第06章 そうだ、京都に行こう!

嵐山1

第31話 京都駅から嵐山・渡月橋へ:『SAOⅡ』2;『有頂天家族』1

 晩秋から初冬に移り変わる頃の京都では、紅葉の<さかり>は過ぎてしまった感がある。しかし、<なごり>を楽しむことはできる。

 なごりとは、名残の紅葉のことであり、紅い幕のような葉を見上げるのではなく、木々の根本に敷き詰められた紅い絨毯のような<散りもみじ>を観賞するのも、また、をかしというものではなかろうか。


 二〇二〇年十二月中旬の土曜日――

 濃紺色に覆われていた空が、薄い青色に変化し始めた早朝の京都駅、京都タワー方面のJR京都駅の改札前で、隠井は、カメラを構えながら人通りが少なくなるのを待ち続けていた。

 多くのアニメーションにおいて、京都が舞台になる場合、その多くは、まず、京都駅に作中人物たちが降り立つシーンが差し挟まれる。また、その逆に、作中人物が京都から立ち去る場合に、京都駅の場面が使われることもある。

 いずれにせよ、駅というのは、話の出発点や、転換点のような物語の<結節点>として使われることが多いのだ。

 そして、京都は、作中人物たちが、日本国内を旅行したり、登場人物たちが生徒の場合には、修学旅行の行き先として描かれることが多い。

 たとえば、アニメ『ソードアート・オンラインⅡ』、その「マザーズ・ロザリオ」篇の最終話、その第二十四話の冒頭部では、SAOの女性キャラクター、明日奈(アスナ)、里香(リズ)、珪子(シリカ)、直葉(リーファ)たちが、<ユウキ>を連れて、京都に小旅行するシーケンスが置かれている。これは、小説の第七巻では、わずが十行だけの叙述箇所で、この原作小説では、「三泊四日」で京都を旅行したことは記述されてはいるものの、具体的に、京都のどこに行ったかまでは書かれてはいない。これに対して、アニメの方では、その背景から、女性登場人物たちが、どこに赴いたのか伺い知ることができる。

 この京都の場面は、オープング・テーマの代わりに使われており、京都駅で列車を降りた場面の後、清水寺、嵐山、どこかの料亭、そして最後に、京都のシーケンスは圓徳院で終わり、その後、場面は「2026/3/26」の東京へと移り変わる。

 「マザーズ・ロザリオ」というタイトルの後の第二十四話の前半において、ユウキは危篤状態に陥ってしまうのだが、その前に置かれた京都の小旅行は、まさに、ユウキとの<現実世界>での楽しい思い出のあらわれなのだ。

 

 早朝の京都駅で、タブレットを片手に、『SAOⅡ』の最終回をコマ送りにしながら、隠井は、可能な限り、その場面のアングルとサイズに合わせることに拘りながら、時計のアラーム音が鳴るまで、何枚も写真を撮り続けたのだった。

 その音が告げたのは、バスの発車時刻であった。

 隠井は、京都駅を背にして、バスのロータリーを反時計回りして、<C6>乗り場までゆくと、<嵐山;大覚寺>行きの<28番>の京都市営バスに乗り込んだのだった。まずは、今日の最初の行き先は<嵐山>だ。

 バスに揺られること、およそ三十五分、撮影スポットの確認をしているうちに、バスは嵐山公園前に到着した。

 嵐山は、京都の人気観光地の一つであり、お土産屋が開く十時頃になると、観光客でごった返してしまう、特に、渡月橋から土産物屋が立ち並ぶ長辻通の直線路で、アニメのシーンカットを目的とした写真撮影は困難を極めてしまう。写真を撮るのならば、店が開く前の、まだ人気が疎らな、午前の八時から十時の間に二時間が勝負なのだ。

 人気の観光地である嵐山は、数多くのアニメの背景になっている。そのため、隠井は、たとえば『SAOⅡ』といった、一つの作品だけではなく、幾つかの作品のシーンを、まとめて回収することにしたのだった。

 まずは、<渡月橋>だ。

 この橋を舞台にした幾つかの作品の中で、隠井にとって、特に印象的なのは、『有頂天家族』の第七話の冒頭部である。


 アニメ『有頂天家族』の第一期は、二〇一三年七月期に、全十三話で放映された。

 まず、その第六話は、「紅葉狩り」というタイトルが冠されており、このエピソードでは、ビルの屋上で、真っ赤に染まった紅葉を狩る場面が描かれている。

 つづく第七話「銭湯の掟」は、オープニング・テーマである<milktub>が歌う「有頂天人生」の前に置かれた冒頭の一分間のシーケンスで、京都・嵐山の渡月橋が舞台背景になっている。

 第六話では、屋上の木々に紅葉が認められ、さらに、第七話の背景でも、紅葉が描かれていることから、第六話・第七話の時間的背景になっている季節が、まさしく秋ということが分かる。

 さらに言えば、第六話では紅葉が真っ赤であることから、おそらく、第六話では、紅葉が<さかり>の時期で、第七話では、渡月橋の歩道に、幾葉もの紅葉が巻き散らかされており、さらに、背景となる山の木の葉に、黄や緑の部分が多くなっていることから、第七話では、紅葉は<さかり>の時期を過ぎた、<なごり>の時期であると推察できる。

 第七話では、紅葉が<なごり>の時期の晩秋の嵐山を物語の舞台背景にして、物語のキャラクターである人間、弁天さまこと鈴木聡美と、人に変化した狸の下鴨矢三郎(しもがも・やさぶろう)は、二人並んで、嵐山公園方面から渡月橋を渡っている様子が描かれている。

 実は、弁天さまは、「天狗でも狸でもないただの人間」なのだが、「琵琶湖のほとりをぽてぽてと歩ていた」高校生の頃に大天狗の赤玉先生に拐わかされて(第六話冒頭)、赤玉先生から「天狗教育」を施され、舞空術を身に付けている。そして、この渡月橋の場面で(第七話冒頭)、弁天さまは、突然、空中に浮かび上がると、天狗の術の一つである<天狗風>を吹かせて、風を巻き起こし、嵐山の紅葉を落としてしまうのだ。

 ちなみに、『有頂天家族』のAパートと終了後とBパートの開始前、すなわち前半と後半の境目、テレビ版ではCMが入る直前の、いわゆる<アイキャッチ>には、『有頂天家族』の舞台である京都の地図が挿入されるのだが、第七話のアイキャッチは、嵐山の地図が用いられ、第七話の冒頭部の舞台が<嵐山>であることが改めて強調されている。

 さて、第七話の前半部では、腰を痛めて以降、赤玉先生の天狗の能力が衰えている様子が、部屋の中で紙を舞わせる程度の弱々しい天狗風として描かれているのだが、その力の衰退は、冒頭の「嵐山の紅葉を一晩で落としてしまう」ほどの弁天さまの力との対比によって、より鮮明になっているように思われる。


 隠井は、京都を訪れた際に、『有頂天家族』の第七話冒頭部のシーンを回収したくて、この数年来、秋になると嵐山の渡月橋を訪れてきた。しかしながら、渡月橋を背景とした山が、アニメと同じような色合いになっている<なごり>のタイミングに、ピタリ合わせることができずにいた。ある時は、紅葉の時期には未だ早かったり、また別の時には、紅葉が完全に終わっていたり、つまり、空間だけではなく、時期までもアニメの背景に合致させるのは、京都在住ではないこの身には、なかなか難しい事なのである。

 だが、今回の旅で、隠井は絶好の機会に恵まれたのだった。


<参考資料>

<書籍>

川原礫,『ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ』第七巻、東京:KADOKAWA,電撃文庫,二六九~二七〇ページ.

<映像>

『ソートアート・オンラインⅡ』第九巻,ANZX-11137~11138,販売元:アニプレックス,発売日:二〇一五年六月二十四日.

『有頂天家族』第四巻,BCXA-0783,販売元: バンダイビジュアル,発売日:二〇一三年十二月二十五日.

<WEB>

「【秋特集】京都紅葉情報2020」,『そうだ 京都、ゆこう。』,二〇二〇年十二月十四日閲覧.

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