三章
月臣の決断
ニール博士の葬儀は、神耶家の屋敷で近しい者だけを呼んでひっそりと行われた。
博士の生前の功績を考えれば、驚くほど質素なものだった。
「
「月ニイ……」
のろのろと、やつれた顔がこちらを見る。
「いつも夕食の後、三人で話しをするの……
「『今の研究』が完成すれば、もっともっと遠い空へ行けるようになる……お父さん……嬉しそうに言っていたのに……それなのに……」
ボソボソと、消え入りそうな声で、
それきり感極まってすすり泣く
後から思えば、もう少し一緒に居てやればよかったと後悔したが、
*
「……ええ。残念ながら。はい、ほぼ即死でした……ええ。侵入したのはグラードの
葬儀の行われている神耶家の良く手入れのされた古風な庭の影で、エレインが何者かと通話している。
「
珍しく黒いスーツを隙無く着こなして、焼香を終えた
「ああ。ケイも連絡が取れない。父親の葬儀をほっぽりだして、何考えてんだアイツ」
そう答えたのは、先ほど
「
「居間のソファに座ってた。なんて声掛けたらいいのかわからん……」
「それは俺もわからんな……」
「私どもは外様ですから、一緒に思い詰めない方がよいですよ社長?」
エレインが通話を終えて、会話に割って入った。
「
「やっぱり、
「あの時の様子を考えるとな……」
少し居住まいを崩した
そうして、屋敷の庭の隅で三人、ボソボソと線の無い話をしていると、
「こんばんは――やっぱり、ケイちゃんも居ないのね」
三人の元に現れたのは、
「
顔なじみらしいエレインが、気さくに話しかける。
「こんなところでコソコソと悪だくみ?
「いえ、その時その場に居たとはいえ、俺らは外野ですから。目立たないようにですよ」
とは言えここはカドクラ関係の弔問客用スペースだし、コソコソとして居たというほどでもない。
「まあ、丁度いいわね……」
聡里は並べられていたパイプ椅子を一つ、手ずから持ってきて腰を下ろした。ハンドバッグから細い煙草を取り出して火をつけると、一息、紫煙と共に息を吐く。
「こういう堅苦しいのは、いつもは
「相変わらずね、
エレインが少し崩して、呆れた顔をする。
「早々、人の性分は変わったりしないものよ」
肩をすくめて
カドクラのナンバー2と聞いて身構えていた
「
思わず口に出してしまい、慌てて口を塞ぐがもう遅い。
「
足を組み、パイプ椅子の背もたれに寄りかかる、だらしのない姿勢で
「
「私も一応、神耶研究室のOGよ。ニール博士はお爺様のお気に入りだったし。悲しそうに見えないのは、申し訳ないけどね
「それは……ええっと、どうも……」
面識のない
「まあ、それで貴方達三人が揃っているなら丁度いいわ――周辺固めて」
聡里が少し離れて控えていたSPに指示を出すと、彼らは個人端末を取り出し、何かしらの操作を行ったあと、サッと散った。
おそらくは防諜関係のアレイを起動したのだと、
「何か分かったんですか?」
防諜用アレイが起動する時間を計算し、そこからさらに少し待ってから
「
そう言いながら
「譲渡って……研究用って名目付けたとしてもこれじゃ実質……」
「A.S.Fが計六機か。二個
それを横から見た
「社名からして、アルテミス計画のための新会社ですね」
エレインも口を挟む。
「じゃあ、ケイの奴、
「その事なんだけど、Ver2.00の研究データ、ソレが
「それで、
アルテミスワークスの資料を目で追いながら、
「そうは言っても
「……ケイはもしかして俺たちを巻き込まないために? グラードに狙われてるんですよね? アルテミス計画。再開したら、また襲われるのは分かってるから……?」
「へぇ……センスがとてもいい、とニール博士には聞いていたけど……」
「なんです、それ」
「いえ、何でもないわ――
「
確かに
「要は、みんな
確かに、何かあったときに、全員が
「俺たちを試しましたね?
苦労が頭を掻きながらそう言うと、
「まあ、それで……本題はここからなのよ
「拒否権は無しですか?」
「どうなんだ?
つまり
「とはいっても……俺もデュプレのストレージのコピーなんて調律用のデータぐらいしか……調律を任されてたんで、デュプレ自体にアクセスは出来ますけど」
「
エレインが聞くと、
「可能であれば……ね。グラードが特殊部隊を送り込んでまで止めようとする計画なのなら、是非はともかく、概要ぐらいは掴んでおきたいと言うのが、お父様の意向」
「
「確か、
カドクラはそこまで派閥争いが熾烈なわけではないが、複合産業体ともなると、それは無視できないものだ。
「でも困ったわね……
つまるところ、
「って言われましても。
コンペに通った
「ああ……
「トリスのストレージにアルテミス計画の予備データが入ってたりしないか?」
「いや、それはどうだろうな……一度見てみないとわからないけど、確か、電磁加速レール系の実験データはトリスのストレージに全部入っていたような」
「よし。じゃあ、それ持って
そう言って
「
「出来ればグラードが目を付けたほどのアルテミス計画がよかったのだけど……まあこの際、贅沢は言えないわね。その電磁何とかも、ニール博士の研究なのよね?」
「ええ。と言ってもほとんど趣味的なもので、情報力学やA.S.F.部門への寄与は少ないと思うわよ
「今なら、ニール博士の一番弟子、
「お前。俺はスレイプニルの社員じゃないだろう」
「って言ってもなぁ……
首を傾けてこっちを見た
「ニール博士。それに後は……あ」
そこで思い当たった名前で、
「あの状態の
まじめな顔をして
「
「
「いえ……
と、今度は
「正気ですか?」
「神耶研究室にしてみてもニール博士が不在ではね。研究の引継ぎをするにしてもアルテミス計画は
そう言う
「そうですね。
と、四面楚歌。
しかし考えてみれば、ニール博士のいない研究室にこだわる必要も、ないと言えばない。故人を思うと割り切れないものもあるとはいえ、いつまでも悲しんではいられない。
――ケイと
それが、
「わかりました……そういうことなら一つ、
少し考えをまとめた後、
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