極超音速機

「あの女、なにかやっているな」


 ASF-X02ナイトレイブンの動きが変わる。それは一目瞭然だった。今までは余裕をもってシールドやフレア・アレイ等を使っていたものが、空戦機動マニューバを駆使した回避運動に変わっている。

 空戦機動マニューバによる回避からは、浮かせたリソースを使っての反撃が定跡だがその素振りを見せない。


「ミサイルか、サイロへの攻撃を?」


「あの女が仮に具現領域マクスウェル電磁加速砲レールガンを作れたとしても、ミサイルは既に発射済。迎撃しようにも粒子遮断ダストシールコートされているミサイルは、レーダーにもモニターにも映らん」


 ブラドの言葉に、一つ一つ可能性を確認するようにヴァレリィは言ったが、それでも不安は拭えなかった。

 あの宗像ムナカタとか言う男のせいだ。

 光学映像とトレースルートで、サイロの正確な位置を確認したと言っていた。それをするという事は、何らかの迎撃手段を有していることを示唆している。しかし、どうやって?


 その答えは、直ぐにやってきた。


【北東より極超音速ハイパーソニックの飛翔体】


 AIGISアイギスカルルがそう告げた。極超音速ハイパーソニック。マッハ5を超えて飛翔するモノ。


「――極超音速ミサイル? それが貴様の奥の手か宗像ムナカタ!」


 咄嗟にフレアを撒いて回避ブレイクAIGISアイギス経由で僚機ウィングのブラド機も同様の空戦機動マニューバを描く。

 だが、飛来したのはミサイルではない。


「隊長! こいつはミサイルじゃないッ!」


 映像を確認したブラドが叫んだ。

 果たしてそれは、ASF-X03Sフェイルノートであった。銀の翼が赤熱する空気を切り裂き、蒼い炎の尾を引いて飛来する銀の矢。

 レーダー上の光点が、信じられない速度で移動している。


音速の5倍で飛ぶハイパーソニックA.S.F.だと……!?」


 呻く様にヴァレリィが言ったその瞬間、ブラド機が両断された。


 青い閃光はプラズマの刃。続いて、銀の閃光は翼。

 音が遅れて――ギンッ――という金属が寸断される鋭い響き。

 ヴァレリィが反応する前にブラド機のコックピットシェルをパージされ、マクスウェル・エンジンの自壊用爆薬へ点火。

 爆散する。


「ブラドッ!?」


「隊長ッ!」


 ようやく、そう叫んだ。だが撃墜された筈のブラドから、切羽詰まった叫びが返ってくる。


「なんだッ!?」


 AIGISアイギスが示すサブモニター。

 そこには音の五倍を超える速度でブラド機を撃墜した銀色のA.S.F.が、直角に上昇する姿。そこから更に直角に方向転換。四角い機動のインメルマンターンで、機首をこちらに向ける。


「……冗談だろ……」


 AIGISアイギスの生命維持アレイを以てしても、あんな速度であんな動きをすれば、パイロットがタダでは済まない。良くて内臓破裂。悪くすれば折れた肋骨が内臓に刺さって即死だ。G負荷による圧死すらあり得る

 だが機首をこちらに向けた銀色のA.S.F.は、パイロットなど乗っていないとでも言うように高Gの影響すら見せず、後部に突き出した尻尾のような部位にブースター・アレイを一度に三枚展開した。


「まだ、加速する気かッ!?」


      *


「ああもう、失敗したッ! 隊長機リードを狙ってたのにッ!」


 極超音速ハイパーソニックからの強襲。一撃の元にSu-77パーヴェルを撃墜した遊佐ユサは、しかし悔しがっていた。


 ASF-X03Sフェイルノートの後部から伸びるリニア・バレル・ロケットブースターが先端部を偏向し、固定式加速レール弾カートリッジ・アレイを形成。

 ラムジェット方式の急加速。ブースター・アレイを一枚使って、直進していた機体を鋭角に跳ね上げる。


【耐Gアレイ、稼働率118%。無効化閾値しきいちを超過しました】


「全然平気! 隊長機リードも墜とさないと、お姉ちゃんを上げられないッ!」


 更にもう一度、ブースター・アレイと固定式加速レール弾カートリッジ・アレイで加速。

 ハイパワーにモノを言わせる強引なインメルマンターンで、残るヴァレリィ機に機首向ける。

 対してヴァレリィ機はASF-X03Sフェイルノートへ向けて加速。正対会敵ヘッドオン


「正面からなら、速度差など関係ない!」


 三枚目のブースター・アレイが起動。加速。

 両機のプラズマ溶断光刃アークスライサーが閃き、互いにバレルロールで回避ブレイク。交差。刃を交わす様に閃光が閃いて、空を裂いた。


「逃がさない、ってぇッ!」


 遊佐ユサらしからぬ咆哮と共に、再びASF-X03Sフェイルノートのリニア・バレル・ロケットブースターが吠えた。

 バレル内に生み出した具現領域マクスウェルのレールを、強磁場を発生させる粒子端末グリッターダストのジェットが流れる事で、ラムジェットと電磁加速リニアとの両方の特性を持つ超加速力を生み出す。

 数カ月前、要破壊対象だった電磁加速砲レールガンがその姿に作り替えられていたのを見た時、ヴァレリィは『加速が良い程度の代物』と断じた。

 だがそれはもう、あの時戦ったモノとは別の物であった。

 同様に上昇しようとしたSu-77パーヴェルが加速する頃には、ASF-X03Sフェイルノートははるか上空。

 ガオンッ――と吠え猛る音が響き渡り、その機首をこちらに向ける。

 再び、正対会敵ヘッドオン

 しかし今度は上と下。上昇にリソースを取られているヴァレリィ側が圧倒的に不利。


 雨のように降り注ぐホーミング・ザッパー。対して、同数のザッパーで迎撃。

 落雷並にまで膨らんだプラズマ干渉で空気中の水分が爆ぜて、粉塵を伴わない水蒸気の爆発が幾つも咲いた。


「……俺は……負けるわけにはいかんのだッ!」


 落雷のような轟音と、フラッシュのような爆炎を貫いて突き下ろされる極細のプラズマ光線を、推力偏向ベクタード・アレイ。横へ跳ね転がるバレルロールで回避ブレイク

 返す刀のようにプラズマ溶断光刃アークスライサーを撃ち返す。


Killったッ!」


 しかし、その先にASF-X03Sフェイルノートは居なかった。攻撃もそこそこに、リニア・バレル・ロケットブースターで再び離脱している。


「――なん……」


「ヴァレリィさん……だっけ? ゴメンね。勝負してる暇はないんだ」


 遊佐ユサにそう言われて、ヴァレリィは自分の失態を知った。

 背後に黒いA.S.F.が迫っていた。


「ちょっと忙しくて、逃げっぱなしだったけど……僚機ウィングも居ないのにそんな隙を晒してくれたら――ね、ヴァレリィさん」


 申し訳なさそうに言うその顔が、いっそ憎らしい。

 だが一切の躊躇なく放たれた赤い光刃アーク・スライサーは、ヴァレリィのSu-77パーヴェルを一刀両断に斬り捨てた。


「――ケイ・カミヤァッ!」


「コレは正々堂々の一騎打ちじゃない。そうでしょう?」


 ケイは悲しそうに、すれ違うSu-77パーヴェルに向かって言った。


 最初の目的は同じだったはずだ。

 電子戦闘空域が無ければ、ただの開発競争だったかもしれない。

 そうであれば彼ともゆっくりと言葉を交わす機会も、もしかすれば、共同研究だってあり得たかもしれない。

 だけどそうはならなかった。


 ヴァレリィ機のエンジンが自壊。爆散する。

 Su-77パーヴェルもグラードが国の威信をかけて開発したものだ。アドラーに追いつけ追い越せと。事実、スペックはアドラー現主力のASF-01クラウドルーラーを優に上回っている。


「どうにかすれば結果は違ってたかも……でも、悲しんではあげない。私たちは往くよヴァレリィさん」


 射出されたSu-77パーヴェルのコックピットに向けて、ケイは別れとも発破ともとれる言葉を贈る。


「まったく……本当に、新しい世代というやつは……」


 負け惜しみとも称賛とも聞こえる言葉が、ヴァレリィの口を突いて出た。

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