暴かれた物

「月ニイ、結局はお姉ちゃんに頼っちゃうんだから……」


 ケイが調査データを精査している間に、遊佐ユサが話しかけてくる。


「仕方ないさ。わからんことは専門に投げるのが一番良い」


「僕だってA.S.F.に乗ってるのに」


「いや、遊佐ユサを頼りにしてないわけじゃないぞ? って言うかASF-X03Sフェイルノートはもう遊佐ユサしか乗れないからな……あー、いや……ケイならぶっつけ本番でもやってしまいそうだけど」


「ほら、また」


 迂闊な事を言った月臣ツキオミに、遊佐ユサが拗ねて見せる。


「すまん」


 海上施設メガフロート側の映像は、激しい空戦を映し出していた。

 ASF-X02ナイトレイブンASF-01Fムラクモも防戦一方だ。今こちらに向かっているフェザント、アドラー両軍のA.S.F.が到着するまでの遅滞戦術なので仕方がないのだが、味方が一方的に攻撃を受けている映像は心臓に悪い。


「ケイちゃん反撃も出来なくなってるし、大丈夫かな」


 阿佐見アサミが不安そうに言った。

 それが無茶を言った月臣ツキオミの心にチクリと刺さる。


「時間、掛かってますね」


 エレインも同意見のようだ。

 ケイを信用しすぎだろうか? 計測限界値の情報処理IQアンサラーの持ち主とは言え、彼女は月臣ツキオミと歳の変わらない若い女性だ。

 だけど――


「あいつは……余計な事考えられないぐらい没頭してる時の方が、本気が出るんですよ。本人もきっと気づいてないだろうけど」


 そう自分に言い聞かせるように月臣ツキオミは言った。

 どちらにしろ、今は時間も知恵も足りない。遊佐ユサはまだ経験が圧倒的に足りない。ケイを頼るのが最善の策だった。


 ――それでもし、彼女が撃墜されたなら?

 嫌な感覚がフラッシュバックして「ケイ」とその名を呼び掛けた時、思考と演算を終えた彼女から通信が入った。


遊佐ユサッ! 限界高度まで上昇して『ハッブルの瞳』でグラードを見なさい・・・・・・・・・!」


「えっと……」


「行け、遊佐ユサ


「はいッ!」


 唐突な事に戸惑った遊佐ユサの背中を押す。

 素直な彼女は直ぐに戸惑いを捨てて、ASF-X03Sフェイルノートの機首を上天に向けた。


「リニア・ダスト・ラムジェット、固定式加速レール弾カートリッジ!」


【リニア・ダスト・ラムジェット、巡航モード。トリガー】


 解放バレル式のリニア・ダスト・ラムジェットの砲身に、空中固定された細長いカートリッジ・アレイが形成され、それをカタパルト・レールにして磁気加速リニア

 弾けるように銀の機体が上昇した。


「無茶を言った。すまん」


 月臣ツキオミが頭を下げたが、ケイの反応は予想とは違ったものだった。


「何言ってるの月臣ツキオミ。私の予測通りなら……マズいわよ……」


「また『マズい』か……いったい何が……」


 それはおそらく、スレイプニルの関係者全員が、ずっと感じていた違和感だったのかもしれない。

 一度目の襲撃はニール博士が標的だと思われていた。しかし、その後大した研究を行っていたわけでもないスレイプニルを、彼らは再び襲撃した。

 何とか退けたことで、月臣ツキオミ自身、それに社長を含めた呑気な社員たちは何事もなかったと喜んだ。

 しかしグラードほどの大国が、何の理由もなく極東のベンチャー企業に強襲を掛けるわけがなかったのだ。


      *


「成層圏に突入! トリス! まだいける!?」


 リニア・ダスト・ラムジェットで対流圏を突破した遊佐ユサが、トリスの状態を気にして聞いた。

 対流圏を巡る様に設計されている粒子端末グリッターダストは、成層圏にはほとんど存在しない。高度二万メートル。ここはA.S.F.の限界高度を超えた空だった。


粒子端末グリッターダスト濃度低下――インターフェース・エミュレートを一時凍結――『ハッブルの瞳』による観測走査へリソースを配分――撮影のトリガーを遊佐ユサに譲渡――】


 返事をしたトリスは、普段の抑揚を持った喋り方ではなく、機械合成の無調律音声のような平坦な声で答えた。


 トリスの出力低下の影響で、ASF-X03Sフェイルノートが怯える様に震動している。高高度に加えてリニア・ダスト・ラムジェットの加速、そして演算領域ラプラス具現領域マクスウェルを支える粒子端末グリッターダストの希薄な空。機体制御が追いついていない。


「もう少し、もう少しだけ頑張って、トリス……!」


『ハッブルの瞳』が映し出す映像を、遊佐ユサもピックアップして精査する。


「何が、グラードに何が……普通の基地じゃない、お姉ちゃんが『ハッブルの瞳』でと言うんだから……きっと」


【出力低下に伴い、演算能力が低下しています――】


「ダメだよ、トリス。気をしっかり持って!」


 単なる状況報告なのだが、まるでトリスの弱音のように聞こえて、遊佐ユサはヒトを励ます様に言った。


演算領域ラプラスの出力が安定しない……このままじゃ……」


【――遊佐ユサ――ザザ――演算領域ラプラスです――『ハッブルの瞳』は演算領域ラプラスの見えないものを――ザザ――】


 トリスの姿にノイズが走る。粒子センサネットワークから離れすぎて、トリスの映像を投射している具現領域マクスウェルが維持できなくなっている。


演算領域ラプラス……粒子遮断ダストシールコート……見えないモノ……社長! 粒子センサネットワークより以前のグラードの基地情報を下さいッ!」


 遊佐ユサが叫ぶ。


「おーけー、今送る」


 九朗クロウが淀みなくデータを呼び出して送る。さっきの空母のデータといい、どうも事前にグラード関連のデータをピックアップしてあった節があった。

 エレインの方を見ると、彼女が明後日を向いて端末ボードの陰で小さくVサインをしていた。


「トリス、データ照合……大丈夫?」


【リソースが限界――いいえ――大丈夫です――】


 酷いノイズが走る体と、赤い警告色の瞳で、トリスはそう答えた。

 粒子端末グリッターダストの濃度が低下して、演算領域ラプラスの出力が確保できない為、ずっと待機モードへの移行ルーチンが走っている筈だ。

 遊佐ユサが意図的に解除している節はない。トリスが自分の判断で、そのルーチンをキャンセルしている。


「ピックアップ」


【照合――開始】


 無数にあるグラードの旧基地施設。それらを光学レンズで一つ一つ覗く作業。

 演算領域ラプラスの出力の低下したトリスには、遊佐ユサのサポートがあっても相当の負荷の筈だ。何の手助けも出来ない上空二万メートル。

 月臣ツキオミは自分の手掛けた二人が上空で奮闘する様を、歯を食いしばって見守るしかなかった。


月臣ツキオミ、まだなの!? 急いで!」


 珍しく焦れたケイの声。

 遊佐ユサに直接言わず、月臣ツキオミに回すあたりが彼女らしい。


「高高度で粒子端末グリッターダストが薄いんだ。トリスの演算領域ラプラスの出力が安定しない。フリーズしてないのは奇跡だよ」


「君の調律したトリスがそう簡単にフリーズするわけないでしょうが。遊佐ユサも乗ってるのに――それより急がせて。ああもう! ASF-X03SフェイルノートにVer2.00が積んであれば……」


 ケイはそう言いながら、未だSu-77パーヴェルとの激しい空中戦を繰り広げている。


 粒子端末グリッターダストVer2.00。増槽内で占有領域インスタンスと呼ばれる演算領域ラプラスを構築できるソレがASF-X03Sフェイルノートに積んであれば、高高度でも通常通りの観測が出来ただろうが、それを今いっても始まらない。


「ケイが足止めされてなければ……」


 月臣ツキオミも、弱音を吐きかけた時だった。


「見つけた! 見つけたよ月ニイッ!」


【映像――転送――機能停止――シャットダウンを処理――】


 送られた映像を最後に、ASF-X03Sフェイルノートからの通信が途絶える。


遊佐ユサ! トリス! 返事をしろ! 再起動だトリスッ!」


 通信途絶に動揺して叫ぶ月臣ツキオミ。しかし、それを尻目に、スレイプニルの艦橋は張り詰めた空気に支配されていた。


「――月臣ツキオミ君、アレは……」


「オイ月臣ツキオミ、アレは本当にマズいぞ……」


 阿佐見アサミ九朗クロウが口々に月臣ツキオミの名を呼ぶ。


「今それどころじゃ……一体なんだって――」

 

 遊佐ユサとトリスが決死の撮影で送ってきた映像には、旧時代のサイロが映し出されていた。ミサイル基地だ。そのドーム状の天井の一つが開き、昏い穴をポッカリと開けている。

 通信の途絶した二人の事が気になりながらも、しぶしぶと振り返った月臣ツキオミに、ケイが静かに、その昏い穴に収められている物の名を告げた。


「演算電磁波による世界災害。その報復に使おうとされて、A.S.F.が封じ込めた旧世界の遺物――大陸間弾道ミサイル……弾頭は恐らく……『核』……」

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