第33話 嵐山・長辻通りで食べ歩き:『俺ガイル。続』1

 嵐山モンキーパークの入口から引き返して、桂川に面している川沿いの小道に沿って、渡月橋の袂まで行くと、隠井は、橋を渡って、長辻通りに戻った。それから、しばらく道を進んで、嵐電の嵐山駅の構内に入ってゆき、まず、左端のホームに面している<茶茶屋>に向かった。ここは、時折、特設店として利用されていることもあるのだが、二〇二〇年十二月のこの時期には、『新世紀エヴァンゲリオン』(以後『エヴァ』と略記)のコンセプト・ショップが催されていた。


 『エヴァ』のコラボショップは、二〇二〇年十月三日から二〇二一年の三月二十八日まで開かれており、ここでは、『エヴァ』をモチーフにしたクッキーや、様々なオリジナルグッズ、たとえば、アクリルチャームやクリアファイルなどが販売されている。また、作中人物をイメージした、コラボドリンクも提供されており、茶茶屋を訪れた隠井は、式波(しきなみ)・アスカ・ラングレー(TV版では惣流(そうりゅう)・アスカ・ラングレー)をイメージした、「アスカのパッションマンゴージュース」を注文した。マンゴーなのは、おそらく、アスカの橙色の髪色をイメージしたのであろう。

 隠井は、店舗の近くに置かれていた、赤い敷布が掛けられた椅子に座して、注文したコラボドリンクをチビチビと飲みながら、とある列車の到来を待った。

 実は、十月三日から十二月二〇日までの間、期間限定で、エヴァ初号機をモチーフにした紫色のラッピング列車が運行されていたのだった。

 そういった次第で、隠井は、ホームの赤い椅子で、エヴァ仕様の嵐電の車両の到着を待ったのだった。


 予定通りに、紫の車両を写真に収めた後、隠井は、茶茶屋を後にし、今度は、駅構内の入口付近にある売店、<らんでんや>に立ち寄った。ここでは、嵐山の名物として、<ゆばまん>が販売されている。これは、具が湯葉という、まさに京都ならではのもので、大きさは掌サイズとやや小型で、食べ歩き向けの一品と言えた。

 小脇に抱えられる程度の二袋のゆばまんを購入した隠井は、嵐電・嵐山駅を後にし、そのまま駅に面した横断歩道を渡ると、今度は、渡月橋方面に向かって歩き出した。

 少し歩みを進めると、渡月橋に向かって右側に位置している路面店の前に、人だかりができていた。そここそが、ゆばまんが入った袋を小脇に抱えた隠井が目指していた店なのだった。そこが<嵐山 嵯峨野コロッケ>で、ここのコロッケは、「全国コロッケコンクール」で金賞を受賞したこともある、嵐山名物の一つであった。そして、隠井は、ここにおいて、揚げ立てコロッケを一個購入したのだった。


 かくして、準備は全て整った。


 隠井の京都・嵐山訪問の主たる目的は、嵐山で<旅グルメ>を堪能することではなく、嵐山を背景にした物語の舞台探訪で、そして可能な限り、作品のシーンを忠実に再現した撮影を行うことなのである。


 TVアニメ作品『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の第二期、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続』(以下『俺ガイル』と略記)の第一話および第二話は、京都への修学旅行が物語の背景になっている。作中人物たちは、京都の各所を訪れるのだが、嵐山もその一つである。

 嵐山を舞台にしたシーケンスは、その第二話の「8:44」から「19:48」の約十一分間展開されているのだが、その嵐山の場面の描き出しは、「嵐電・嵐山駅」という駅の看板で、これによって、舞台が嵐山であることが示されている。

 その後、場面は、駅の看板から、コロッケに齧りついている由比ヶ浜結衣(ゆいがはま・ゆい)の横顔のアップに移り変わる。

 その次のカットは、『俺ガイル』の主要作中人物である、比企谷(ひきたに)と、結衣、雪乃の「奉仕部」の三人が、横に並んで長辻通りを歩いているシーンになっている。その背景の奥には橋の袂が見えており、また、別のカットの背景の看板に、「おたべ」という文字が見えることによって、三人が実際の長辻通りのどの辺りを歩いているかが確定できるようになっている。また、この一連のシーンによって、『俺ガイル』の京都・修学旅行編において、<現実>の嵐山・長辻通りが、実に写実的に描かれていることも分かる。

 さて、このシーンの中で、結衣は、左脇にゆばまんが入っている紙袋を二袋抱え、右手には<嵯峨野コロッケ>、左手には<ゆばまん>を持ち、それぞれを一口ずつ齧ってしまっている。この場面において、結衣の食事の仕方が無計画であることや、どれほど食いしん坊であるのか、その性格が端的に表現されている、とも考えられよう。

 ちなみに、結衣のゆばまんやコロッケの購入場面は描かれてはいないのだが、『俺ガイル』の嵐山の場面の最初のカットに、「嵐電 嵐山駅」という駅の看板が出てくることによって、ある程度、推察できるようになっている。

 現実を参照すると、ゆばまんは、嵐山駅構内の<らんでんや>で販売されているので、シーケンス冒頭の嵐電駅のカットは、結衣が駅構内で、ゆばまんを二袋購入した事を示唆しているのではなかろうか。


 もちろん、アニメ作品はフィクションなので、背景などに関しては、現実を忠実に再現せずに、物語の中で虚構的修正が為されていることも往々にして見受けられるのは事実だ。だが、アニメの中の幾つかの場面と現実の情報の参照から、何らかの<推測>を為すこともまた可能であろう。こうしたことは、単なる再現度の確認だけに留まらない、実際に、現地を訪れることによってはじめて可能になる、物語の舞台探訪の楽しみ方の一つであるように思われる。



<参考資料>

<WEB>

「長辻通り」,『360@旅行ナビ』,二〇二一年二月十七日閲覧.

「茶茶屋」;「らんでんや」,「店舗のご案内」,『嵐山駅 はんなりほっこりスクエア』,二〇二一年二月十七日閲覧.


「エヴァンゲリオン京都基地」,二〇二一年二月十七日閲覧.

「10月3日(土)エヴァンゲリオンコラボショップオープン!!!」,「はなほこ便り」(二〇二〇年十月二日付),『嵐山駅 はんなりほっこりスクエア』,二〇二一年二月十七日閲覧.


<アニメ作品>

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続』第一巻,販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン,発売日:二〇一五年六月二十四日,ASIN: B00VPHB060.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る