六章

隠された心

「核だって?」


 月臣ツキオミは改めて、ASF-X03Sフェイルノートが送ってきた映像を見る。


「――いや違う……これはロケットだ。衛星を打ち上げるのに使う……でもなんで」


 自分がそう思いたかったのか。それとも、そう思い込もうとしたのか。

 では衛星を打ち上げる為のロケットが、ミサイルサイロに入っている理由は?


「――レベル7粒子遮断ダストシールコートの開発が終わるまで、サイロの地下に隠していたのか?」


 信じられない。


月臣ツキオミ


「ケイはあの夜、言っただろう? グラードの連中も何かを計画していたんじゃないかって……だから俺はずっと、彼らも同じように……」


 それが、どうしてそっちに行ってしまうのか。


月臣ツキオミッ!」


 ケイがいつもとは違う、ザラついた苛立ちを含む怒声で叫んだ。


「さっきの空母のレーザーは海上施設メガフロートを狙ってる。スレイプニルは出来るだけ離れさせて。最悪、遊佐ユサとの通信の回復が間に合わなければ、演算領域ラプラスの影響範囲外に出てしまってもいい」


「ちょっとまてケイ、そんなことしたらスレイプニルのストレージが無防備に……」


「熱核兵器だった場合、致死線域は5km以上、爆圧の殺傷領域は20km以上、熱線の影響範囲は50km以上……分かっているわよね月臣ツキオミ?」


「あの今すぐサイロから発射されたなら、位置関係からして、到達までは約30分……いや、あの写真の段階ではまだ発射シークエンスに入ってなかった。ならまだもう少し余裕が――阿佐見アサミさん、猪神シシガミさんに連絡を。それと――」


「いいから今すぐ逃げて! 篠崎シノサキさんは、さっさとスレイプニルを転進! 月臣ツキオミ遊佐ユサとの通信を何としてでも回復して! お願いだからッ!」


 最後の言葉は殆ど悲鳴だった。

 人類最高値を叩き出す頭脳を持ち、予測演算も最適化演算もAIGISアイギスに引けを取らず、世界最高戦力を自在に操るトップエースが、絶望の表情でそう叫んだ。


「お前はどうする気だ、ケイ」


「……バリアブル・アレイなら耐えられる」


「耐えられるわけがあるかッ!」


 ケイが身を竦める程の声が出て、月臣ツキオミ自身が驚いた。


「耐えられるはずよ! 父さんは大気圏離脱も再突入も可能なように設計したって言っていた。致死線域からさえ離脱出来れば……」


演算領域ラプラスに見えないミサイルだぞ?」


 ケイの目を見つめて言う。普段からは想像も付かない、苦悩に歪んだその顔が、いつものように彼女を信用することを拒んだ。

 どうしようもなく強がっている顔だ。いくら人に鈍感な月臣ツキオミでも長い付き合いだ。そのくらいはわかる。

 計測限界値の情報処理IQ保持者アンサラーが、万全を期すことが出来ないという事は、それは相当に分が悪い賭けの筈だ。


「ダメだ。他の方法を作る――デュプレ! 今戦ってるSu-77パーヴェル隊長機リードに繋いでくれ!」


【対象は敵機、状況は戦闘中ですが、宜しいですか?】


「構わない。繋いでくれ」


 黒髪のデュプレは黄金の瞳を、赤い警告色に輝かせて問うた。

 電算調律師の管理者権限で割り込んだ為、トリスと同じで、ケイの指示を飛び越えてタスクが差し込まれる。


月臣ツキオミ、何を……!」


「グラードのパイロットッ! この作戦の事知っているのか? アンタの上は、熱核兵器で味方ごと海上施設メガフロートを焼き払うつもりだぞ!」


 まるでアクション映画のヒーローのセリフだ。そんなことを思いながら、デュプレを経由して、相手のAIGISアイギスとの接続を構築していく。


「……ヤーン、対外諜報局S.V.R.・特殊電子戦隊長のヤーン・ヴァレリィだ……戦闘中だぞ。学者風情が何の用だ」


「んな!?」


 まさか相手が返事をしてくるとは思わなかったケイが、素っ頓狂な声を上げる。

 月臣ツキオミは最初の賭けに勝ったようだ。


「スレイプニル社・電算調律師の宗像ムナカタ月臣ツキオミ。ヴァレリィさん、あんたこの作戦の事、わかっていて戦ってるのか?」


「スレイプニルの……あの銀色のA.S.F.の調律師か」


 ヴァレリィが沈黙する。

 その間にも、激しい空中戦は続いていた。

 二機のSu-77パーヴェルがザッパーやプラズマ溶断光刃アーク・スライサーで追い立てるが、遅滞防御に徹しているケイのASF-X02ナイトレイブンの守りを崩せない。


「ちょっと! 月臣ツキオミと話するんじゃないの!?」


 追い立てられるケイが、そんなことを言って気を逸らそうとする。


「……確か『ハッブルの瞳』と言ったか。そいつを使ったのか? フェザントはもう衛星軌道までA.S.F.を打ち上げれるのか?」


 空中戦は続いているが、ケイとは違い、彼は殆どAIGISアイギスのオートで戦っている。優位にあるにも関わらず、ASF-X02ナイトレイブンを撃墜しようとしていない。

 それはつまり、彼がこの作戦を了承して行っているという事だ。

 作戦が成功すれば命は無い。そんな作戦。

 おそらくは熱核兵器使用の体裁の為に、このヴァレリィと言う男はケイと戦い、そして電子戦闘空域を作り出している。あの時と同じだ。

 そして今回は、最新鋭のA.S.F.と最精鋭のパイロット、それを三個飛行隊も犠牲にして行う爆撃作戦。


「どうしてグラードは、そこまでVer2.00を恐れてるんです?」


「お前たちにはわからんよ……正体の分からないモノに脅かされる恐怖など」


「ただのバージョンアップですよ」


「そのバージョンアップとやらで、人が死なない保証はない。事実、十八年前、貴様たちがばら撒いた粒子端末グリッターダストの影響で、電子機器を根こそぎ奪われて、一体何人死んだと思っている!」


「それは……」


 月臣ツキオミが言葉に詰まる。


 もともと粒子端末グリッターダストは、具現領域マクスウェルでは荷電粒子として実体化するほどの出力がある。

 その高出力は演算領域ラプラスでも変わらず、粒子センサネットワークが既存のネットワークに接続が可能だったことが、十八年前に発生した、世界規模の電子機器障害の主だった要因だ。

 このことは環太平洋経済圏シーオービタルでは、不慮の事故として扱われているが、当然の事ながら大陸国家企業連邦ソユーズ欧州経済戦略会議エウロパでは、アドラー軍部による意図的な攻撃だと言う見方が今も根強い。


 ヴァレリィが苛立ち紛れにトリガーを引いたのか、Su-77パーヴェルから放たれた四本のクラスター・ザッパーが、ASF-X02ナイトレイブンの四方で炸裂。

 回避しきれないと判断したケイが「ちょッ……とぉぉおおお!?」と、やや調子っぱずれの叫び声と共に急加速。

 バリア耐久力と機体剛性に限界までリソースを割り振ったバリアブル・アレイが、機体が赤く発光して見える程輝き、散弾を受け止める。


月臣ツキオミッ!」


「俺に言うなって」


 いつもの調子で言い合って生存を確認。大したダメージは無い様だ。ケイには構わず話を進める。


粒子端末グリッターダストを毛嫌いする過程で、粒子遮断ダストシールコートが開発されたとでも?」


「そうだ」


「アンタそれ、違うんじゃないか?」


 ヴァレリィは神妙な顔で言ったが、月臣ツキオミはそれを否定した。


「――憎しみなんかで技術は生まれないよ」


 それは、ニール博士からA.S.F.が生まれた経緯を聞いた時に出来た、月臣ツキオミの持論だった。

 初めから人を殺す為に作られた技術は、この世には存在しない。剣にしても、銃にしても、今この瞬間、自分たちを狙っている『核』にしてもだ。


「人を殺すための兵器が、憎しみでは生まれない? ふざけたことを」


 ヴァレリィが「何を言っているんだコイツは」と顔で言っている。


粒子端末グリッターダスト――そもそもの加工荷電粒子はニール博士の研究室で行われていた量子研究の、単なる副産物だったんだ。知っていたか?」


「貴様……何を言ってるんだ?」


「それをクライン教授のようなネットワーク演算技術の権威達と一緒に、粒子センサネットワークという形にした」


「粒子センサネットワークも軍事技術だろうが!」


「軍事技術は、憎しみで作り出すのか? 違うだろ? それも本来は自分達の身を護るためのものだ」


「詭弁を言うな! その傲慢がグラード……いや、お前たち以外の世界がどれだけ被害を被ったと思っている?」


「何かを生み出せば、そこに軋轢が生まれるのは博士たちだって分かっていだろうさ……粒子センサネットワークが世界規模の電磁波障害の引き金になるなんてことまでは、予想出来ていたか怪しいけどな」


「だから何だと言うのだ! 貴様はッ!」


 ヴァレリィが激昂する。当然だ。

「予想外だった」と一言で済ますには、大陸国家企業連邦ソユーズ欧州経済戦略会議エウロパの被害は甚大すぎた。

 皮肉にも粒子センサネットワークが電力インフラを代替出来たお陰でその後の復興は早かったが、その事実が一層、彼らの神経を逆なでしていた。

 電子戦闘空域などという影の戦争が、十八年途切れることなく継続したのも、それが原因の一つであることは疑いようがない。


「じゃあ、アンタたちはどうなんだ?」


「何?」


粒子遮断ダストシールコートも、もともと軍事……いや、暗殺や核を使う為に開発した技術じゃないだろ? 味方ごと核で焼くなんて作戦を遂行してるような人だ。そのくらい分かってるんじゃないのか?」


 対外諜報局S.V.R.は、グラードで粒子遮断ダストシールコートの開発を主導していた部署の筈だ。それならA.S.F.を操るこの男も、おそらく無関係ではない。


「答えると思うか?」


「答えないなら言ってやる。粒子遮断ダストシールコートは元々、旧世代の電子機器保護の為の応急技術だ。粒子センサネットワーク端末の普及によって、そんなものはもう必要なくなっていた。事実、グラードの航空宇宙局は数年でA.S.F.・Su-67ベルクトIIを開発している……そんな枯れた技術を更新し続けた意味は何だッ!」


 ヴァレリィの顔が歪む。映像プレートに映し出されるSu-77パーヴェルの動きが直線的になっている。


「隊長ッ! 敵との戯言は止めてください! 俺たちは墜とされるわけには行かないんですよ!」


 動きの悪くなった隊長機リードに、痺れを切らした僚機ウィングがオープン回線にも構わず口を挟む。


「ケイ、まだ撃墜するなよ」


「む?」


 素人目にもわかるほど、動きの鈍くなった敵隊長機リード僚機ウィングの口ぶりから察するに、計画の全容を知るのは恐らくこの電子戦闘空域ではヴァレリィだけなのだろう。

 月臣ツキオミは少し息を吐いて、呼吸を整えた。


「高精度の粒子遮断ダストシールコートの開発が必須だったんだろう? アレは元々宇宙線から機器を守るための技術だ……さっき、ミサイルサイロの写真を見たよ。アレは多分、元々はミサイルじゃない。ロケットだ。宇宙に衛星を上げる為の……アンタたちは……いや、アンタたちも……」


「そうだったらなんだッ! その『ロケット』はもう弾道ミサイルに作り替えられて、ココを狙っているんだぞッ!」


 月臣ツキオミは知る由もないが、おそらくは、夢破れた男の絶叫だった。ニール博士が殺された時、自分達もあんな顔をしていたのだろうか。

 だが同情している暇などない。

 遠くへ、もっと遠い空へ。


 月臣ツキオミの目が、手にしていた小型のタブレット端末へ滑る。


遊佐ユサ


 月臣は信頼するもう一人の名を呼んだ。


隊長機リードのトレースルート終わったよ。発射地点は特定できた。時間稼ぎありがと月ニイ」


「月臣、ASF-X03Sフェイルノートの追加装備も終わったみたいだ。F1のピットインじゃあないんだぞって、猪神シシガミさん怒ってたぞ。わはは」


 九朗クロウが艦内用の通信プレートを周囲に展開した姿で言った。


「後はケイちゃんが巧くやってくれれば、何とかなりそうですね」


 その隣でエレイン。


月臣ツキオミ君が合図して」


 阿佐見アサミが管制官用のヘッドセットを差し出しながら、ウィンクをして言った。その後ろでは篠崎シノサキさんがニッコリと笑っている。


【リニア・ダスト・ロケットブースター換装完了。連結システムアーム・スタンバイ。 いつでも往けます、月臣ツキオミ


 最後にトリスが現れた。

 ASF-X03Sフェイルノートはスレイプニルの甲板に戻ってきていた。


 後部のリニア・ダスト・ラムジェットには追加の補助パーツが取り付けられて、リニア・ダスト・ロケットブースターに姿を変え、機体上部には二本のレールのような粒子制御板が取り付けられている。


「何をした」


「済まないねヴァレリィさん。あのレーザー誘導装置は最終誘導用だ。だから、アンタのA.S.F.をトレースルートして、ミサイルサイロ基地の位置を特定させてもらった」


 嫌味も含まず、ちょっと器具を借りたとでも言いたげに月臣ツキオミが言う。

 ロケットにしても弾道ミサイルにしても、旧世紀の技術を使って作られている以上、精密なデータと誘導は不可欠だ。

 彼のA.S.F.が発射地点のデータを基地に送信しているかどうかは賭けだったが、どうやら巧くいった。


「基地や弾頭が粒子遮断ダストシールコートで覆われていて情報を引き出せないにしても、A.S.F.のルーティング経路なら追うことができる。おおよそ分かれば映像データと旧世代基地のデータと照らし合わせて、位置の特定はわけないさ」


「貴様……電磁加速砲レールガンはもうないのだろう? 高高度でザッパーを撃てるA.S.F.は今ここで俺が押さえ込んでいるんだぞ! これ以上、どうしようと言うのだッ!」


 獅子のようなヴァレリィの咆哮を受けても、月臣ツキオミは余裕の表情を崩さない。


「それは今からどうにかするのさ。ケイと遊佐ユサがね。俺の仕事はもう大方終わってる」


「……月臣ツキオミ君。そのセリフ相当カッコ悪い」


 最後の最後で締まらない月臣ツキオミに、阿佐見アサミが半目に小声でポツリとツッコミを入れた。

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