第34話 嵐山・竹林の小径と花灯路:『SAOⅡ』3;『俺ガイル。続』2

 隠井迅は、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(以下『俺ガイル』と略記)』の第二期において、修学旅行で京都の嵐山を訪れた作中人物、由比ヶ浜結衣(ゆいがはま・ゆい)さながらに、〈嵯峨野コロッケ〉や〈湯葉まん〉を両腕に抱えながら、桂川や渡月橋を背にして、長辻通りを闊歩していた。

 そして、様々な土産物屋を見やりながら、右手に見えた嵐電の嵐山駅を通り過ぎ、それから、左手に天竜寺を見ながら、約十分ほど真っ直ぐ進んで行き、〈竹林の小径〉の出入り口に到着した。

 この小径は、渡月橋や天竜寺と並んで、嵐山観光のメッカと呼んでも差し支えがない地である。定番と言えば定番と言える名所なのだが、それでもやはり、嵐山に来てここを訪れないのは片手打ちとなろう。

 それより何より、嵐山の竹林の小径を、物語の舞台背景にしている作品が存在しているのだ。


 『ソードアート・オンラインⅡ』(以下『SAOⅡ』と略記)の「マザーズ・ロザリオ」編の最終話、すなわち、第二十四話「マザーズ・ロザリオ」、その冒頭部の二分台の約三十秒程の間に、この作品の女性登場人物たちが、京都、具体的には、清水寺、嵐山、圓徳院を訪れた様子が描かれており、そして、嵐山のシーンでは、彼女たちは竹林の小径を歩いている。


 長辻通りと接している竹林の小径の出入口から、この小道の突き当りの大河内山荘庭園までは、約十分の距離で、その狭い路地の両脇には、空を覆うばかりに、丈高い青竹が生い茂り、さらに、竹林と小径を、胴程までの高さの小柴垣が仕切っている。

 この緑色と薄茶色の情景がずっと続いているため、『SAOⅡ』の嵐山のカットが、現実の竹林の小径の、どの辺りを参照したかを同定するのは難しい。

 しかし、ユウキを肩に乗せた明日奈たち四人が、緩やかな坂を下っている点、そして、背景になった竹の中に、右斜めになった「Y」字の木、あるいは、左斜めになった「Y」字の木など、独特な形の竹が認められることから、彼女たちが坂を下っているのが、天竜寺の北門入口から、緩やかな坂になっている付近だという事が推測できる。


 『SAOⅡ』のこのエピソードが最初にTV放映されたのは二〇一四年十二月、隠井が、直近で嵐山を訪れたのは二〇二〇年の十二月、この間にすでに七年が経過している。そのため、残念ながら、背景となる地は変化を迎えており、アニメと完全に一致した写真を撮る事は叶わない。この月日の間に、隠井は、何度か嵐山を訪れ、その度に、『SAOⅡ』の舞台背景になっている、この緩やかな竹林の坂道を訪れているのだが、訪れる毎に微細な変化があることを感じていた。それでも、「Y」字の竹が目印となって、アニメのカットの参照となった、天竜寺北門付近の竹林を、物語の背景だと同定することは、今なお可能なのだ。

 ちなみに、この辺りは、竹林の小径の撮影スポットの一つになっているので、なかなか人通りが切れることはない。だから、存分に撮影しようと望むのならば、早い時間帯に訪問する必要があると指摘しておこう。


 この竹林は、二〇一四年の十月期に放映された『SAOⅡ』の「マザーズ・ロザリオ」編のみならず、二〇一五年の四月期にTV放映された『俺ガイル。続』の京都・修学旅行編においても、その第二話「彼と彼女の告白は誰にも届かない。」においても、物語の舞台背景になっている。

 比企谷八幡(ひきがや・はちまん)ら奉仕部の三人は、長辻通りから、竹林の小径に入ると、小柴垣の足下に並べ置かれた灯籠を目にして、この地を、葉山グループに属する戸部翔(とべ・かける)が、同じグループの海老名姫菜(えびな・ひな)に告白するに相応しい地として選び出す。

 そして、小径に並べ置かれた灯籠に明かりがついて、青竹が照らし出される、この夜の花灯路という幻想的な情景の中、戸部は海老名に告白しようとする。しかし、戸部が振られることは確定的なので、先に、八幡が姫菜に告白することで、戸部の振られを未然に防ぎ、葉山グループの崩壊を食い止める、というのが、第二話の主たる物語内容である。

 『俺ガイル。続』の京都編の主筋は、〈奉仕部による戸部と海老名の恋愛問題の解決〉で、すなわち、告白問題の舞台になった〈嵐山の夜の竹林の小径〉とは、修学旅行における告白の地という点でも重要なのだが、この後、八幡が行った、自己犠牲という解決法に不満を抱いた奉仕部の女子メンバーと、八幡の関係性は、このイヴェントを切っ掛けにギクシャクしてしまう。つまり、その後の物語内容を方向付けた、という意味においても、嵐山の夜の竹林の小径は非常に重要な地となっているわけだ。


 隠井は、『俺ガイル』の舞台を確定するために、この竹林の小径を歩き回ってみた。その際に、探索のキーアイテムとしたのが道端の灯籠である。しかしながら、竹林の小径のそこ彼処には青竹が生え、灯籠が並べ置かれている。そのため、告白の地の確定には難儀した。

 たとえば、長辻通りから程近い、竹林の小径に隣接する〈野宮神社〉は、『源氏物語』と関連があり、縁結びの神社として名高い。そのため、かの告白の地はこの辺りかもしれない、と隠井は推測し、タブレットを用いて第二話と観比べながら、神社の周囲を歩いてみたのだが、灯籠と竹林という、似たような場所は認められたものの、残念ながらピンと来なかった。

 そこで、時間が許す限り、竹林の小径を、縦横無尽に歩き回ってみた。


 結果、舞台地は、案外、簡単な場所に見付かった。

 告白という『俺ガイル』の物語内容を、縁結びの野宮神社に紐付けしようと、考え過ぎていたのだ。

 『俺ガイル』の舞台背景になっていたのは、『SAOⅡ』の背景にもなっていた、天竜寺の北門から伸びている緩やかな坂を登り切った、大河内山荘庭園の前、すなわち、竹林の小径の主筋の端だったのである。要するに、あまりにも、有名な場所なので、まさかここではないだろう、と隠井は思い込んでしまっていたのだ。

 舞台確定の決め手は、告白の行方を見届けるため、作中人物たちが隠れていた「T字路」両脇の看板であった。

 今回のように、物語の舞台背景の範囲が〈竹林の小径〉の全域に広がっており、似たような竹林と灯籠が連続しているため、位置の特定が困難な場合には、たとえば、竹の形状や、看板の存在が、具体的に背景地を確定するための決め手になる。もっと注意深く作品を観込む必要があるな、と隠井は思ったのだった。


 ちなみに、『俺ガイル』の京都・修学旅行編に関しては、時間的背景は、バックの紅葉が真っ赤なことから、紅葉の盛りの時期で、また、告白の場面は、灯籠が照り出したことから、時間帯は夜の五時頃だと推測できる。

 カット回収のためには、場所のみならず、時期も時刻も合致させたい、と考えている隠井の舞台探訪の在り方を考慮に入れると、今回の嵐山の竹林の小径の舞台探訪は、場所という点でしか合わせることができなかった。

 だから――

 次に嵐山を来訪する機会に恵まれた時には、灯籠が点灯し始める時間帯に竹林の小径を訪れ、『俺ガイル』における告白シーンのカットを回収したい、と考える隠井であった。

 

〈参考資料〉

〈映像作品〉

『ソードアート・オンラインⅡ』第二十四話,『同作品』第九巻収録,二〇一五年六月二十四日発売,ANZX-11137/8;ANZB-11137/8;ANSB-11137.

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続』第二話,『同作品』第二巻収録,二〇十五年七月二十三日,GNXA-7322;GNBA-8082.

〈WEB〉

「京都・嵐山・花灯路」,『京都・花灯路』,二〇二二年五月五日閲覧,

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