六章
隠された心
「核だって?」
「――いや違う……これはロケットだ。衛星を打ち上げるのに使う……でもなんで」
自分がそう思いたかったのか。それとも、そう思い込もうとしたのか。
では衛星を打ち上げる為のロケットが、ミサイルサイロに入っている理由は?
「――レベル7
信じられない。
「
「ケイはあの夜、言っただろう? グラードの連中も何かを計画していたんじゃないかって……だから俺はずっと、彼らも同じように……」
それが、どうしてそっちに行ってしまうのか。
「
ケイがいつもとは違う、ザラついた苛立ちを含む怒声で叫んだ。
「さっきの空母のレーザーは
「ちょっとまてケイ、そんなことしたらスレイプニルのストレージが無防備に……」
「熱核兵器だった場合、致死線域は5km以上、爆圧の殺傷領域は20km以上、熱線の影響範囲は50km以上……分かっているわよね
「あの今すぐサイロから発射されたなら、位置関係からして、到達までは約30分……いや、あの写真の段階ではまだ発射シークエンスに入ってなかった。ならまだもう少し余裕が――
「いいから今すぐ逃げて!
最後の言葉は殆ど悲鳴だった。
人類最高値を叩き出す頭脳を持ち、予測演算も最適化演算も
「お前はどうする気だ、ケイ」
「……バリアブル・アレイなら耐えられる」
「耐えられるわけがあるかッ!」
ケイが身を竦める程の声が出て、
「耐えられるはずよ! 父さんは大気圏離脱も再突入も可能なように設計したって言っていた。致死線域からさえ離脱出来れば……」
「
ケイの目を見つめて言う。普段からは想像も付かない、苦悩に歪んだその顔が、いつものように彼女を信用することを拒んだ。
どうしようもなく強がっている顔だ。いくら人に鈍感な
「ダメだ。他の方法を作る――デュプレ! 今戦ってる
【対象は敵機、状況は戦闘中ですが、宜しいですか?】
「構わない。繋いでくれ」
黒髪のデュプレは黄金の瞳を、赤い警告色に輝かせて問うた。
電算調律師の管理者権限で割り込んだ為、トリスと同じで、ケイの指示を飛び越えてタスクが差し込まれる。
「
「グラードのパイロットッ! この作戦の事知っているのか? アンタの上は、熱核兵器で味方ごと
まるでアクション映画のヒーローのセリフだ。そんなことを思いながら、デュプレを経由して、相手の
「……ヤーン、
「んな!?」
まさか相手が返事をしてくるとは思わなかったケイが、素っ頓狂な声を上げる。
「スレイプニル社・電算調律師の
「スレイプニルの……あの銀色のA.S.F.の調律師か」
ヴァレリィが沈黙する。
その間にも、激しい空中戦は続いていた。
二機の
「ちょっと!
追い立てられるケイが、そんなことを言って気を逸らそうとする。
「……確か『ハッブルの瞳』と言ったか。そいつを使ったのか? フェザントはもう衛星軌道までA.S.F.を打ち上げれるのか?」
空中戦は続いているが、ケイとは違い、彼は殆ど
それはつまり、彼がこの作戦を了承して行っているという事だ。
作戦が成功すれば命は無い。そんな作戦。
おそらくは熱核兵器使用の体裁の為に、このヴァレリィと言う男はケイと戦い、そして電子戦闘空域を作り出している。あの時と同じだ。
そして今回は、最新鋭のA.S.F.と最精鋭のパイロット、それを三個飛行隊も犠牲にして行う爆撃作戦。
「どうしてグラードは、そこまでVer2.00を恐れてるんです?」
「お前たちにはわからんよ……正体の分からないモノに脅かされる恐怖など」
「ただのバージョンアップですよ」
「そのバージョンアップとやらで、人が死なない保証はない。事実、十八年前、貴様たちがばら撒いた
「それは……」
もともと
その高出力は
このことは
ヴァレリィが苛立ち紛れにトリガーを引いたのか、
回避しきれないと判断したケイが「ちょッ……とぉぉおおお!?」と、やや調子っぱずれの叫び声と共に急加速。
バリア耐久力と機体剛性に限界までリソースを割り振ったバリアブル・アレイが、機体が赤く発光して見える程輝き、散弾を受け止める。
「
「俺に言うなって」
いつもの調子で言い合って生存を確認。大したダメージは無い様だ。ケイには構わず話を進める。
「
「そうだ」
「アンタそれ、違うんじゃないか?」
ヴァレリィは神妙な顔で言ったが、
「――憎しみなんかで技術は生まれないよ」
それは、ニール博士からA.S.F.が生まれた経緯を聞いた時に出来た、
初めから人を殺す為に作られた技術は、この世には存在しない。剣にしても、銃にしても、今この瞬間、自分たちを狙っている『核』にしてもだ。
「人を殺すための兵器が、憎しみでは生まれない? ふざけたことを」
ヴァレリィが「何を言っているんだコイツは」と顔で言っている。
「
「貴様……何を言ってるんだ?」
「それをクライン教授のようなネットワーク演算技術の権威達と一緒に、粒子センサネットワークという形にした」
「粒子センサネットワークも軍事技術だろうが!」
「軍事技術は、憎しみで作り出すのか? 違うだろ? それも本来は自分達の身を護るためのものだ」
「詭弁を言うな! その傲慢がグラード……いや、お前たち以外の世界がどれだけ被害を被ったと思っている?」
「何かを生み出せば、そこに軋轢が生まれるのは博士たちだって分かっていだろうさ……粒子センサネットワークが世界規模の電磁波障害の引き金になるなんてことまでは、予想出来ていたか怪しいけどな」
「だから何だと言うのだ! 貴様はッ!」
ヴァレリィが激昂する。当然だ。
「予想外だった」と一言で済ますには、
皮肉にも粒子センサネットワークが電力インフラを代替出来たお陰でその後の復興は早かったが、その事実が一層、彼らの神経を逆なでしていた。
電子戦闘空域などという影の戦争が、十八年途切れることなく継続したのも、それが原因の一つであることは疑いようがない。
「じゃあ、アンタたちはどうなんだ?」
「何?」
「
「答えると思うか?」
「答えないなら言ってやる。
ヴァレリィの顔が歪む。映像プレートに映し出される
「隊長ッ! 敵との戯言は止めてください! 俺たちは墜とされるわけには行かないんですよ!」
動きの悪くなった
「ケイ、まだ撃墜するなよ」
「む?」
素人目にもわかるほど、動きの鈍くなった敵
「高精度の
「そうだったらなんだッ! その『ロケット』はもう弾道ミサイルに作り替えられて、ココを狙っているんだぞッ!」
だが同情している暇などない。
遠くへ、もっと遠い空へ。
「
月臣は信頼するもう一人の名を呼んだ。
「
「月臣、
「後はケイちゃんが巧くやってくれれば、何とかなりそうですね」
その隣でエレイン。
「
【リニア・ダスト・ロケットブースター換装完了。連結システムアーム・スタンバイ。 いつでも往けます、
最後にトリスが現れた。
後部のリニア・ダスト・ラムジェットには追加の補助パーツが取り付けられて、リニア・ダスト・ロケットブースターに姿を変え、機体上部には二本のレールのような粒子制御板が取り付けられている。
「何をした」
「済まないねヴァレリィさん。あのレーザー誘導装置は最終誘導用だ。だから、アンタのA.S.F.をトレースルートして、ミサイルサイロ基地の位置を特定させてもらった」
嫌味も含まず、ちょっと器具を借りたとでも言いたげに
ロケットにしても弾道ミサイルにしても、旧世紀の技術を使って作られている以上、精密なデータと誘導は不可欠だ。
彼のA.S.F.が発射地点のデータを基地に送信しているかどうかは賭けだったが、どうやら巧くいった。
「基地や弾頭が
「貴様……
獅子のようなヴァレリィの咆哮を受けても、
「それは今からどうにかするのさ。ケイと
「……
最後の最後で締まらない
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