海里の慟哭
【フレア・アレイを展開します。敵ホーミング・ザッパー、ブレイク。増槽内粒子端末、残量危険域】
「――ッ! やっぱり逃げに徹してる!」
ショック・アレイで回避を誘われたところに撃ち込まれたザッパーを、デュプレのカウンターが危なげなく防御するが、ケイの心中はそれどころではない。
「さっさと墜ちろッ!」
炸裂したプラズマの残滓をかき分けて、悪鬼の表情を浮かべたケイが乗り移ったかのように、
【敵機、ブレイク。増槽粒子端末、残量なし】
各種防御アレイと
だが
「増槽
増槽内の
しかし――
【
デュプレが致命的なエラーを告げ、幾つかの赤いエラー・レポートを表示した。
父への信頼からか、Ver2.00がまだテストもしていなかった代物であることを、ケイは完全に失念していた。
「しまっ……た……」
憑物が落ちたような、茫然とした表情がエラー表示を見つめる。
【推力消失。空力翼最大展開。エラー領域凍結。互換可能なシステムで
推力を失った
事ここに至って、
「そんな……」
戦う術を失ったケイが、絞り出すように呟いた。
*
「相手の目的が、アルテミス計画のデータだったとして、降伏する手はあるかな?」
息を潜めて静まり返った管制室内で、
「問題は、それ以外が目的だった場合ですね」
そんな
「単にアルテミス計画のデータの奪取が目的なら、通常の電子戦闘空域の手続きに沿って侵攻、守備隊を突破し、A.S.F.が基地のデータバンクにハッキングをすれば良いだけの話です。事実、彼らはフェザント空軍の哨戒網を潜り抜けて。ここまでたどり着いている……それでも尚、地上部隊が投入されていると言うことは……」
エレインに続いて口を開いた
「狙いは研究データを奪うことではなく、開発そのものを中止に追い込むことか」
沈黙していたニール博士が、重苦しく口を開いた。
「でも……Ver2.00の
「
「……そうか……それでケイはあんなことを……」
ケイも判っていたのだろう。彼女はずっとA.S.F.に乗って、
「
「最悪の場合はありえますけど、体裁を考えるとA.S.F.格納庫はともかく、民間人が居る可能性のある管制塔を吹き飛ばすようなマネは――」
即座に拳銃を構え、壁に空いた穴に数発撃ちこみながら障害物から飛び出す。
「――荒っぽいなぁッ! もうッ!」
そんな愚痴を吐きながら、一拍遅れて投げ込まれた閃光手榴弾を蹴り返し、おまけとばかりに残りの拳銃弾を撃ち込んで牽制、すぐさま障害物に飛び込み、身を隠しながらマガジンを交換した。
タイトスカートでよくそれだけ動けるものだ。
穴の向こうでは閃光弾の音と光が炸裂。一呼吸置いて、
「
カバーに構えていた
言うが早いか。
管制塔の三方のガラスに、同時に無数の亀裂が奔り、続いて黒い厚手の装束に蛍光グリーンの幾何学ラインが入った、特殊部隊にしては派手で未来的な出で立ちの男が三人。ガラスを割って突入。
一瞬遅れて
そして正面、滑走路側の窓から突入した三人目が、運悪く――そして彼らの狙い通りに、固まって屈んでいたニール博士らのすぐ近くに着地した。
細かく砕けたガラス片が降り注ぎ、皆が頭を覆う中、一人、
*
ゆっくりと落ちるガラスの雨。
その中で
アルテミス計画を計画したのは、
自分が撃たれても、
最悪でもニール博士さえ無事ならば、
だから、
――撃つなら私を撃て――
言葉よりも雄弁に熾烈な光を宿した眼光が語り、冷徹な暗殺者の心を捉えた。
その瞬間、
「ニール博士ッ!」
誰かが叫ぶその声で、その腕の主がニール博士であることに気づき、抱き返したその手が触れたものは、熱い湿り気を帯びていた。
自分を押し倒す博士のその体から熱い物が流れ出て、
視界がにわかに、赤く、赤く染まる。
*
暗殺者の放った凶弾は、決死の表情で睨みつける
第二射を制するように、
二人が怯んだ隙に、侵入した三人の暗殺者は足を負傷した一人を引きずって瞬く間に穴へと消えた。
彼らの作戦の成否は定かではないが、素人の
瞬く間に嵐は去って、後には静寂が残された。
「あ……ああ……」
「
即座に
「――ッ!」
ニール博士の銃創を診た
「
言われて
「博士ッ! ニール博士ッ!」
「傷口押えろッ! エレインは救急を呼べッ!」
止血パッドで傷口を塞ぐ間にも、血は次から次へと止めどなく溢れて、
流れ出る血液の熱さと入れ違いに、ニール博士の顔から生気が失われていった。
「そのまま傷口を押さえていてください。鎮静剤を打ちます」
「――すいません博士……痛みを和らげるぐらいしか出来なくて」
皆を動揺させない為に表情を殺した
「ありが……とう……」
朧な意識と泡立つ呼吸の中で、ニール博士が優しく礼を言った。
「どうして……私なんかを庇って……」
博士の頭の側に座り込んだ
「君は……大事な人だ……からね……」
ヒュー、ヒューと命の零れる音が聞こえる。
しかしニール博士はしっかりと
「昔、未来のある若い研究者が沢山死んだんだ。僕の、研究のせいで――ごぼッ」
「博士、それ以上は……」
静かに声を掛ける
「……情報力学は……A.S.F.はもっと人を幸せに出来る……出来る筈なんだ……こんな、戦争紛いの……空を飛ぶ翼では――ごはッ、ごほッ――」
「ニール博士ッ!」
居た堪れなくなって、
「
「……
ニール博士の呼吸は、どんどん細くなっていく。
もう、
「
最後の一瞬、強く
「あ――……ああああ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます