羽搏く銀翼

「冗談でしょ……」


 月臣ツキオミから送られてきた指示を見て、ケイは閉口する。


「戦闘中に具現領域マクスウェルアレイの構築をやれって? 二機に追われてるのよ? 私」


 だが事態が切迫していることには変わりない。反論する言葉に、いつもの勢いは乗らなかった。


「こないだ、猪神シシガミさんに頼んで渡したデータ有ったろ。アレを使えば、デュプレのシステムドライバ関係は問題ない。後は物理的に存在しない連結フレームだけなんだ。頼む」


「だから! 私! 戦闘中!」


 遅滞防御に入ってからは格闘戦にも戦局にも殆ど動きが無い。プライベート通話の感覚で話してくる月臣ツキオミが、自分が戦闘中な事を忘れているのではないかと念を押した。


「分かってる。出来るだろ? お前なら。いやお前にしか出来ない」


 そういうところなのだが。本当にこの男は分かっていない。いや、分かっていないだけに余計に性質タチが悪い。

 そう言われてしまうと、応えずには居られなくなる。

 ケイはそういう性格なのだ。なまじになんでも出来てしまうし、効率を即座に暗算出来てしまうから、安請け合いを後悔したことは十や二十では効かない。

 特にこの男に関しては。


「わかった、分かったわよ! やりますよ! まったくッ!」


 最短で事態の収拾を計算している自分の頭に感情が負けて、ケイは了承した。


「――だけど、私のお尻を追いかけまわしてる、あの二機はどうするの? さすがにデータの無い具現領域マクスウェルを構築中に、撃墜しろとか言わないわよね? まともに組み合っても墜とせるか怪しいのに。どうするの?」


 最後の障害は計測限界値の情報処理IQアンサラーASF-X02ナイトレイブンを以てしても攻めあぐねる、グラード最強のA.S.F.・Su-77パーヴェル。それが二機。


「それは遊佐ユサが何とか出来る」


 阿佐見アサミから受け取ったヘッドセットを被りながら月臣ツキオミ


遊佐ユサが? 月臣ツキオミ、君はまた……!」


「待て待て、お前、本当に博士が亡くなってから過保護が度を越してるぞ」


 いつもの調子に戻りそうになるのを、彼は両手で制した。


「――遊佐ユサだって、俺たちだって遊んでたわけじゃない。見せてやるよ、スレイプニル社の本領を……お前がビックリするようなヤツを、だ」


 マイクの位置を確認しながら、彼はそう言い放つ。

 後ろで社長や阿佐見アサミがピースサインをして、月臣ツキオミが恰好をつけるのを阻止していた。


「なにがスレイプニルの本領だか。相変わらず莫迦な事やってるんだから……」


 懐かしさを感じる古巣の光景に、頬が緩みそうになるのを引き締めて。


「さて……私もいっちょ計測限界値の情報処理IQアンサラーの本領とやらを見せてやりますか――さあ、ついてこいヤーン・ヴァレリィ! おちょくってやる!」


 ASF-X02ナイトレイブンがブースター・アレイを展開して急上昇。ソレを追って、二機のSu-77パーヴェルが続く。

 終わりの見えない格闘戦ドッグファイトの終止符が迫っていた。


      *


月臣ツキオミ君のケイちゃんに対する信頼って、いったいどこから来てるんでしょうね?」


 二人の様子をまじまじと伺っていたエレインが、そんなことを言う。


月臣ツキオミは純粋にケイちゃんを尊敬してるんだよ。『なんかすげえ女が居るぞ』が第一声だったかな。そもそも神耶研究室に入った理由も、月臣ツキオミはケイちゃんが目当てだったんだ」


「それって、ケイちゃんが好きって事じゃないんですか?」


 九朗クロウの言葉に、月臣ツキオミに商売道具を渡してしまって暇な阿佐見アサミが話に混ざってくる。


「俺も、そんでケイちゃんも、そうだと思ってたと思うんだけどな。アイツ、ケイちゃんのこと、ニール博士と同列に尊敬してるんだよ。多分」


 しばしの沈黙。エレインと阿佐見アサミが互いに目を見合わせて、確認した後、「うわ……タチ悪……」と二人して苦虫を噛み潰した顔で言った。


「ごもっとも……」


 九朗クロウも女性陣の意見に反論する気もなく、両手を挙げて同意したのだった。


      *


 背後で自身を寸評されているとも知らず、月臣ツキオミは作業を進めている。

 ケイとASF-X02ナイトレイブンの戦況を映す映像プレートを少し横へやって、月臣は遊佐ユサと甲板の電磁カタパルトに乗ったASF-X03Sフェイルノートの映像を正面にもって来た。


「ケイの方は多分、大丈夫だろう――遊佐ユサ、そっちはどうだ?」


「耐Gアレイの最終チェックもおっけい。特訓の成果、いつでも見せられるよ月ニイ」


「それなんだが。ケイは具現領域マクスウェルでフレームを構築中で、追撃している二機を落としきれない。遊佐ユサの方でやれるか?」


「二機かぁ……一機なら確実。でも二機目はちょっと保証できない、かな」


 以前の遊佐ユサなら、二機とも任せろと言っていただろう。実力と、そしてそれに伴って状況判断力が付いてきた証拠だ。

 月臣ツキオミがソレを聞いて、吹き出す様に安心した。


「一機目が確実なら大丈夫だ。神耶カミヤ姉妹の連携を相手に、単独で勝てる相手なんて居ないさ……だけど本当の敵はSu-77パーヴェルじゃない。わかってるな? 遊佐ユサ


「もちろん。お姉ちゃんをビックリさせなきゃね」


「ああ、やってやれ遊佐ユサ。アイツは凄い奴だけど、なんでも一人でやろうとし過ぎるんだ……ニール博士は研究の為なら、なんだって利用するし使う人だった。そういうことを教えてやれ」


「うん。月ニイが用意してくれたこのASF-X03Sフェイルノート。僕とトリスがちゃんとお姉ちゃんに届けるよ……」


「頼む」


 そう噛締めるように言った後、業務用の声音に変えて、


「――飛行甲板、総員艦内へ退避してください。ASF-X03Sフェイルノートをリニア・ダスト・ロケットブースターで『発射』します。総員、艦内へ退避」


 月臣ツキオミの言葉に、ASF-X03Sフェイルノートの最終チェックをしていた甲板員が全員、艦内へと入っていく。

 最後の一人が扉の前で誘導灯を振って、退避が完了したことを艦橋へ知らせた。


「予定は少し変わったが、やることは変わらない。グラードは関係ない。こいつは最初からニール博士と俺たちスレイプニルの計画だ。ケイにそのことを思い出させてやってくれ。遊佐ユサ、トリス」


「了解だよ」


【了解しました月臣ツキオミ


 ASF-X03Sフェイルノートのリニア・ダスト・ロケットブースターに火が入る。

 リニア・ダスト・ラムジェットと違い、カートリッジ式の固定レールをラム替わりにして加速する方式から、更に小単位の空間固定素子を作り出し、それを噴出することで加速する。

 その関係から、周辺の粒子端末グリッターダストを大量に吸気。

 ASF-X03Sフェイルノートに輝く粒子が集まっていくのが見て取れた。


 その光はニール博士が生み出した、未来につながる輝き。


 その光は戦争の引き金、そして人類の空を閉ざしたと言う人も居るだろう。


 月臣ツキオミもそれを否定しようとは思わない。

 だけど――


「技術は使いこなす人間が居てこそだ……遊佐ユサ、ケイ……頼んだぞ」


 蒼い輝きがASF-X03Sフェイルノートに吸い込まれるのを待って、月臣ツキオミはハッキリとした声で、次世代へ向けてそれを放つ。


ASF-X03Sフェイルノート点火イグニッション


 ASF-X03Sフェイルノートから供給されるバリア・アレイに守られたスレイプニルの船体がぐらりと揺れた。

 ゴオッ――という轟音を断続的に響かせ、衝撃波で周囲の海水を爆発させながら、銀色の翼は音を超えて飛び立った。


 すべてを振り切る為に。

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