洋上の会敵


ASF-X03Sフェイルノート発進位置確認。チェック・シークエンス」


【機体制御モジュール良好。演算領域ラプラス、最大出力で展開。戦闘用アバター、投影します】


 コックピット内に、銀色のスーツを纏ったトリスの姿が投影される。


「発進シークエンス、オールグリーン。ヨーコちゃん、いつでもいいよ」


 遊佐ユサがそう言うと、阿佐見アサミは――コホン――と一つ咳払い。


「いくよー! 一番カタパルト、ASF-X03S・フェイルノートS型、発進ッ!」


 大仰な物言いで、阿佐見アサミがマイクに叫ぶと、闇夜を切って誘導灯が落とされる。一瞬遅れて、電磁加速カタパルトの加速音が甲板から艦橋まで響いた。

 離陸。

 月夜を銀の翼で切り裂いて、ASF-X03Sフェイルノートは高く空へ舞い上がる。


「リニア・ダスト・ラムジェット、ON」


具現領域マクスウェル、ラムジェット・アレイ展開】


 トリスが告げると、ASF-X03Sフェイルノートの後部に取り付けられた電磁加速砲レールガンの砲身を囲う様に、三つの円盤型のブースター・アレイが出現。

 空中映像プレートやシールド・アレイと同じ原理で空間座標に固定した加速用弾体アレイを、電磁加速砲レールガンが疑似射撃することで爆発的な推力を得て、機体は急加速。

 電磁加速レールで十分に速力を稼いでいたASF-X03Sフェイルノートは、更なる加速でマッハ3を超えて、あっという間に月夜の空に消える。


遊佐ユサ、リニア・ダスト・ラムジェットは対超高G制御の調律が完成していなくて、出力の一割程度しか使えない。トリスの性能は保証するが、ASF-X03Sフェイルノートの機体性能は、まだASF-1系列に毛が生えた程度のものだから、本当に無理はしないでくれよ」


「了解だよ、月ニイ」


 遊佐ユサが短く返事をした。以前の電磁加速砲レールガン試射の時とは、別人のようだ。


「落ち着いてるな……遊佐ユサ


「そりゃメンタル面は、オンオフ自在になるよう、曜子ヨーコちゃんがビシバシ仕上げましたから」


 右手を挙げて二の腕を叩くポーズをしたのは、隣に座っている阿佐見アサミだ。


阿佐見アサミさんが言うと、どうにも説得力が欠片もないですね」


 遊佐ユサ阿佐見アサミのような性格や仕事ぶりになるのは、できれば勘弁してもらいたい、などと考えて居ると、エレインと作戦プランを立てていた九朗クロウがやってきた。


「高度を維持したまま、スレイプニル上空を防衛旋回します。向こうが動くまではこのままで良いんですか?」


遊佐ユサちゃん、敵の狙いは恐らくノースポイント海上施設のアルテミス・ワークス社だ。スレイプニルの航路が敵機の進路を横切っているだけだから、やり過ごせるならやり過ごしていい。対演算領域ラプラスの電子戦だけ済むなら、それに越したことはない」


「了解」


 やや緊張した面持ちで言う九朗クロウを見るのは、月臣ツキオミにもあまりない経験だった。


九朗クロウにしては、ずいぶん消極的だな」


「戦闘指揮なんて、専門外だしな……それにケイちゃんならともかく、遊佐ユサちゃんに三対一をやらせるわけにも――」


「――社長? お姉ちゃんならともかく、ってどういう意味?」


 空中映像プレートから、器用に九朗クロウを睨みつけたのは遊佐ユサだ。


「あー、いや、アレだよ。そうアレ。戦闘経験の差があるだろう」


「いいですけどね、みんなしてお姉ちゃん、お姉ちゃんって」


「拗ねるな拗ねるな」


 塞ぎ込んでいたの時の印象を引きずっていたせいか、遊佐ユサも意外と負けん気が強いことを忘れていた。


「まあ、九朗クロウの言い方はともかく、やり過ごすことに越したことはない。遊佐ユサ、こっちからは手を出すなよ」


「わかってるよ月ニイ」


【敵機直進。演算領域ラプラス接触まで後20秒】


演算領域ラプラス接触まで残り……5……4……3……」


 阿佐見アサミのカウントダウンが、随分とゆっくりに感じられた。


「――2……1……エンゲージ!」


【電子戦闘空域の成立を確認、トリガーロック解除】


 スレイプニル社上空での、二度目となる電子戦闘空域。今回は接触のみで終わるはずだが、それでも艦橋には緊張が走った。


【敵機、ロングレンジ・ザッパー、射出】


ASF-X03Sフェイルノートを狙ってきた!?」


 トリスの報告と遊佐ユサの驚きの声に、艦橋の緊張が更に張り詰める。


「どういうことだ? グラードの狙いはアルテミス・ワークスじゃないのか阿佐見アサミさん」


「いや、あたしに聞かれても……」


 九朗が思わず、元軍人の阿佐見アサミを問い詰めるが、詮無い事だった。


「――遊佐、回避だ!」


「もうやってるよ!」


【回避運動、フレア・アレイ――リリース】


 月臣ツキオミが気付いて叫んだ時には、既に艦橋の映像プレートはフレアを撒きながら急旋回するASF-X03Sフェイルノートの姿を映し出していた。


「向こうの勘違いってことは……ないよな」


「グラードの対外諜報局S.V.Rが、作戦対象を間違えるなんてことは……さすがにちょっと」


 阿佐見アサミが困り顔で、九朗クロウの言葉を否定する。


「奴らの狙いは粒子端末グリッターダストVer2.00だったんじゃないのか? あの動きはどう見てもASF-X03Sフェイルノートを狙っている……狙いは電磁加速砲レールガンか? いやそんな馬鹿な……」


 未だ信じられないと言った顔で、九朗クロウが言う。おそらく遊佐ユサを出撃させたのを後悔しているのだろう。月臣ツキオミは以前、阿佐見アサミが「社長は、社長としては超一流なんだけど……指揮官としては三流なのよね」と言っていたのを思い出していた。

 それを聞いた時は、九朗クロウも苦労しているなと思う程度だったが、切迫した状況も二度目となると、阿佐見アサミの言わんとする所も理解できる。


月臣ツキオミ


 独り言の中から、九朗クロウ月臣ツキオミを呼ぶ。


「なんだ?」


「あの『ハッブルの瞳』博士のなんか虎の子の研究だったりとかは――」


――スパーーン!

 小気味のいい音を立てて言葉を遮ったのは、エレインの持っていたボード型の端末。

 それが九朗クロウの頭を張り倒した。


「社長、シ・ゴ・ト、してください」


 エレインのアンダーフレームの眼鏡の下に光るのは、見たこともない野獣の眼光であった。


「す、すまんエレイン」


 余計に狼狽えて、九朗クロウ


月臣ツキオミ君も、ビビっていたら容赦なく行きますよ」


 端末ボードを構えてエレイン。尚、強化プラスチック製の民生品ではなく、軽量合金製の軍用品である。絶対に痛い。


「あ、はい――動揺するな九重ココノエ社長! こっちがゴタついてたら、遊佐ユサがやられるんだ! しっかり指示を出せ!」


 成り行きでひどい流れ弾が飛んできたので、月臣ツキオミはとりあえず九朗クロウに向けて打ち返した。


月臣ツキオミ、おま……こういう時のエレインは、ホントに怖いんだからヤメろ」


 しかしソレでお互い、肩の力が少し抜ける。


遊佐ユサちゃん、無事か」


 いつもの余裕のある社長然とした……かどうかはともかく、いつもの九朗クロウに戻って、前線に立つ遊佐ユサに話しかける。


「三人のコントを聞く余裕がある程度にはね」


 珍しく辛辣な遊佐ユサである。事実、現在も三機からのロングレンジ・ザッパーに追い立てられて、防戦一方だ。

 だが反撃は出来ないまでも、追い立てる三機のA.S.F.のザッパーを十分に捌いて見せていた。


「やっぱり先制攻撃ファスト・ストライクから、数の有利で一気に来ない……社長、艦内に侵入者は?」


「ない筈だ。甲板にも艦内にも、監視用の光学カメラが満載。月臣ツキオミに全部トリスと同期してもらってある」


 遊佐の戦闘をつぶさに見ていた阿佐見アサミが、九朗クロウに聞くが、さすがに民間企業のスレイプニルと言えど対応済だ。

 そもそも空母を社屋にしたのが、工作部隊への対策の一環なのだから、やすやすと侵入されるようでは話にならない。


 ならば理由もなく勝機を逃す相手ではないはず。実戦経験のない遊佐ユサが相手ならば、数の優位で一気に押しつぶすことも可能なはずだが、それを仕掛けてこない。

 何かを警戒している。


「連中の警戒する要素……以前の戦闘の事を考えると、Ver2.00の占有領域インスタンスか、或いは……ケイと勘違いしているのか?」


「よし、遊佐ちゃん、そのままケイちゃんのフリを……ふご」


 そんなことを言いかけた九朗クロウの口を、半目のエレインが両手で素早く防ぐ。


「そんなこと言って、遊佐ユサちゃんがヘソを曲げたらどうするんですか社長」


「いやいや、遊佐ユサちゃんだって、それぐらいは弁えてるだろ」


 エレインの手を引きはがした九朗クロウがそう反論するが、


「社長、女の子は繊細なんです。そういう無神経はどうかと思いますよ?」


 と阿佐見アサミにバッサリ切って捨てられた。


遊佐ユサちゃんに甘すぎないかこの会社……」


 自社へ妙な評価を下す九朗クロウに、月臣ツキオミは「お前もそうだろう」と、呆れるしかなかった。

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