対外諜報局

 大陸国家企業連邦ソユーズの主宰国あるグラード。

 その対外諜報局S.V.R.は粒子センサネットワーク以前は古典諜報部であったが、停戦協定後は電子戦闘空域に抵触するような秘密作戦も数多く手掛け、他の経済圏はもちろんのこと、大陸国家企業連邦ソユーズ内からも恐れられるほどであった。

 その中でも特に粒子遮断ダストシール技術は群を抜いており、A.S.F.に対して一定以上の効果を持つクラス7の遮断技術は、対外諜報局S.V.R.しか保有していない。

 ASF-X02ナイトレイブンのバリアブル・アレイもクラス5遮断技術の応用改良によるステルス効果を有しているのだが、演算領域ラプラス範囲外の隠蔽能力に限定される。


「グラードの対外諜報局S.V.R.が出張ってるとなると、大陸国家企業連邦ソユーズにアルテミス計画のある程度以上、下手をしたら全容が漏れてるってことになりますね……って、そうだ遊佐ユサちゃん、離陸して早くッ!」


 憂鬱そうに拳銃で額を小突きながら喋っていた阿佐見アサミのトーンが急に変わって、そんなことを叫んだ。


「月ニイ! 格納庫の中に黒に蛍光グリーンのラインの入った変な人ッ! 演算領域ラプラスで検知出来ないのに『ハッブル』に映ってるッ!」


 同時に遊佐ユサの通信が入った。


遊佐ユサ! トリス、急いで離陸し――」


 慌てて月臣ツキオミが通信を開こうとするが――ゴオォォォン――と何かが爆発する音が外で轟いた。続いて、鉄骨が崩れ落ちるような音が鳴り響き、ノイズと共に遊佐ユサとの回線が途切れる。


「うわっちゃぁ……」


「なんだ? 外で爆発……」


「社長、だから頭出さないッ! 死ぬぞホントに!」


 窓を覗こうとした九朗クロウを、阿佐見アサミが再び怒鳴りつける。


「今の、A.S.F.の格納庫の方ですね……月臣ツキオミ君、遊佐ユサちゃんと連絡は?」


 不穏な顔をするエレインが聞き、我に返った月臣ツキオミが急いで通信を繋ぎなおした。


遊佐ユサ! 無事か!?」


【最優先状況レポート、敵工作部隊の破壊活動と推測。遊佐ユサの指示により『ハッブルの瞳』で観測した映像データを送信します】


「ああ、頼む。ソレで遊佐ユサは?」


 演算領域ラプラスに検知できず『ハッブルの瞳』で撮影出来る敵の装備。それは重要な情報だったが、月臣ツキオミにとっては遊佐ユサの無事が先であった。


遊佐ユサは体を固定していなかった為、コンソールで頭部を強打し昏倒。今のところ生命維持に緊急の問題はありません。現在はコックピットブロックを生命維持モードに切り替えハッチをロック、及び緊急避難用バリア・アレイを展開中】


「ふう……トリス、君の方は?」


【ありがとうございます。被ダメージタイプは主に格納庫構造体の落下物。『ハッブルの瞳』が侵入者を撮影した際に、自己判断でコックピット・ブロック及びマクスウェル・エンジンにシールド・アレイを展開した為、主要部位バイタルパートは保護できましたが、翼部、粒子制御板ダストプレート他、機体へのダメージが致命的で戦闘行動は不可能です】


「すまない、ありがとうトリス。そのまま遊佐ユサを守っててやってくれ」


【了解致しました】


 トリスが恭しくお辞儀をする。遊佐ユサの気絶に伴って、月臣ツキオミからの外部入力を受け付けていることを示すためだ。


「一先ず、遊佐ユサは大丈夫か……しかし……」


「格納庫が全棟倒壊してる。ケイちゃんからも見えてるだろうな……無茶しないといいんだが」


 そう言ったのは、阿佐見アサミに怒られながらも外を覗いた九朗クロウだった。


      *


 上空では、遠間での牽制が続いていた。

 遠距離の撃ち合いでは長距離プラズマ誘導弾頭ロングレンジ・ホーミング・ザッパーを備えたASF-X02ナイトレイブンに分があったが、対して相手は数と高度の有利を使って攻めてこようとはせず、ヒット&ウェイと小出しの攻撃で優位の維持に終始している。

 高く上がって離脱しようともせず、かと言って低空に居るこちらを一気に仕留めようともしない。


 ケイがその意図を読み切れずに焦れていた時、基地の格納庫が爆破されるのが見えた。


【格納庫全棟倒壊。破壊工作のようです】


遊佐ユサはッ!」


【データリンク――意識はありませんが、バイタルは正常。トリスがコックピットの機能により保全中です】


「よかった。でも……地上に工作部隊?」


 気が逸れた一瞬の隙に、ホーミング・ザッパーが飛来する。


「――じゃまッ!」


 今見れば、それは意図して単調な攻撃であった。

 バレルロールしたASF-X02ナイトレイブンを覆う黒い粒子制御板ダストプレートから、描き出されるように飛び出したフレア・アレイの蒼い球光に吸い寄せられて、敵のホーミング・ザッパーは効果範囲外で起爆。


「デュプレ、阿佐見アサミさんに繋いで」


 だが、通信ウィンドウに現れたのは月臣ツキオミだった。


「ケイか。こっちはまだ大丈夫だ。遊佐ユサも無事だ、トリスが見てる」


「なんで月臣ツキオミが?」


阿佐見アサミさんが手を離せなくってな。ここに特殊部隊? がどうとかバタバタして……」


「な……ん……」


 月臣ツキオミのその言葉で、ダラダラとやる気のない牽制に終始していたSu-77パーヴェルの狙いも割れる。

 ケイは絶句した。


「さっきから阿佐見アサミさんが恐ろしく真面目な顔をしてるから、こっちもかなり大変な状況みたいなんだ。グラードの対外諜報? が何とか……」


対外諜報局S.V.R.! いくら阿佐見アサミさんでも、まともな装備もなしで……警備は?」


遊佐ユサが気づいた時には既に歩哨がやられていたらしい、警備の詰め所にも連絡が付かないらしくて」


「もう、何から何まで最悪……」


 月臣ツキオミと話しながら、ケイはセッティングしてあったASF-X02ナイトレイブンの演算兵装を次々と変更していく。

 侵入や格納庫の爆破の手口を、トリス経由で引き出して確認すると、よくない想像だけが広がっていく。


「対人兵装は……ダメか。そもそも見えない相手を探している余裕がない」


 演算領域ラプラスで検知できない相手では、ケイには手の出しようがない。


 それは戦闘状態の演算領域ラプラス範囲内を、無条件で戦場化してしまう『電子戦闘空域』の盲点を利用した作戦であった。


 本来は海上、中立地帯などでA.S.F.が会敵することを想定した協定である。

 つまるところ今現在、特殊工作部隊のテロまがいの活動を正当化しているのは、基地内がASF-X02ナイトレイブンSu-77パーヴェルによる『電子戦闘空域』の範囲内に入ってしまっているのが原因だ。


「――それなら」


 近接格闘特化の演算兵装セットリストが目に留まる。

 目の前、三機のA.S.F.を撃墜すれば『電子戦闘空域』の条件は、その時点で解除される。ケイの胎は即座に決まった。


「父さんの研究を戦争に使って、どいつもこいつも! ほんと……まったく! デュプレ、防御戦闘を破棄。近接格闘極振りでセットリスト再構築、フルロード!」


【近接戦闘兵装、フルロード。しかし、彼我の戦力比が三倍を超えた状態での近接戦闘ドッグファイトは推奨しかねます】


 それでもデュプレは不可能とは言わなかった。


「関係ない。こっちは粒子端末グリッターダストVer2.00。占有領域インスタンス分のアドバンテージで瞬殺してやる!」


 瞳孔が開き、瞳は極端な集中状態を示した。周囲のあらゆる情報を余さず集め、ケイの類まれな頭脳は、求める最速の解答を弾き出す。

 そのケイの鬼気迫る貌に驚いたのは月臣ツキオミだ。


「おいまてコラ、一人で無茶なマネするなッ!」


「無茶な状況はそっちなんだよ! 私がちんたら戦ってたせいで『電子戦闘空域』を利用して特殊部隊が潜入してる。こいつらの狙いは最初からソレ。そんなことにも気づかないなんて、私はッ!」


計測限界値の情報処理IQ保有者アンサラー』などと言っても、所詮は人間、未来を見通せるわけはない。

 それがケイの持論であったが、今この瞬間だけは、未来を見通せる能力を持ち得なかったことを酷く後悔していた。


「おいッ! 聞けってッ!」


月臣ツキオミ……死なないでよ――」


 激しく動揺する月臣ツキオミに、ケイは瞬きの間、優しい瞳を取り戻して、祈る様に告げた。


「デュプレッ! ケイを止めろッ!」


 しかし月臣ツキオミのその外部入力に、デュプレが答えることは無かった。

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