蒼穹と漆黒
【成層圏を突破】
白色まで達した荷電粒子の巨大なバーナーを曳きながら、
どこまでも青い空が、無数の輝きと漆黒のヴェールに染まり始めた。
「ケイ、
映像がやや粗い
「少し荒いけど聞こえてる」
それがボトルネックとなって、映像通信程度ですら阻害している。
「赤外線通信アレイ、準備できたよお姉ちゃん」
「ありがと――
「中間層を超えたら
カーマン・ラインは旧世紀に設定された境界線だが、現在は粒子センサネットワークの論理限界高度として知られていた。
高度408kmの熱圏を飛ぶ国際宇宙ステーションへ補給のため、特殊な高高度A.S.F.はこのラインでAIGISと
【空母スレイプニルの赤外線通信アレイを確認。リンク】
荒い映像が一瞬消えて、少しだけ良くなった画像と音声が返る。。
「こちらスレイプニル。聞こえるか? 見えてるな?」
「こちら
ケイの返事に、
「何から何までテストしてないからな……こっちの出力は
「それで
「え、あ……」
映像プレートの向こうで、
「ケイを上げてしまえば、何とかしてくれると思ってた……んだよな」
「……でしょうね」
ケイが良く聞こえるように溜息を吐く。嫌な気がするわけではない。こういう男だと、長い付き合いだ、分っては居たけれども。
しかし、丸投げである。
そう思って見たところで始まらないし、たくさんの人の命も掛かっているせいで、嫌がって投げ出すわけにも行かない。
本当に
父や
「ザッパーなり
「雑ッ……そりゃ弾頭部さえ破壊すれば、起爆せずに海に落ちるでしょうけど……」
落下した核物質による海洋汚染や、核弾頭発射による政治的、国際的混乱。
それを
腹立たしくさえあった。
「
「えっと……? うん、ラムジェットやロケットブースター用の粒子制御板を外せば、まだ
ケイが問いかけると、『ハッブルの瞳』で弾道ミサイルを探していた
「良いわ。『ハッブルの瞳』はこっちに。機体の制御、任せていい? 出来るだけ軸を合わせてくれると助かる」
「任せて、お姉ちゃん。
察しの良い
「それでお願い。精密射撃になるから、出来るだけ震動やブレも抑えてね」
「分かった」
「――デュプレ……いや、今はアルテミス……で良いのよね?」
【はい。デュアルレイド中は、アルテミスと呼称ください】
黒と銀の手抜きアバターが答えた。後でアルテミスのアバターを新造しよう。と心に誓い、それを心のバックヤードに仕舞う。
「OK、アルテミス。
【了解しましたケイ。『ハッブルの瞳』ユニットを後方視点へ。リニア・ダスト・ロケットブースター、および、ラムジェットの
機首が首を曲げ、『ハッブルの瞳』が後方を向く。
その姿は
「弾道ミサイルは……」
アルテミスに予測数値を入力し、演算。
「――見えた」
打ち上げロケットのような弾頭。既に第二ブースターも切り離されて、落下コースに入りかかっている。
ギリギリのタイミングだ。距離は約480km。
ふと、試射の時、父が指示したのが500kmでの精密射撃だったことを思い出す。こうなることまで、考えていたのだろうか?
偶々だ。その考えも、今は心の隅に退ける。
誤差は許されない。
完全なエイムを。環境データを限界まで入力。係数を設定。偏差を演算。
【バレル・アレイ展開。
ブースター・アレイに似た円形の
「撃て」
ガオォンッ――という轟音が震動となって伝わる。熱圏にはその音が響き渡るほどの空気は無いが、その咆哮は
「軸戻し。震動補正」
機体のコントロールを担当している
少し遅れて、
それを見たスレイプニルの艦橋で、大きな歓声が上がる。
だが――
「まだよ」
スレイプニル艦橋の様子とは対照的に、ケイが緊張した面持ちで言った。
「どういうことだケイ? 核弾頭は破壊しただろ?」
「こんなモノ、私は海にだって落とす気はないわよ
【バレル・アレイ再展開。
「
「機体安定。いつでもいけるよ、お姉ちゃん」
一射目は弾頭破壊を兼ねたデータ収集の為の計測射撃。初弾で弾頭を打ち抜くのはケイにとってそう難しい事ではない。
問題は二射目だった。
それは
だが、父や
【ケイ、私は……高潔で、そして臆病な君に見せたかったんだ】
「――!」
【挑み続けたその先に在る世界を――】
「――……撃て!」
ケイの意思によってのみ放たれた真紅の砲弾が、漆黒と蒼穹の狭間を飛翔。それは弾道ミサイル下部の、完全な位置で炸裂した。
後部の最終加速用のブースターが破壊されて吹き飛び、弾頭部だけとなった核弾頭は、そのまま煌めく漆黒の海へ。
二射目の砲撃は落下コースに入る前の弾道ミサイルの軌道を無理やり変えて、文字通りに、圏外へ吹き飛ばしてしまったのだ。
衛星軌道を外れ、弾き飛ばされた核弾頭の向かう先は――太陽だった。
「お姉ちゃん、綺麗だね」
『ハッブルの瞳』が、飛び去って行く核弾頭を追っている。
下には海の青を映す空が広がり、上には輝く星を纏った漆黒のヴェール。それを隔てるのは、太陽の輝きが織りなすダイヤモンドリング。
「そうね……特等席だわ。
父の贈り物が、そこにあった。
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