第32話 望外のモンキーパークからの展望:『けいおん!!』1

 渡月橋は、嵐山の中心を南北に貫いている長辻通りに接続している。この長辻通りの両側には、土産物屋が軒を連ねており、ここは、幾つかのアニメの中に出てきているのだ。

 隠井は、まずは、『けいおん!!』の第二期の第四話「修学旅行!」の舞台探訪から始めることにした。


 「修学旅行!」という、この第四話の題名が直接的に表わしているように、このエピソードの題材は修学旅行である。

 第二期において高校三年生に進級した、唯・律・澪・紬たちが所属する私立桜が丘女子高等学校の修学旅行の行き先は京都であった。

 アニメの前半、すなわち、Aパートで描かれているのは、旅行の第一日目である。初日は全体行動で、新幹線で京都駅に到着後、京都駅からバスに乗って、唯たちは、金閣寺や北野天満宮を訪れた。

 そして、カセットテープがアイコンになっているアイキャッチの後のアニメの後半、すなわち、Bパートは十三分半頃から始まるのだが、ここでは、修学旅行の第二日目が描かれている。

 二日はグループでの自由行動で、けいおん部の四人が行き先として選んだ地は<嵐山>であった。

 けいおん部の四人は、移動時間の短縮のために、タクシーを利用したのだが、アニメの第四話を参照すると、四人を乗せたタクシーが停車した地こそが、長辻通りと三条通りの交差点である渡月橋北詰の少し手前の土産物売り場の前なのである。

 ところで、けいおん部の四人は、嵐山の前にどこかを観光したのであろうか?

 アニメの中では描かれてはいないのだが、作中でタクシーが一条方面から移動してきたことを考慮に入れると、嵯峨釈迦堂、あるいは、もしかしたら、『一休さん』と関係のある大覚寺に立ち寄った可能性もある。

 とまれかくまれ、描かれていない限りにおいては推測の域はでないので、描かれている事実に目線を向けることにしよう。

 アニメの中では、平沢唯と田井中律の二人は、まるで瞬間移動でもしたかのように、いつの間にか、タクシーが停車している左側とは反対側にあった、上下二枚組の看板の前にいる。

 下の看板には、右向きの矢印とともに「天龍寺 100メートル」、上の看板には、左向きの矢印とともに「嵐山モンキーパーク 渡月橋を渡って右」と示されていて、上の看板の文言を見て、猿を観られることを知り、テンションが爆上がりした律と唯は、渡月橋の方向に走り出してしまうのだ。そんな二人を追いかけて渡月橋を走り渡っている澪は、こう叫ぶ。

「なんで、京都にまできて、お猿なんだよおおおぉぉぉ~~~。ゆいぃぃぃ~~~、りつぅぅぅ~~~」

 隠井もまた、脳内で、けいおん部の四人を追って、一度は渡り切った渡月橋を引き返してゆくのであった。


 事実――

 渡月橋を渡って、桂川の南岸を右折し、桂川沿いに二十メートルほど進むと、そこには檪谷宗像神社があり、その境内の左手には、<嵐山モンキーパーク>の入り口がある。「嵐山モンキーパーク」は架空の公園ではなく、事実を参照したものであることが分かる。ちなみに、入園料は税込みで五百五十円だ。

 この公園には「モンキーパーク」という名が付けられているので、一般的な動物園のように、入ってすぐに、柵に囲われた猿を観ることができるかと思いきや、事実は違う。

 入口を抜けると、そこは――

 猿山だった。

 つまり、<嵐山モンキーパーク>は自然公園になっているのだ。公園の名には<いわたやま>という副名称も付いていて、この自然公園になっている猿山の園内には、約百二十頭もの野生のニホンザルの群が暮らしており、この一群は<嵐山群>と呼ばれている。

 この猿山公園は、一九五六(昭和三十一)年に開園したのだが、六十年以上もの観察や管理によって、群れの個体の識別や、誕生日、親子関係に至るまで詳細に把握されているそうだ。

 さて、入口を抜けてすぐの所には、百二十段の階段がって、それを昇り終えた後、なだらかな上り坂が続いている。そこを約二十分ほどかけて登ってゆくと、そのいわた山の山頂に到着することができる。

 これは、動物園というよりも、ちょっとした山登りだ。仮に、夏にこの猿山公園を訪れたとしたら、山頂部に到着した頃には、多量の汗をびっしょりかいて、疲労困憊になっていることだろう。

 実は、隠井が、このパークを訪れたのは、数年前の夏のことで、これは実証済みであった。

 さて、自然公園になっていることもあり、場合によっては、この山頂までのハイキングの途中に、偶然、猿を目にすることもある。だがしかし、山中での野猿への餌あげは許可されてはいないのだ。猿へのエサやりが許可されているのは、山頂の休憩所内だけであり、猿にエサをやりたいのならば、いわた山を踏破しなければならない。これを乗り越えて初めて、猿と触れ合うことが可能になるのだ。

 アニメの中では、けいおん部の四人のハイキングシーンは描かれてはおらず、場面は、いわた山の山頂の休憩所から始まっている。

 この休憩所内の猿は管理されていて、この休憩所の一角におりてのみ、一袋百円で販売されているエサを猿にやることが許されている。ただし、猿が餌をあげようとする人間の指を掴む恐れがあるので、危険防止の点からも、直接エサを渡すことが実際には禁じられている。それでは、どうすればよいのか、というと、エサやり棚の上に、餌を置くという仕組みになっているのだ。

 このモンキーパーク・休憩所エリアでの、猿への餌やりは、『けいおん!!』の第四話の中でも描かれている。

 ただし、アニメの中で、紬と唯は、なんと手の平の上に乗せた餌を猿にあげているのだっ!

 餌棚の上ではないのだっ!!

 事実を知った今、唯と紬のやり方は、これは危険極まりない行為のように思えてしまうのだが、現実では真似はしないように心に留めて、これは、ある種の虚構的修正が加わった演出効果の一つと割り切ることにしよう。


 この山頂部のシーンには、もう一つ見所があって、それは、標高百六十メートルからの展望なのだ。

 嵐山は、京都の左京区に位置していて、ここからは、比叡山、北山、東山を一望することができる。

 アニメの中では、最初、嵐山に来てまで猿を観に行くことに否定的であった澪がこう叫んでいるのが印象的である。

「こんなに、良い景色が見られるなんてなあああぁぁぁ~~~」

 最初、モンキーパークに行くことに、否定的であった澪の驚嘆の叫びであるがゆえに、かえってますます、「嵐山モンキーパーク」からの展望の素晴らしさは際立つのだ。

 

 旅は、前もって事前に綿密な計画を立てて、可能な限り色々と調べておくからこそ、実際に現地を訪れた時に化学反応が起こり得るのも確かだ。たとえば、アニメの舞台探訪の場合、該当する場面を何度も繰り返し視聴したり、既にその地を訪れた人のブログを読んだり、移動経路をグーグルマップなどで調べておいて、現場のイメージを固めておく事は非常に重要なのだ。

 しかし、である。

 現地を訪れた際に、調べた事柄以外の、望外の発見があった時などは、澪のように、驚きの感情で心が一杯になることもある。これもまた、旅の醍醐味の一つであろう。


 そして――

 『けいおん!!』の「モンキーパーク」のシーンの最後における、「楽しかったね。またきてね。一同」という公園内の看板もまた実に印象的であった。

 今度はちゃんと来るよ。

 数年前の夏の訪問を思い出しながら、隠井は、モンキーパークの入り口から引き返したのだった。


 一般に、嵐山を訪れた場合、看板の右矢印の先にある<天龍寺>や<竹林の小径>を観光のメインにする人が多い。それゆえにか、嵐山を舞台にしたアニメの多くでは、<竹林の小径>が舞台背景になっているのだろう。しかし、『けいおん!!』において描かれているのは、<モンキーパーク>とお土産屋のみである。この猿公園の訪問だけで、実際に、かなり多くの時間が掛かってしまうからで、ここには、時間的リアリティーがある。アニメの中で、モンキーパークを出てから入った喫茶店で、澪が、「もっと名所をみたかったんだけどな」と呟いているのは、その証左であろう。

 だから――

 実際に嵐山を訪れた際には、時間の問題ゆえに、左矢印のモンキーパークか、右矢印方向の竹林の小径に向かうかの二者択一になってしまうのは致し方ないことではなかろうか。



<参考資料>

<映像>

『けいおん!!(第2期)』第二巻,ASIN : B003FG9L74,販売元:ポニーキャニオン,発売日:二〇一〇年八月十八日.


<WEB>

「嵯峨野・嵐山」,「観光マップトップ」,『そうだ 京都、行こう。』,二〇二〇年二月九日閲覧.

「長辻通り」「嵐山モンキーパーク」「嵐山公園」,「嵐山」,『360@旅行ナビ』,二〇二〇年二月九日閲覧.

『嵐山モンキーパークいわたやま公式』,二〇二〇年二月九日閲覧.

京都府観光連盟公式サイト,「嵐山モンキーパーク」,『京都府観光ガイド』,二〇二〇年二月九日閲覧.

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