ケイの救援

「何で遊佐ユサが迎撃に出てるのよ月臣ツキオミッ!」


 中空の粒子端末グリッターダストが、新たな通信ウィンドウを表示するなり飛び込んできたのは、ケイの怒声だった。


「すまんケイちゃん、演算領域ラプラス防御だけで、やり過ごす予定だったんだが……」


 今回ばかりは、月臣ツキオミに変わって、九朗クロウが申し訳なさそうに弁明する。


「いや、いい九朗クロウ――未完成のASF-X03Sフェイルノート遊佐ユサを迎撃に上げたのは俺のミスだ」


「未完成ですって!? 月臣ツキオミ、アナタ……」


「いや本当に済まない。ソレは後で改めて謝るから、それよりも話を聞いてくれ。お前の所見が聞きたい」


「なら急いで言って。謝って済むうちに」


 ケイが鬼気迫る顔で怒鳴る。

 こうやって喋っている間にも、遊佐ユサは三機のSu-77パーヴェルに追い立てられている。

 性能も空戦機動も癖もすべてエミュレートされて丸裸にされた状態だが、それでもトリスと共に辛うじて相手の予測を上回り、食い下がっていた。

 しかし、ケイのASF-X02ナイトレイブンはまだホーミング・ザッパーの射程圏外。


「あの電磁加速砲レールガン、こっちにも積んでてくれれば……」

「ケイ、あのSu-77パーヴェルは、直衛に上がったASF-X03Sフェイルノートを一直線に狙ってきた。何か心当たりはないか?」


 計測限界値の情報処理IQ保持者『アンサラー』

 その能力の本質は月臣ツキオミの知りうる限り、情報を並列比較処理することが出来る能力だ。あらゆる環境とスペックを比較し、演算領域ラプラス具現領域マクスウェルを最適解で運用することが出来る。

 感性に頼る月臣ツキオミとは真逆の能力だが、それゆえに月臣ツキオミはケイの能力をよく信頼していた。彼女なら、状況データからグラードや対外諜報局S.V.R.の狙いを類推できるのではないか、と――


月臣ツキオミ……私はAIGISアイギスじゃないわよ」


 苛立った声。月臣ツキオミが、トリスたちと話す時と、同じ調子で問いかけたことがケイを苛立たせていた。


「あ……スマン。だが、今はそんなことを言って――」


「――あれ以来、フェザントやカドクラに対して諜報戦を主体にしていた対外諜報局S.V.R.が、小細工なしで電子戦闘空域を仕掛けてきていのるなら、狙いはASF-X03Sフェイルノートかスレイプニルで間違いない。スレイプニルの今の価値は何?」


「……既にASF-05Fオオトリの開発は公表されている、コンペ落ちのASF-X03Sフェイルノートには、他国が干渉するほどの価値は無い筈だ」


「なら、やっぱり電磁加速砲レールガンか、『ハッブルの瞳』かケイちゃん? でもなんで?」


 九朗クロウが口を挟む。


「社長……私たちが『何故そんなものを』って思うのは、自分の視点や状況を比較シートに使っているからよ。本来、比較するのは相手の視点や状況。ただし、AIGISアイギスもどきの私に聞かれても、知りえない情報を比較することは出来ないのよ」


 ケイは月臣ツキオミを見つめながら、ひっそりと皮肉を混ぜ込むが、当の月臣ツキオミはそんなものはどこ吹く風。


「……そうか……ASF-X03Sフェイルノートに関わる何か。それがグラードの何かの計画に不都合があるんだな? だから、連中は『Ver2.00』でなく、スレイプニルを狙ってきた……なるほどそれなら合点がいく。さすがケイだ」


 と、素直に喜んで褒めてくるものだから、タチが悪い。


「でもそれじゃあ、グラードの目的って、何?」


 と、阿佐見アサミが根本的な問題を述べた。


「それが分かれば苦労しない……ってオチか」


 九朗クロウが残念そうに言う。


「所詮、計測限界値の情報処理IQ保持者アンサラーなんて言ってもそんなもんよ社長。神託の類を下してあげることは出来ない。この場合、諜報組織を頼った方が良い。けどやれることもある――阿佐見アサミさん」


 不甲斐ない自分。それを悲しむような表情を一瞬見せた後、阿佐見アサミを呼んだのは、エースパイロットのケイの顔だった。


「おっけい、繋ぐよ」


 阿佐見アサミが察して答える。

 話している内に、レーダー上、ASF-X02ナイトレイブンの光点は、ホーミング・ザッパーの射程圏内に入りつつあった。

 息をのむ艦橋。


「――遊佐ユサ、合わせなさい!」


「お姉ちゃん!」


【ロングレンジ・ホーミング・ザッパー、Fox-Two】


 ASF-X03ナイトレイブンから放たれたのは、Ver2.00を象徴する赤い粒子のロングレンジ・ホーミング・ザッパー。

 黒い機体を保護しているバリアブル・アレイには、占有領域インスタンスを生かしたステルス機能も備わっている。

 と言っても、グラードの粒子遮断ダストシールコートと違い、演算領域ラプラスを展開、周囲の粒子センサネットワークに干渉していることには変わりなく、ホーミング・ザッパーの射程圏内に付近でそのステルス効果は消失する。

 だが、コンマ以下のタイミングを観測する事が出来るケイにとっては、不意打ちに生かせる性能であった。


「トリス、お姉ちゃんのザッパーに合わせて仕掛けるよ!」


【耐Gコントロール、スライスバック】


 不意に飛来した赤いザッパーに、遊佐を追う三機の攻撃の手が一瞬止む。

 リソースを防御へ回したせいだ。

 旋回するASF-X03Sフェイルノートに合わせて、コックピットの天井側に敵機の映像が見える。

 三機はフレア・アレイを撒きながら散開していた。

 絶好のチャンス。

 敵三番機に狙いを絞り――


【リニア・ダスト・ラムジェット、点火】


 電磁加速砲レールガンが、空中に固定された具現領域マクスウェルの砲弾を撃ち出す。疑似的なカタパルト効果でASF-X03Sフェイルノートは轟音と共に急加速。


「ちょいさぁッ!」


 急接近から、すれ違い様の近接射撃。プラズマ溶断光刃アーク・スライサーが閃く。

 敵三番機が強引なバレルロールで辛うじて位置をずらし、身を躱そうとするその翼を、夜空の闇ごと、蒼い光線が切り裂いた。


「――外した!?」


「かすめてる。十分よ遊佐――それにしても……電磁加速砲レールガンをブースター替わりに取り付けたの? 月臣ツキオミ


「まだ未完成だけどな」


 翼を失った敵三番機は、具現領域マクスウェルを用いて疑似的な翼を形成。飛行を続ける。しかし、疑似主翼の構築にリソースを取られて、もうまともに戦闘は出来ないだろう。

 十分なダメージだった。


 それに、被弾したSu-77パーヴェルをカバーするように、旋回した他の二機が遊佐ユサを追っている。その背後を取るように、ASF-X02ナイトレイブンがつけた。


「あの時の黒い奴か!」


 敵の一人がオープン・チャンネルでそう叫んだ。


「――あの時……あの時の?」


 昏く、ドロリとした感情がケイの口から零れる。


 次の瞬間、二本の赤いプラズマ溶断光刃アーク・スライサーが放たれた。

 不注意な発言をしたパイロット――アンドレイの乗るSu-77パーヴェルの両脇を、赤い閃光が走った。虚を突き、機体を狙っていない射撃。アンドレイとAIGISの思考が一瞬の間、フリーズ。

 その間を逃さず、ASF-X02ナイトレイブンはバレルロール。照射状態のまま赤いプラズマ溶断光刃アーク・スライサーがハサミのようにゆっくりと内側に閉じ、二重螺旋を描く。


 その悠長とも云える攻撃に、シールド二枚で防御出来るものを、アンドレイは何を思ったか、早々に回避運動シザースを選択してしまう。

 そしてAIGISアイギスまでもが、その選択を容認。

 理論上、十分回避可能な攻撃。そしてA.S.F.戦において、演算領域ラプラスのリソース管理は最重要項目。

 回避可能な攻撃は回避する。アンドレイの選択は、基本としては間違っていない。


 しかし基本的選択ゆえに、二重螺旋を描いていた閃光の刃が、突如狙いも定めず不規則に機体周辺で振り回される事を予測できなかった。

 回避運動シザースした機体が、吸い込まれるようにプラズマ溶断光刃アーク・スライサー触れ、自ら切り裂かれる。


「なん――」


 アンドレイは最後までその言葉を言うことが出来なかった。

 運悪く、赤い閃光はSu-77パーヴェルのコックピットを直撃。アンドレイはプラズマの光の中に飲み込まれたのだった。


「アンドレイッ!」


 敵隊長機の悲痛な叫びが響く。


      *


「本部、例のアンサラーの急襲を受け、三番機被弾、二番機が撃墜された。作戦の続行は不可能。離脱する」


 ヴァレリィが本部――マロウ局長へそう告げる。

 応答は返ってこない。

 その間にもヴァレリィは、ブラドをカバーしつつ離脱軌道に入った。

 黒いA.S.F.――ASF-X02ナイトレイブンは、それ以上深追いはしてこない。


「了解した。帰還しろヴァレリィ――航空宇宙局からの通達があった。プランBへ移行する」


 マロウ局長が、遅ればせながら、押し殺した声でそう言った。

 決断を迷うなど、彼らしからぬ事であった。


「どういう事だ、局長」


「先ほどの交戦データから、航空宇宙局は直接打って出る気になったようだ。気にするな……こうなる予感はあった」


「次は電子戦闘空域では済まないか……」


「体裁だけは整えるだろう……が、おそらくお前も出ることになる」


「アンドレイの代わりが必要だ」


 無念そうにヴァレリィは言った。


「早急に用意させる。機体もだ。作戦までに我々も戦力を立て直す必要がある」


 マロウ局長は思いつめた顔で、ヴァレリィにそう告げたのだった。

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