焦燥と任務

「ふー……」


 嫌な想像や良くない予測を、すべて心の隅に追いやる。

 深く息を吸い、これから行うASF-X02ナイトレイブンの最高の戦闘機動マニューバを思い描き、頭と心に刻んでいく。


【近接戦闘セットリスト、ロード完了……ケイ】


 ケイの集中のスイッチが入るのを、待っていたかのようにデュプレが告げた。


「オービタル・ザッパー、放出」


【Fox-one。オービタル・ザッパー、Fire】


 デュプレの音声に従ってASF-X02ナイトレイブンの周囲を、ホーミング・ザッパーに比べると一回り細いプラズマの帯が、捻じれを伴って滞空旋回。

 それは警告符丁を伴うも射出はされず、周囲を旋回し続ける。

 外部からは、機体を覆う黒い制御板に幾何学模様が走り、それが滞空するプラズマを制御しているのが見て取れるはずだ。


「ブースター・アレイ」


【ブースター・アレイ展開、アフターバーナー】


 アフターバーナーと言っても、ジェットエンジンの排気を吹いて飛んでいるわけはないA.S.F.では、その言葉も符丁と同じ。

 だが機体後方に現れた、幾何学模様の具現領域マクスウェルの円陣から吹き出す粒子端末グリッターダストが点火され、プラズマの火を噴くそれは確かにアフターバーナーだった。

 オービタル・ザッパーを纏わせたままASF-X02ナイトレイブンはブースター・アレイのバーナー光を曳いて上空へ急加速。


粒子端末グリッターダストの密度が減少する高度8000mを超えても、推力を維持してる。そりゃそうか、増槽の中で占有領域インスタンスを展開しているわけだし……やっぱり父さんは凄い」


【高度10000m。周辺の粒子端末グリッターダスト密度は急速に低下していますが、占有領域インスタンスにより、推力に影響はありません】


 粒子端末グリッターダストの密度はA.S.F.の演算領域ラプラス具現領域マクスウェルの出力に直接影響する。

 しかし、増槽内にVer2.00の占有領域インスタンスを持つASF-X02ナイトレイブンはその高高度の推力低下の影響を受けなかった。


 音速を超える黒い影が、空を割いて上昇した。

 慌てて上昇したSu-77パーヴェルの編隊を超えて加速を続け、上空を奪い取る。


「往くよ……!」


 Su-77パーヴェル編隊の左翼機に、上空からの降下により位置エネルギーを使ってさらに加速、隼のように襲いかかった。

 音速を超える速度で急接近。近距離。

 レティクルが敵機の背中を捉える。


プラズマ溶断光刃アーク・スライサー


 トリガー。


【Fox-Three】


 警告符丁は近接射撃。

 ASF-X02ナイトレイブンの機首付近の制御板に赤い幾何学の光が走り、描かれた具現領域マクスウェルから、レーザービームのような真っ赤なプラズマの光線が閃いた。

 用途と兵器としての理屈は旧世代戦闘機のリボルバーカノンや、サブマシンガンと同じ。発射レートによって命中率の向上させ、近接防御に用いる。

 しかし、そのプラズマ弾の発射レートは弾体同士に隙間が無いほどで、プラズマの発光も相まって、正に空を斬る光の刃だった。


【敵機カウンター、シールド・アレイ展開。アーク・スライサー、防御されます】


 宙を薙ぐように走った赤い光線は、Su-77パーヴェルを綺麗に横切るが、それが機体を溶断する前に、具現領域マクスウェルの青い幾何学の防御陣に阻まれた。


「防御を吐かせた。十分」


 パイロットが対応したか、AIGISが自立的にカウンターしたかは判らない。

 どちらにせよ通常、A.S.F.に対して真っ向からの攻撃は具現領域マクスウェルによる防御アレイによって阻まれる。

 部分防御のシールド・アレイ、全体防御のバリア・アレイ、そして誘導弾を回避するためのフレア・アレイ。

 だが、兵装アレイにしても防御アレイにしても、演算領域ラプラス具現領域マクスウェルのリソースを使っていることには変わりない


「――オービタル・ザッパー」


 高速落下ですれ違いざまに、周囲を滞空していた細いプラズマの帯が蛇が獲物に食らいつく様に飛んだ。

――キィィン――と、金属の溶断される音が響く。

 防御アレイを既に吐き出していたSu-77パーヴェルに防御の手段はなく、残りリソースで無理やり展開したバリア・アレイごと、プラズマの鞭に機体を両断される。


【敵機撃破】


 機体中央を両断し、エンジンとコックピットが切り離された為、バリアを展開しての不時着モードではなく、緊急脱出シークエンスが起動したSu-77パーヴェルのコックピットブロックが射出されるのが見えた。


「一機目、次ッ!」


【ホーミング・ザッパー、来ます】


 定石通り、高度と速度が落ちたところへ的確な攻撃。


「フレア! ヘッドオンからインメルマン、もう一撃」


 迎撃は予想通り。だが、予想よりも早い。

 ケイの指示通りASF-X02ナイトレイブンはバレルロールをしながら敵機に向かって旋回しつつ、フレア・アレイを散布。


 至近で炸裂したホーミング・ザッパーのプラズマの散弾が黒い機体を襲うが、表面を覆うバリアブル・アレイがソレを弾いた。


 先にザッパーを放った隊長機には目もくれず、そのカバー・ポジションに入っている右翼機に向かって急加速。


「馬鹿なッ! いや、食らえッ!」


 Su-77パーヴェルのパイロットが、飛び込んできた黒い機影に動揺するが、直ぐに冷静さを取り戻し、蒼いプラズマ溶断光刃アーク・スライサーを発射。


【敵アーク・スライサー、直撃コース】


 とデュプレが警告を告げるが、ケイは「そのまま行けッ!」と一蹴。

 ケイの言葉に従って、ASF-X02ナイトレイブンは回避運動はおろか、シールド・アレイすら出さず、オービタル・ザッパーの帯を纏ったまま、更に加速。


――ギィンッ!――と激しい炸裂音と共に、黒い機体を光線が焼き走るが、表面を覆う赤い幾何学模様のバリアブル・アレイがそれを弾いた。

 赤と青のプラズマ粒子が弾け散る。


【バリアブル・アレイ耐久限界。強制解除】


 機体表面を覆っていたバリアが消失。

 もう一瞬でも長く照射されていれば、ASF-X02ナイトレイブンは真っ二つだった。だが相手の火力もバリア耐久値も、ケイにとっては計算付くだ。


「なん……」


「回避しろッ!」


 ヘッドオンで強襲されたSu-77パーヴェルの機内に、隊長機からの警告の声が響く。


「遅い」


 プラズマ溶断光刃アーク・スライサーを撃ち出した直後で、防御行動に振れるリソースは限られている。

 すれ違い様に襲い掛かるプラズマの鞭に反応して、僚機の被弾データからAIGISがオート・カウンターを発動。

 機体とザッパーの間に、阻むように三角形のシールド・アレイが出現し、対消滅。

 だが、それで残りの演算領域ラプラスリソースを使い切ったSu-77パーヴェルは、完全に回避のタイミングも失う。

 再使用充填リチャージ・ディレイの警告が、コックピットで鳴り響いている筈だ。


「ちくしょおッ!」


「二機目ッ!」


 機首を上げてヴァイパーに近い動きで下へ潜り込み、再びすれ違いざまにプラズマ溶断光刃アーク・スライサーが敵機の翼を斬り落とした。

 そのまま機首の角度を保ちブースター・アレイで上昇、高度を稼ぎなおす。

 残るは隊長機のみ。


「――あと、一つッ!」


 ケイが――ハッ――と短い息を吐いて、呼吸を整えた。


      *


「無茶苦茶な戦い方をしやがる……」


 Su-77パーヴェル最後の一機。

 グラード特務十三分隊、分隊長ヤーン・ヴァレリィは部下を失ったことに歯噛みしながらも、冷静さを欠かなかった。

 あくまで作戦目標は基地襲撃の援護であり、空戦は電子戦闘空域スカーミッシュによる戦闘許可領域の確保が目的だ。

 エンゲージ状態の演算領域ラプラスがそこに展開してさえいれば良いのだ。それによって、あらゆる軍事行動は肯定される。


 僚機を瞬く間に葬り去ったこの黒い新型A.S.F.を、今すぐ撃墜したい衝動に駆られるが、自分までもが撃墜される危険を冒すわけにはいかない。

 潜入部隊が脱出するまで電子戦闘空域の条件が維持されなければ、地上部隊が大義名分を失い、テロリストとしての汚名を被ることになる。

 その汚名は環太平洋経済圏シーオービタルに利用され、その被害はグラード本国は勿論の事、大陸国家企業連邦ソユーズにまで及ぶだろう。

 それは何としても避けねばならない事態だった。


「カルル。地上部隊の状況は?」


【ノイズ暗号による管制塔への侵入、及びA.S.F.格納庫の爆破合図が最後です】


「クラス7の粒子遮断ダストシールコートか……味方の通信も遮断するせいで、伝達が随分先祖返りしちまって、面倒なことだ」


 潜入部隊の装備している粒子遮断ダストシールコートは元々大戦時、粒子センサネットワークの演算領域ラプラスから、既存電子機器を防護するための技術だった。

 環太平洋経済圏シーオービタル側からの情報力学技術の流入によって、一時凍結されたが、その技術を惜しんだ対外諜報局S.V.R.により技術開発は再開され、結果A.S.F.の索敵からさえも隠蔽可能な個人装備を開発するにまで発展していた。


【敵機接近】


「しかし、この思い切りの良さ……こちらの狙いは完全にバレているか」


 ヴァレリーは素早く、機体をバレルロール。

 赤いプラズマ溶断光刃アーク・スライサーの光線が、一瞬前までSu-77パーヴェルが飛んでいた空中を縦に薙ぎ払った。


【さらに追撃。種別、持続型セミアクティブ・ショートレンジ・ザッパー。シールド対象指定】


 高度差を利用し、一気に接近してきたASF-X02ナイトレイブンのオービタル・ザッパーが鞭のようにしなって襲うが、生成したシールドで防御、対消滅。


「同じ攻撃ではな。焦っているか」


 僚機が遺したサンプリングデータを元に、敵機のコンバットパターンをAIGISアイギスカルルが解析、的確に防御する。


「俺の部下を瞬く間に撃墜、作戦行動すら戦闘中に看破する状況把握力……スレイプニル社のアンサラー、ケイ・カミヤ……だが……」


 ヴァレリーの空中機動マニューバを、なぞる様に追尾する黒いA.S.F.。まるで動きの先を読まれているかのようだ。

 隙あらばプラズマ溶断光刃アーク・スライサーの赤光が至近を掠める。

 演算領域ラプラスのリソースを大きく食うホーミング・ザッパーは不用意に撃ってこない。


【距離を取ります。ショックアレイ散布】


 ヴァレリーの空戦機動に合わせて、音と閃光と演算ノイズをばら撒くショック・アレイを高速生成し、後方へ散布、炸裂。

 鼻先まで接近していた黒い機影は、たまらず急旋回で回避。

 その隙にSu-77パーヴェルは十分な距離を稼ぎなおした。

 が、戦域離脱はしない。


「こっちも仕事なんでな」


 撃墜された部下の仇を押し殺し、ヴァレリーのSu-77パーヴェルは迎撃と時間稼ぎのザッパーを放った。

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