侵入の痕跡

 一方、スレイプニル基地格納庫内。


【スレイプニル基地敷地内に侵入者です】


 そう音声を発したのは、格納庫内で待機していたASF-X03フェイルノートAIGISアイギストリスであった。


 敵襲の報は届いていたものの、篠崎シノサキから待機指示を受けていた遊佐ユサは、手持ち無沙汰から演算領域ラプラスで周辺の粒子センサネットワークを走査していた。

 その映像検索に侵入者の痕跡が引っ掛かったのだ。


「さっきのは電子戦闘空域の警報だったよね? 姉さんは上で戦ってる……あ、そうじゃない、ヨーコッ!」


 遊佐ユサは大急ぎで阿佐見アサミの回線を開く。


「おうぁ、はいはいはい、なになに? どしたの遊佐ユサちゃん」


 唐突に顔の真横に開いた空中映像プレートに、阿佐見アサミは素っ頓狂な声を上げるが、有事の際であるためか、すぐさま冷静に応対する。


「ヨーコ大変、侵入者ッ! 多分ヤバい人!」


 遊佐ユサがそう言うと、トリスがスキャン画像をピックアップして送信した。

 破られたフェンスや植え込みの比較画像、足跡などを阿佐見アサミのデスクに転送する。


【侵入者の人数は映像からの推定で十八名。特殊作戦の実行部隊相当です】


 最後にトリスがレポートすると、阿佐見アサミの顔は蒼白になり、


「冗談でしょッ!?」


 と、いよいよ悲鳴を上げた。


      *


阿佐見アサミさん?」


――ガタン――と椅子を蹴って立ち上がった阿佐見アサミに、エレインが駆け寄る。


「警備部、侵入者の痕跡、レポート送ります」


 極めて真面目な顔をした阿佐見アサミが、マイクに向かってそう告げるが、相手からの応答はない。


「トリス、警備部詰め所の粒子センサネットワークを走査」


 月臣ツキオミが横から遊佐ユサを映すモニターに言うと、トリスはすぐさま応答。


【警備詰め所、及び管制塔歩哨のバイタル、すべて消失しています】


 返ってきたのは絶望的なレポートだった。


篠崎シノサキ君、大急ぎでフェザント陸軍に救援要請ッ! 全員戸口から離れてッ!」


 普段からは信じられないような鋭い声を飛ばすと、返事も待たずに手早く引き出しの鍵を開け、拳銃を取り出すとセーフティを外した。

 篠崎シノサキも同様に拳銃を取り出すと、阿佐見アサミに向かってこちらも普段からは想像もつかない厳しい顔で頷く。


 A.S.F.と違い、個人携帯火器は昔から外観こそ大きな変化はないが、空間に存在する粒子センサネットワークを介した3D形成技術の発達で、部品点数は極限まで少なくなり、高い製造精度と相まって信頼性は格段に向上している。

 しかしそれでも阿佐見アサミや篠崎の手にした拳銃に、カドクラ傘下の基地に易々と侵入してくる特殊部隊を相手取れるほどの性能はない。


「せめてPDWサブマシンガンぐらい用意してくれてれば……」


「フェザントは銃火器の携帯にやたら厳しくて民間企業には無理ですよ。アドラーなら電子戦闘空域対策と称して、自動小銃アサルトライフルと言わず、軽機関銃ライトマシンガンでも用意できますけど……」


 エレインがそんなことを言って混ぜっ返すが、青ざめた表情は隠しきれていない。


「社長も月臣ツキオミ君も、海里カイリさんとニール博士を連れて屈んでください。窓からは頭を出さないように。篠崎シノサキ君は私のカバー。他の人は社長のお守り」


 普段ぐうたらな仕事振りの管制官、阿佐見アサミ曜子ヨーコが、当人としては嬉しくはないだろうが、水を得た魚ようにキビキビと指示を出す。

 手早く会議机でバリケードを作り、管制室背後の扉を塞ぐと、機材を使って扉側に向けて障害物を作る。


「社長、馬鹿! そこ戸口から射線が通ってる。もっとそっち寄って物陰に屈んで! そこ、扉側の壁には寄らない!」


 阿佐見アサミが手振りを交えながら容赦のない罵声を浴びせるが、もちろん冗談などではなく、そのことが事態の深刻さを如実に物語っていた。


「お、おう」


 おたおたと、九朗クロウが言われた通りの位置に移動する。


海里カイリ君、いったいどういう状況かな」


 皆が部屋の隅にうずくまる中、状況にあまり慌てていない様子のニール博士が、皆に聞こえるように海里カイリに言った。


「ケイちゃんが上空で、電子戦闘空域に突入したタイミングを狙って侵入者があったようです」


 まだ少し冷静な海里カイリは、状況を口に出して整理する。


「ってことは、やっぱり連中の狙いは『Ver2.00』のデータですかね――月臣ツキオミ阿佐見アサミさんも篠崎シノサキさんも手が離せなさそうだから、ケイと遊佐ユサちゃんの通信、お前がやってくれ」


 少し冷静さが戻ったのか、九朗クロウ月臣ツキオミにそんなことを言った。


「俺かよ。軍事関係はさっぱりだぞ」


「お前ならデュプレともトリスとも話ができるだろ。頼んだ」


 と、にべもない。


「どうなっても知らないぞ。素人なのに……」


 そう言いながら屈んだ姿勢で管制機器からコードを曳き、個人端末から通信ラインを構築する。


月臣ツキオミ君、侵入している連中の位置関係、遊佐ユサちゃんに調べてもらえない?」


 やり取りを聞いていた阿佐見アサミが、戸口から視線を外さないままに月臣ツキオミに言った。


遊佐ユサ、管制塔内と周辺をスキャンして侵入者を探せるか?」


「月ニイ。それが、さっきから何度もやってるんだけど、管制塔へ入った痕跡は見つかるのに、侵入者の姿が見当たらないの」


 困惑した表情で遊佐ユサが答える。


「トリス、遊佐ユサの作業の評価レポート」


【現在も引き続き走査中ですが、現在もスレイプニル社社員、及びゲスト以外のバイタルは確認できません。よって対象は何らかの方法で、演算領域ラプラスからの隠蔽いんぺいを行っていると考えられます】


 A.S.F.の演算領域ラプラス粒子端末グリッターダストを支配し、対象空間内の粒子センサネットワークから、あらゆるデータを収集することが出来る。

 よって映像や音声はもちろん、電子機器や人体の微量な磁場に至るまで探知することが出来る。

 それが侵入者の痕跡を発見しているにもかかわらず、姿はおろか、バイタル反応すら感知できない状況は異常と言えた。


「もう帰っちゃった……ってことはないよねぇ……どうしよう月ニイ」


遊佐ユサ、とりあえず『ハッブルの瞳』を使って探してみてくれ。あっちは単純な光学観測機器だから何か映るかもしれない……何か見つけたら連絡してくれ」


 そう言って一旦、通信を閉じた。

 だがAIGISアイギスの電算調律師に過ぎない月臣ツキオミに、それ以上、良いアイディアなど浮かぶはずもない。


「A.S.F.の演算領域ラプラスに引っ掛からない個人装備……クラス6以上の粒子遮断ダストシールコートでも無いと……」


 その様子を横で聞いていた海里カイリがぶつぶつと何かを呟き、それを聞いた九朗クロウが、別の個人端末を取り出して、どこかへとダイヤルした。


鹿神シシガミさん無事ですか? 俺です、今ちょっとメンドクサイことになってる。技術部は全員シェルターに――済んでる? そりゃよかった。遊佐ユサちゃんから聞いてる? なら話が早い――今、海里カイリさんがダストシールがどうとか言ってて。そういうの、あるんですか?」


 九朗クロウの電話の先は技術部だ。

 技術部のある格納庫の地下はシェルターが併設されているため、電子戦闘空域が展開した段階でそちらへ逃げ込んだようだった。


「技術部の人は無事か……狙われてるのはやっぱりこっちか?」


 月臣ツキオミが言うと、九朗クロウは掌を立てて止めた。


「……はい……はい……じゃあ……わかりました。阿佐見アサミさんに確認します」


 そのまま月臣ツキオミのことはスルーして、九朗クロウ阿佐見アサミさんに向かって手を振った。


「社長! 手ぇ吹っ飛ばされるよ馬鹿ッ!」


阿佐見アサミさん、今、技術部の鹿神シシガミ主任に確認取ったんですけど、演算領域ラプラスの走査から完全隠蔽いんぺいできる装備は、クラス7以上の粒子遮断技術らしいって言ってます。なんか思い当たることあります?」


 と、気楽に言った九朗クロウの言葉に、阿佐見アサミはおろか、篠崎シノサキすらも顔が蒼くなった。


「クラス7の粒子遮断ダストシール技術持ってるところって言ったら……阿佐見アサミさん……」


「うわぁ……グラードの対外諜報局S.V.R.……」


 そう言いながら阿佐見アサミは、いろいろと思いつめた表情で機材に頭をぶつける。

 静まり返った管制室内に――ゴン――という音が思ったよりも響いた。

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