区の神田に位置している。この駅の周辺には、明治大学、日本大学、東京医科歯科大学、順天堂大学など、また、駿台予備校や古書店が存在している。さらに、区を跨いで、隣接した文京区に移動することになるのだが、徒歩で、およそ十二分、約九百メートルの所には、<湯島天満宮>がある。この神社は、学問の神様である菅原道真公を祀っている、東京における代表的な天満宮である。

 こういった理由から、御茶ノ水駅周辺は、フランス・パリの学生街である<カルチエ・ラタン>を参照して、<日本のカルチエ・ラタン>とも呼ばれているのだ。

 『ラブライブ!』の「音ノ木坂学院」は、架空の高校で、この学校が何処に所在しているかは確定できないのだが、おそらくは、この<日本のカルチエ・ラタン>内にに位置していることは推察できる。


 十二月二十四日――

 隠井は、JR御茶ノ水駅の改札を抜けると、まず、湯島天神を参拝してから、隠井が『ラブライブ!』の中で最も好きなエピソード、第二期・第九話「心のメロディ」の中で、「μ's」の二年生三人の、学校から、「ラブライブ!」の東京都・最終予選会場までの移動経路を辿ってみることにしたのだった。


 この「ラブライブ!」の東京都・最終予選を描いたエピソードが展開しているであろう十二月二十四日に、東京では大雪が降って、ホワイト・クリスマスと言ってもよい程の、雪化粧が街に施され、幻想的な情景が描き出されていた。

 東京都・最終予選の日、生徒会役員でもある二年生の三人は、昼間は「学校説明会」のために、<日本のカルチエ・ラタン>に位置している学校にいた。そして学校行事が終わってから、最終予選の会場に向かおうとしたのだが、勢力を増した大雪のせいで、交通機関は完全に麻痺、列車は運休、さらに交通規制で車での移動も不可能となっていた。だが、三人は、徒歩で会場に向かおうとするのだ。

 雪で足元が悪い中でも、三人が疾走できるようにする為に、全校生徒が移動経路の雪掻きをし、三人を会場まで誘導するのだ。

 アニメの背景から察するに、その経路は、JR御茶ノ水駅から、<聖橋>を渡って、日本大学の理工学部と歯学部が面している<御茶ノ水仲通り>という坂を下り、<靖国通り>を渡って左折してから、靖国通りと接している<本郷通り>をまっすぐ進み、首都高の<神田IC>出口近くにある<神田橋>までであろう。

 地図を参照すると、御茶ノ水駅から神田橋までは、一.七キロ、徒歩で十七分の距離である。

 この距離ならば、女子高生が、雪道を走って移動するとしても、十分に走破可能な距離で、こういった点に、虚構だからといって、設定を適当にしない、しっかりとした調査に基づいた写実性が認められる。

 かくして、三人は、「神田橋」で六人の仲間と合流することができ、「ラブライブ!」の東京都・最終予選に間に合うことができたのだ。


 ところで、「ラブライブ!」の東京都・最終予選の会場は、いったい何処なのだろう?

 なるほど確かに、アニメの中では、具体的な地名は明示されてはいないが、そこが、「神田橋」の徒歩圏内ということは分かる。

 作品中では、出場者たちが控室として利用するビルが出てくるのだが、そこは、JR東京駅の丸の内口から皇居方面へと続く幅広の道、<皇居前東京停車場線>に面している<丸の内ビルディング>ということが分かる。たとえば、東京駅の写真として用いられる、赤いレンガに白い縁取りのレトロな外観の駅舎は、この皇居前の幅広の道から撮影された、東京駅の丸の内口の姿なのである。

 だがしかし、『ラブライブ!』の中では、<東京駅のレトロな駅舎>という、この地の代表的なメルクマールが存在するにもかかわらず、敢えて、というのか、この建造物はアニメの中では描かれてはおらず、<丸ビル>を登場させ、物語の<聖地>は、匂わせるに留めているのである。

 さて、出演者の控室となった場所のモデルは推測できたのだが、それでは、具体的な会場は、いったい何処なのだろう。

 アニメの中では、円を基本的な構成要素にした、弓なりのイルミネーションが、ステージの背景に認められる。

 実は、かつて、二〇〇〇年代の前半に、東京都・千代田区の丸の内では、年末・年始に、<東京ミレナリオ>というイルミネーションの祭典が催されていた。

 これは、<丸の内仲通り>から<東京国際フォーラム>までを、イルミネーションで飾るもので、一九九九年から毎年開催されていたのだが、二〇〇五年の年末から二〇〇六年の年始にかけての第七回を最後に、東京駅・丸の内口の復元工事のため、残念ながら、中止されてしまったイヴェントであった。

 東京ミレナリオの開催時期は、毎年、クリスマス・イヴの十二月二十四日から一月一日の間で、イルミネーションの点灯時間は、十七時半から二十一時まで、一月一日だけが零時から三時までであった。

 東京ミレナリオの特徴である、アーチ形のイルミネーションは、<パラトゥーラ>と呼ばれ、毎年、異なるデザインが採用されており、それは、今なお、『東京ミレナリオ』の公式サイトで閲覧可能だし、また、写真集も出版されている。

 その<パラトゥーラ>の写真を見ていると、「ラブライブ!」の東京都・最終予選のステージは、ミレナリオのメイン会場であった<丸の内仲通り>に設置されていることが推測できる。「ラブライブ!」のステージの背景になっているイルミネーションが、まさに<パラトゥーラ>を模したものであるからだ。

 現実の東京ミレナリオは、二〇〇五年から二〇〇六年にかけての第七回をもって終わってしまったのだが、<もし仮に>、東京ミレナリオが続いていたり、あるいは再開されていたら、という<IF>が、もしかしたら、アニメ『ラブライブ!』の中で実現されているのかもしれない。

 現実の東京ミレナリオの開始時刻は、毎年、十二月二十四日の十七時半だったのだが、<もしかしたら>、「ラブライブ!」の東京都・最終予選は、十七時半の開始前に、東京ミレナリオのオープニング・セレモニーとして催されたのかもしれない。

 だから、隠井は、陽が完全に落ち、クリスマス・イヴになった、十二月二十四日の十七時に、<丸の内仲通り>にやってきたのであった。


 物語の中で、「μ's」がパフォーマンスしていた時、陽は落ち、場は完全に夜闇に包まれていた。だからこそ、アニメの中で、背景となる<パラトゥーラ>の青白い輝きは、闇の濃紺とのコントラストによって非常に映えていた。

 「μ's」が、東京都・最終予選で披露した曲は「Snow halation」で、<パラトゥーラ>は青白く輝いていた。そして、サビ前に、演者たちは、何かを聴こうとするかのように一人一人が順々に耳に片手を当ててゆく。そして、センターの「高坂穂乃果」のサビの独唱の際に、イルミネーションは一瞬消され、場が真っ黒になったかと思うと、その直後に――

 最奥の電飾にオレンジの光が灯り、それが光の波となって、ステージ上の「μ's」に押し寄せ、さらに波は観客の方にまで向かってゆくのだ。

 ここは、ライヴでは、観客全員がペンライトを消した後に、一斉にウルトラオレンジのサイリウムを<焚く>、つまり、点灯させる箇所だ。

 

 隠井は、宵闇に包まれたクリスマス・イヴの<丸の内仲通り>に佇みながら、ライトブルーやウルトラオレンジの<パラトゥーラ>を背景に、二分四十秒間の、「μ's」による「Snow halation」のパフォーマンスが、あたかも目の前で演じられているかのように、脳内で<妄想>するのであった。



<参考資料>

<WEB>

「ラブライブ! School idol project μ's」,『ラブライブ!Official Web Site』,二〇二〇年十二月二十四日閲覧.

『東京ミレナリオ 公式ウェブサイト』,二〇二〇年十二月二十四日閲覧.

<アニメ>

「第九話 心のメロディ」,『「ラブライブ!」TVアニメ第二期』第五巻,BCXA-0843,二〇十四年十月二十九日発売.

<書籍>

横山啓治『東京ミレナリオ 祝祭の「輝」跡 』.東京:オレンジページ,二〇〇六年.

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