見上げる空

「お姉ちゃんッ!」


 ヴァレリィ機の撃墜を見送った後、降下するASF-X03Sフェイルノートともすれ違う。


「準備は出来てるわ、デュプレ、トリスと同期開始」


並列同期レイド処理の為、デュアルレイド・ドライバを起動します】


「ドライバ? 月臣ツキオミの仕業? あの時のデータか」


【プログラムをバージョンアップしたのは月臣ツキオミですが、元より、私とトリスはデュアルレイド型のAIGISとしてニール博士に設計されました】


「父さんが実験機を二機に分けたのは、二つのAIGISの演算領域ラプラス同期並列レイドさせる為……確かにこの理論値なら――連結フレーム・アレイ」


【連結フレーム・アレイ、展開します】


 上昇を続けるASF-X02ナイトレイブンの機体下部に、二枚のレールのような具現領域マクスウェルが現れた。

 それは、ASF-X03Sフェイルノートの機体上部に取り付けられたパーツとよく似ている。降下した遊佐が再び機首を上げ、リニア・ダスト・ラムジェットで上昇。


遊佐ユサ、速度はそっち。軸合わせて」


「了解――トリス、ガイドお願い」


 遊佐ユサASF-X02ナイトレイブンに軸合わせ。トリスが環境データから相対速度を微調整。

 連結フレームの進路予想が、ぴたりと重なる。


「ドッキング・アレイ」


 ASF-X02ナイトレイブンの連結フレーム・アレイから、フックロープのような具現領域マクスウェルアレイが後方に撃ち出された。

 垂れ下がるソレに、ASF-X03Sフェイルノートの連結フレームがキャッチ。接続。


      *


 それを映像で見ていたスレイプニル艦橋が息を呑む。


「安全確保したといっても、すぐ近くでASF-01Fムラクモと残存のSu-77パーヴェルが戦闘中。遊佐ユサちゃん側は準備万端でも、ケイちゃんはぶっつけ本番……行けるか?」


 九朗クロウがリラックスした姿勢と、手で口元を覆う緊張した表情で言った。


 彼女自身は疎ましく思っていた計測限界値の情報処理IQアンサラーの力。だが月臣ツキオミは、それを何より信頼していた。

 ケイがそのことを煩く思っていただろうことは分かっていたが、いつだって彼女は応えてくれた。

 その信頼は重荷だろうか?

 ふと、そう考える。

 だからいつしか月臣ツキオミは、彼女を何のしがらみもない処へ、飛ばせてやりたくなった。

 その為に彼女に無理を強いている。本末転倒かもしれない。

 だけど、月臣ツキオミは空を飛ぶことができない。だからもう開き直って、出来るだけの事をして、彼女にすべてを託してしまうことにした。


「いけるさ。あいつは――A.S.F.を操らせたら世界一だ」


「お姉ちゃんッ!」


遊佐ユサッ!」


 具現領域マクスウェルで作られたアンカーロープが巻き上げられ、ASF-X02ナイトレイブンASF-X03Sフェイルノートの連結フレームが手をつなぐ様に繋がる。

 ドッキングの衝撃で、二機がコマのようにバレルロール。


【連結フレームに歪。耐久値を超える負荷】


「トリス、気にせずデュアルレイドの演算を完成させて」


「デュプレ、バリアブル・アレイをASF-X03Sフェイルノートまで拡張。機体剛性と張力を最優先」


 赤く輝くプラズマの導線が、連結フレームを伝って銀の機体にまで及ぶ。バリアブル・アレイが完全に行き渡り、二機を完全に覆うと、細動もなくなり、歪の係数も想定値に収まる。


 ロールも収まって、二機は一つになった。

 赤い炎の黒衣を纏う銀のオオトリが、真っ青な大空を突き抜ける。


【デュアルレイド完全同期――AIGISアイギスアルテミスを起動。おめでとうございます。ケイ、遊佐ユサ、そしてスレイプニルの皆さん】


 右側に黒髪の左側に銀髪、右目が黄金で左目がスミレ色。現れたのは、デュプレとトリスを合わせた姿のAIGISアイギス

 博士の遺した最後のピースが、確かに「おめでとう」と言った。


「……ちょっと月臣ツキオミ、これアバター、すごい手抜きなんですけど?」


 予想をしていた言葉をケイが言う。わかっている。言うと思っていた。


「仕方ないだろ、そこまで作ってる時間なかったんだよ。大体、AIGISアイギスの名前まで付けといて、アバター作ってなかったのはニール博士の手抜きだろ?」


「父さんは悪くないッ!」


「このファザコンがッ!」


「ふふ……あははは」


 我慢できずに吹き出したのは、意外にも遊佐ユサだった。


「もう、二人ともそのくらいにして――往くよお姉ちゃん」


 一人前のパイロットの顔で、遊佐ユサが二人をたしなめる。


「バリアブル・アレイ――大気圏外モード――」


「リニア・ダスト・ロケットブースター――大気圏離脱モード――」


【耐Gアレイ最大出力。最大53Gまでの相殺が可能です。ASF-X02/X03セレネ、最大加速――アルテミス計画プラン、始動します】


 殆ど白色にまでプラズマ化した赤と青の粒子端末グリッターダストの、機体の全長の五倍はあろうかというアフターバーナーを曳きながら、極超音速ハイパーソニックを優に超えるマッハ20という数値を叩き出して、ASF-X02/X03セレネが上昇していく。


 航跡には雲が立ち、光は空の彼方へと。


      *


 ノースポイント海上施設メガフロートの上空。一筋の閃光が空を切り開いて昇っていくのを、海里カイリは見上げていた。

 今もそこに居たかった自分。それも確かに存在したように思うが、自ら捨て去った以上は、あそこへ戻れるべくも無かった。

 彼らは恩師の死をも糧として空の向こうへと進み、海里カイリは絶望の頸木クビキから逃れられず、地上に今も蠢いていた。

 旧世紀の火に焼かれて逝くのも良いかと思っていたが、彼らの力強い羽搏きはそれすらも吹き飛ばすだろう。


 一方、海里カイリの歩む先には、墜落したSu-77パーヴェルのコックピットシェルがあった。


「よう……アンタがフェザントの大将か」


 墜落したコックピットにもたれ掛り、力なく座り込んだ銀髪の男が、咥えていた葉巻を持ち上げて挨拶をする。

 応じたのは、黒光りする拳銃だった。


「敵地に墜ちた飛行機乗りが殺されるって話は、昔はよく有ったらしいな」


 制御された戦争である電子戦闘空域は、昔の戦争ほどは禍根を残さない。と云う者も居るが、それでもやはり、撃って撃たれて恨みが無いなどという事はないのだ。

 極超音速で空を切り裂く化け物に襲われ、人類最高値の頭脳の持ち主に背中からバッサリ斬られたにも拘らず、ヴァレリィはこうして生きている。

 安全で管理された戦争。それを可能にしたA.S.F.は確かに凄いモノだ。

 だが、結局は殺し合った。

 そろそろ自分の番だろう。


 海里カイリは銃を構えて、微動だにしなかった。

 墜落機のパイロット、ヤーン・ヴァレリィは葉巻を吹かして、空を見上げる。


「死ぬにはいい空だ」


 底抜けに蒼く高い――

 辞世の句代わりに気取って言っては見たが、銃を構えた女は動かない。


「ぷ……くっ……はははははは!」


 唐突に笑い出した海里カイリが、パス、パス、と手にした銃を撃つが、放たれた白い弾丸は墜落したSu-77パーヴェルの外装に当って、コン、コン、と間の抜けた軽い音を立てて転がった。


「モデルガンよ……フェザントは銃規制が厳しいの」


 まだ少し笑いながら言う。


「人が腹を括ってたっていうのに、ひどい話だ。死なせてもくれん」


 紫煙をため息のように吐き出しながら、ヴァレリィは機体に持たれかけた体を少し擦り落とした。


「本当は……博士を殺した一味の一人だし、殺してやろうかとも思ったんだけどね……死ぬにはいい空だ……なんて言われちゃうと、あはは」


 どうも、それが命を救ったのか。モデルガンをもってきた時点で殺す気も何も無いように思えるが、そもそも彼女は何をしにきたのか。ヴァレリィにはわからない。


「本当にひどい話だ」


 ヴァレリィはもう一度、紫煙を吐き出してうな垂れた。


「――作戦に成功しても、失敗しても、アレに焼かれて死ぬ段取りになってたんだが……とんでもない連中も居るものだな。フェザントは……いや、カドクラと言ったか」


「スレイプニルよ――グラードもひどい所ね」


「いや……大陸国家企業連邦ソユーズ全体が、トラウマを再発したんだよ。アンタらが余計な事をしてくれたおかげでな」


「Ver2.00はそんなものじゃあなかったのに……貴方達が早とちりしてくれたお陰で、このザマよ。私も」


「まったく。そうならそうと、最初からウチの上層部を説き伏せといてくれ。それが政治ってもんだろう……」


 結局、そんなこんなで、向こう見ずな若者たちが勝利を掴んで終わる。

 映画では有り触れた話だ。だが、そんなものの相手にさせられた方は溜まったものではない。とヴァレリィは思う。


「――一応、捕虜として扱って貰えるのかな?」


 ヴァレリィの問いに、一寸思案した後、海里カイリは答えた。


「そうね……貴方……ウチに再就職しない? 世界を掻き回すには、腕のいいパイロットが一人減っちゃってね。それなりの待遇は約束するわ」


 その時の海里カイリの表情は、いつかのニール博士によく似ていたが、それは誰にも知られず、紫煙と共に空へ流れた。


「まったく、冗談だろ……どいつもこいつも……」

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