AIGIS

 高度を取る遊佐のASF-X03Sフェイルノート

 それを追従するように、三機のSu-77パーヴェルが弧を描き、青いプラズマのミサイル――プラズマ誘導弾頭ホーミング・ザッパーを射出。

 それに対し、ASF-X03Sフェイルノートは三分の一回転ロールして、フレア・アレイを放出。楯にする形で斜め方向に急降下。位置エネルギを速度へ変換スライスバックし、加速する。

 背後に迫る三機の最後尾を強襲しようとするが、先頭の隊長機から放たれた、プラズマ溶断光刃アーク・スライサーがその進路を遮り、変えさせる。

 攻撃を失敗した遊佐ユサは、そのままリニア・ダスト・ラムジェットを点火。爆発的な加速に乗って、ロールしながら機体を振る垂直ローリング・シザースで上昇。

 これで二度目のアタックだった。


「また、失敗……!」


【敵隊長機は小隊防御に徹し、両翼二機が波状攻撃。模範的なアロー・フォーメーションです】


 トリスの報告通り、隊長機の攻撃に追い立てられて回避運動シザースで上昇するASF-X03Sフェイルノートを、後続二機の蒼いザッパーが追い、炸裂する。

 状況は再び、上空を取る遊佐ユサを、特務十三分隊が低空から追う形に戻った。


「マズいわね」


 ポツリと阿佐見アサミが言った。


「どういうことです?」


「……あ、そうか。ケイちゃんじゃないって、そろそろバレるな」


 と、九朗クロウ


「だからどういう事だ?」


「ケイちゃんが――計測限界値の情報処理IQ保持者アンサラーが、模範的な隊形を相手に、二度も攻めあぐねないってこと」


 月臣ツキオミに説明するでなく阿佐見アサミが言う。

 ケイの戦闘経歴をほとんど知らず気づいていなかった月臣ツキオミだが、その言葉を聞いて、要点をすぐさま理解した。


「トリス、こっちの戦力を解析された! 攻勢が来る。防御を優先しろ!」


【管制指示了解。リソース配分、防御アレイ優先へ変更】


「ちょ、月ニイ、勝手にトリスを使わないで!」


「遊佐もだ。相手の攻撃に備えろ、一気に来るぞ」


 しかし月臣ツキオミの知識はあくまで受け売りだが、旧スレイプニル社管制塔での、侵入部隊の手際の良さが脳裏に蘇っていた。


【敵機、ブースター・アレイ展開】


 月臣ツキオミの言葉を裏付けるように、トリスが告げる。


「うわ、ホントに来た! 確か、三機編成の先頭がブースター・アレイを使った場合は、後続二機が、攻撃――」


【後続二機、ホーミング・ザッパー射出】


 遊佐の読みに被さって、再びトリスの音声。ホーミング・ザッパーはけん制。フレア・アレイで躱すとして、その後の択は二つ。

 一つは、高度を速度に変換するスライスバックやスプリットS等の空戦機動マニューバで下方へ旋回し、正対会敵ヘッドオン

 もう一つは、回避しながら高度を稼いで優位を維持するシャンデルやインメルマンターン。

 遊佐ユサが選択したのは、後者。


「リニア・ダスト・ラムジェット、再点火!」


【耐G限界間近です遊佐ユサ


「ギリギリ一杯まで速度を稼いで、普通に上昇したら食いつかれる!」


【了解、下半身を加圧固定。バイタルチェック常駐、血圧コントロール。コックピット内酸素濃度調整。ただし耐G調整不足により、ブラックアウト閾値しきいちまで、数秒しか補正できません】


「十分、一気に上昇して振り切るよ! フレア・アレイ放出!」


 遊佐ユサASF-X03Sフェイルノートは、リニア・ダスト・ラムジェットの轟音を轟かせて、斜め四十五度に空を駆け上がった。


      *


「ヴァレリィ隊長! 奴は上へ距離を取った・・・・・・・・――」


 ASF-X03Sフェイルノートの上昇する空戦機動マニューバを見て、アンドレイが確信したように叫んだ。


「――この弱腰、あの時の計測限界値の情報処理IQ保持者アンサラーじゃあねぇ!」


「アンドレイ、油断をするな。あの黒い機体のパイロットでなくても、こいつは準アンサラー・クラスだ」


 慎重な性格のブラドが窘めた。

 正反対な二人の意見を吟味し、ヴァレリィは決断する。


「……各機、様子見はここまでだ。仕留めに掛かるぞ」


 爆発的な加速で上空へ逃げるASF-X03Sフェイルノートを追って、三機のSu-77パーヴェルも空を駆け上がった。


「クソ、上昇性能が段違いだ!」


 アンドレイが叫ぶ。先ほどからこの性能差を巧く使って、逃げ回られていた。機体後部に取り付けられた電磁加速砲レールガン。ソレが加速の要因ということは見て取れる。


「アレが航空宇宙局の警戒する電磁加速砲レールガン……だが何故、奴らは砲として使わず、ブースターとして使っている?」


 確かに、その加速力――特に上昇性能は凄まじいが、逆に言えばそこまでの代物だ。対外諜報局S.V.R.が躍起になって潰そうという、それほどの物には思えない。


「何を隠している、マロウ局長……」


 ヴァレリィは、他の部署の機密を知る立場にはない。諜報局員としての矜持から、その事に疑問を持ったこともない。

 だが、このフェザントに纏わる一連の任務に、ヴァレリィは長い間、違和感のようなものを感じていた。

 理由は分からない。諜報員としての勘のようなものでしかない。だが確かに、噛み合わないボタンのような違和感が引っかかっていた。


【敵機、ブレイク】


 Su-77パーヴェルAIGISアイギスカルルの音声に、瞬きの間、思考の迷路に絡めとられていたヴァレリィの意識が、戦闘空域に引き戻される。


「来るぞ! 各機迎撃!」


 正対会敵ヘッドオン

 ヴァレリィ機は垂直上昇のまま回転回避運動ローリング・シザース具現領域マクスウェルがフレア・アレイと自立シールド・アレイを構築、散布する。一瞬遅れて、ASF-X03Sフェイルノートから放たれたプラズマ溶断光刃アーク・スライサーが月夜を切裂いて閃いた。


 自立シールド・アレイが、レーザービームのようなプラズマ溶断光刃アーク・スライサーの軌道を遮るように整列し、防御。

 スライサー光が途切れたのを確認して、ヴァレリィ機は旋回ブレイク


 更に後続の二機が、必殺のタイミングでプラズマ溶断光刃アーク・スライサーを放つが、ASF-X03Sフェイルノートはそれを縫うように回転回避運動ローリング・シザース。数瞬、スライサーの照射圏内を掠めるが、展開されていたバリア・アレイの耐久値を抜けず、結果何事も起こらずに三機と一機はすれ違った。


「クソ、アレを回避するのか!」


 アンドレイがコンソールを叩かんばかりの勢いで叫ぶ。


「いや、カミヤならば、すれ違い様にもう一撃されていた。問題ない、このまま追い立てるぞ」


 アンドレイを鼓舞するように言いながら、先に旋回してASF-X03Sフェイルノートの背後に付けていたヴァレリィは、相手の回避旋回ブレイクを誘導するようにホーミング・ザッパーを放つ。


 旋回した先で、再びアンドレイ、ブラド機が正対会敵ヘッドオン

 しかし今度は電磁加速砲レールガンの轟音を轟かせて、垂直方向へ逃げられるバーティカル・シザース

 あのブースターとして装備された電磁加速砲レールガンの上昇力は厄介だった。


 だがそれも時間の問題。以前、ヴァレリィ達も行った地点維持の為の防衛空戦機動――しかしそれは、AIGISアイギスを有するA.S.F.の戦闘では本来悪手なのだ。


【敵機パラメータ解析完了しました。比較表示。加速ステータスが本機を遥かに上回っています。エミュレート補正中】


「解析が終わった。各機データリンク、次で仕留めるぞ」


 上昇するASF-X03Sフェイルノートを、三機のSu-77パーヴェルが追う。


      *


「くっ!」


 急上昇するASF-X03Sフェイルノートに喰らい付くようにホーミング・ザッパーが迫り、至近で炸裂。遊佐ユサの口から苦悶の声が漏れる。

 直撃ではないもののバリア・アレイの耐久値が大きく削られ、再構築に演算領域ラプラスのリソースを裂かれる。

 慌ててブレイク。

 しかし、降下で速度を稼いで追尾ロー・ヨー・ヨーした一機が、下からプラズマ溶断光刃アーク・スライサーで襲い掛かる。

 バレルロールからの急加速で、危うく回避。


 相手の攻勢は激しさを増し、反撃の機会はほとんど失われていた。

 加速力の差を生かして強引に差し込もうとしても、常にリソースを余らせている敵隊長機の迎撃や防御に阻まれる。


「そろそろ、解析されたかな? 月ニイ」


 追撃のホーミング・ザッパーをフレア・アレイで躱しながら、遊佐ユサ月臣ツキオミに助けを求めた。

 息が荒く、脈も高い。スレイプニル艦橋に表示された遊佐ユサのバイタルは、微熱ほどの体温を示していた。


「戦闘経験豊富なAIGISアイギスとそのパイロットなら間違いなく……ここまでだ、離脱しろ遊佐ユサ


 月臣ツキオミの言葉に、遊佐ユサは首を振る。


「ダメだよ月ニイ。僕はまだ戦ってる……戦える。この三機の編隊を崩すのは無理かもしれないけど、せめてフェザントかアドラーの援軍が来るまで持たせれば……」


遊佐ユサ、ステータスによる優位をエミュレートされています。回避パターンセットをすべて変更してください】


「了解」


「トリス!」


【……目的の為、私は自らに限界以上のスペックを要求しています。これはエラーでしょうか月臣ツキオミ。私は、遊佐ユサの望みを支えたい】


「トリス……お前……」


 月臣ツキオミは立ち尽くして、死力を尽くして戦う二人を見つめていた。

 再び襲ってきた対外諜報局S.V.R.。自分が改修設計したASF-X03Sフェイルノート。そして、何かを掴みかけている遊佐ユサとトリス。

 それらすべてが、今は亡きニール博士の謀りにすら見える。

 月臣ツキオミの知らない何かが、そこにある気がした。


「しかし……」


 今の遊佐ユサに勝ち目はない。リニア・ダスト・ラムジェットが完全であれば、勝てる可能性もあったかもしれない。

 だが、その推力を最大限に引き出すには、コックピット内の具現領域マクスウェルが人体の血流を制御できるレベルの、耐G制御の調律が求められる。

 トリスの基本戦闘調律を優先した、そのツケが回ってきていた。

 今となっては、月臣ツキオミにはどうすることも出来ない。


遊佐ユサ、トリス、ダメだ! 俺のミスだ、二人とも離脱しろ!」


 月臣ツキオミが無力感からそう叫ぶ。

 それに応じたのは、新たな機影を捉えたトリスの言葉だった。


【新たな演算領域ラプラスの、電子戦闘空域へ接触を確認。機体識別は――】


 そこで一瞬、トリスが言葉を詰まらせたように感じたのは、月臣ツキオミの気のせいだろうか?


【――ASF-X02ナイトレイブンです】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る