領空侵犯機

「こっちはいつでも良いよ」


 右手側の空中映像プレートにケイの姿。


「電磁加速カタパルト、準備オーケーだそうです」


 と阿佐見アサミ


「やってくれ」


「進路クリア。ASF-X02ナイトレイブン電磁加速カタパルトによる滑走離陸スタンバイ、発進どうぞ」


 通常の航空機同様、滑走路に設置された誘導灯が点灯する。

 滑走路中央に敷かれた電磁加速カタパルトは滑走路の三分の一も無く、非常に緩やかな角度が付いていて、その先端は空を向いて少し持ち上がっている。


 レールがASF-X02ナイトレイブン具現領域マクスウェルを受けて赤く輝くと――キオォン――という電磁加速砲レールガンに比べるとやや硬質で高い音が響き、黒い機影が急加速。

 瞬く間に電磁加速レールを走りきると、レールの仰角に案内されて、黒い烏が羽ばたくがごとく空へと舞い上がった。


電磁加速砲レールガンの実験データのおかげで、電磁加速カタパルトの方は一発目から安定していますね――デュプレ、外部推力による加速はどうだい?」


 計器のデータを見ながら月臣ツキオミ


【調律していただいた空力制御及び姿勢制御システムは良好に作動中。加速を十分に稼いだため具現領域マクスウェル推力のみによる垂直離陸に比べ、離陸リソースを72%削減出来ています】


「ちょっと月臣ツキオミASF-X02ナイトレイブンを操縦してるのは、私なんですけど?」


「いや判ってるけど、俺にも仕事がだな……」


月臣ツキオミ君?」


 ニッコリと笑ってケイ。有無を言わさない時の表情である。


「あー、はい。ASF-X02ナイトレイブンの加速はどうでしょうケイさん」


「良好よ。あっという間にマッハ3を超えた。これでA.S.F.の巡航速度は大したことない、なんて言っている連中も黙らせられるわ」


 ケイの声は弾んでいる。

 第六世代戦闘機と比べ、第七世代の超音速飛行はさほど進化していないとは言え、具現領域マクスウェルによる空力制御によってA.S.F.はマッハ3を、優に突破できることが証明されたのだ。

 特に機体全体に粒子制御板ダストプレートを施したASF-X02ナイトレイブンと、電磁加速カタパルトの加速の相性は抜群であった。


「そりゃよござんした」


 月臣ツキオミが生返事をしていると、何やら後ろが騒がしい。


「うん、良いね」


「この加速度で最高速度に到達するのは、きっと世界初ですね博士。こりゃ凄い」


「情報力学上、ブースター・アレイの推力は粒子端末グリッターダストの密度に依存していて、最高速度に限界があったからね。電磁加速レールをカタパルトにしたのは正解だったな。よくやってくれたケイ」


 九朗クロウとニール博士が無邪気に喜んでいた。


「……そうなんですか?」


 AIGISが専門で、A.S.F.にはさほど詳しくない月臣ツキオミが、隣に座る海里カイリに聴くと、海里カイリは少し微妙そうな顔をする。


海里カイリさんと、エレインさんはそんなに興味ない感じですか」


「興味が無くはないのだけど、ASF-X02ナイトレイブンはコンペで落ちた機体なのよね。複雑だわ」


 と、エレイン。


「ケイさんだから、あっさりとASF-X02ナイトレイブンの空力制御してしまっているけど、今のところ計測限界値の情報処理IQ保持者アンサラーでないと乗りこなせないと言うのがネックね」


 海里カイリも難しい顔だ。


「通常機の数倍の量の粒子制御板ダストプレートによる出力構築アレイ制御に加えて、電磁加速レールや航空力学系の演算もやっていますから、とても一般パイロットでは……」


月臣ツキオミ君にデュプレやトリスの調律を細かく頼んでいるくらいに、気難しい機体でしょう? ケイさんや遊佐ユサさんしか乗れない機体……ニール博士や九重社長の趣味としては良いのだけれど、それが商品になるかと言われると……」


 海里カイリとエレインが交互に言って、男共の趣味、と言わんばかりの顔で月臣ツキオミに答えた。


「博士と九朗クロウが、何分ご迷惑をオカケシテイマス……」


 男の身で立つ瀬の無い月臣ツキオミが、降伏の意味を込めて両手を挙げると、女二人はクスリと笑った。

 なるほど海里カイリが『遊び』を強調していたのはそういうことかと、月臣ツキオミは苦笑いをした。


「まあ、今回の評価試験の目的はVer2.00の方ですから」


「見たところ順調なようだけど……」



 海里カイリが空を見上げて言う。管制室の空中映像プレートにはASF-X02ナイトレイブンから送られてくるデータも表示されていたが、良好な数字を示していた。


ASF-X03フェイルノートとの模擬戦が本番ですからね」


――粒子端末グリッターダストVer2.00

 今回は増槽内に充填された新式粒子端末グリッターダストによって『区切られたインスタンス』な演算領域ラプラス具現領域マクスウェルの形成のテストを行っている。

 他のA.S.F.の演算領域ラプラスによる領域支配に影響されない、ローカルな領域の構築。

 それはA.S.F.に対する電子防御を格段に向上させ、具現領域マクスウェルの高出力化、安定化を促す。

 機密情報のファイアウォールとして考えただけでも、それは絶大な効果がある。

 これがお披露目されれば、世界に激震が走るだろう。


 それを考えれば『電磁加速レール』や『ハッブルの瞳』などの研究が些事であることは、疑いようのない事実だった。

 もちろん月臣ツキオミは、どんな研究にも意味があると言うニール博士を疑うわけではない。研究者の端くれとしてどんな研究にも真摯に取り組んでいるつもりだが、それでも粒子端末グリッターダストVer2.00に比べれば、お遊び感が起つのは否めなかった。


「おーい野郎どもー、本命のVer2.00の戦闘機動テストに入るよ」


 未だ加速度データをあれやこれや弄っているニール博士と九朗クロウに、モニターの向こうのケイが呆れ顔で言った。


「ああ、すまないケイ。早速頼む」


 ニール博士が、我に返ったようにケイに答えた。


「しっかりしてよ父さん――ん?」


 その時であった。


【試験空域に侵犯機を補足】


 デュプレが静かに異常を告げた。


「なん――いや……デュプレ、基地を電子戦防御。周辺空域の戦術情報を全域走査、急いで」


【テスト用の粒子端末グリッターダストVer2.00で戦術級アレイを展開することになりますが――】


「かまわない。やっちゃって」


 警告を発するデュプレに対して、ケイは即答。

 その様子に、管制塔にも緊張が走る。


【――解析データ、データベース該当。識別、大陸国家企業連邦ソユーズ所属A.S.F.登録名Su-77パーヴェル。数3】


「こんなところに大陸国家企業連邦ソユーズのA.S.F.? そんな情報入ってきていないけど……」


 ケイが不思議そうな顔をする。

 対抗するA.S.F.が居なければ、粒子センサネットワーク上の全ての機密を暴くことの出来る演算領域ラプラス

 それ故に対抗措置として設定された電子戦闘空域であるし、それ故に軍事行動の情報は漏れやすい。


「設計局の新型?」


 一方で、珍しく鋭い声を出したのは管制塔、軍事に明るい阿佐見アサミ曜子ヨーコだった。


 Su-77パーヴェル大陸国家企業連邦ソユーズの主宰国グラードの航空設計局が停戦後に急遽建造した検証機Su-57ベルクト、及び先行量産機Su-67ベルクトⅡを経て開発された正式採用機で、鋭利な前進翼が印象的なこのA.S.F.は大陸国家企業連邦ソユーズの次期主力機として内定しているとの噂。

 環太平洋経済圏シーオービタルのA.S.F.カタログ上ではアドラーのASF-1クラウドルーラーや、カドクラのASF-1Fムラクモなどと同クラスとされているが、設計の新しさと演算領域ラプラス性能の高さから遭遇したA.S.F.はことごとく苦戦を強いられており、評価の見直しが検討されている。

 00年度A.S.F.開発計画機レイシキにとっては、仮想敵とも言える存在であった。


「グラードに計画が漏れてる?」


「それより、フェザント空軍の前哨基地はどうなってるの。アレを素通ししたの?」


 慌ただしくなる管制塔内。軍事に疎い月臣ツキオミにも、緊急の事態であることは容易に想像がついた。


「フェザント空軍より入電。試験にあわせて防諜の為に警戒飛行をしていたASF-1Fムラクモが一機ロスト。警戒されたし、とのことです」


「遅い!」


 普段、余裕の塊のようなケイの声が珍しく荒い。

 ケイの剣幕に伝達した阿佐見アサミが「きゃんっ」と可愛らしい声を出すが、今はそれどころではない。


「アルテミス計画はたった今から評価試験をするって状態なのに、漏れたにしてもグラードの行動が早いし強硬的すぎる。いったいこれは……」


 海里カイリの疑問に答えられるものは、この場には居なかった。


「どちらにしろ電子戦闘空域は避けられないから応戦しないと。ASF-X02ナイトレイブンはVer2.00で稼働してるし、剛性と張力強化の為に機体表面に常駐させているバリアブル・アレイの副次隠蔽効果でまだ向こうには補足されていない。仕掛けるなら今だよ? 演算領域ラプラスが接触したら電子欺瞞ステルスも効果が無くなる』


「社長?」


 阿佐見アサミが応答に困って尋ねると九朗クロウは、


「先制できるならやっちまえ、責任は取る」


 と力強く応えた。

 振り返って海里カイリを見、「いいですね?」と聞くが、「許可出してから聞くのは悪い手口ね」と笑われた。

 しかしその表情は緊張からか、少し硬い。


「試験中止。デュプレ、試験プログラムを破棄。対A.S.F.戦闘用セットリスト・タイプBでロード」


【了解。試験プログラム破棄。武装セットリストを仮想弾から実効弾へ変更します】


「――父さん!」


「なんだい、ケイ」


「このまま、Ver2.00で戦うよ……良いね?」


「どうも僕の研究は戦争から逃げれないようだ……ケイ、Ver2.00はまだ試験もしていない代物だ。無理はしないように」


「任せて、何とかして見せるよ」


 ニール博士の心配を余所に、ケイは凶暴な笑顔で答えた。


「……聞いてねえだろお前。ホント無茶すんなよ」


 月臣ツキオミの知る限り、どう考えても無茶をしようというときの彼女である。


「ケイちゃん、ASF-X02ナイトレイブンと敵A.S.F.の演算領域ラプラス接触まで、後……5……4……」


 阿佐見アサミが緊張した面持ちでカウントを開始した。

 管制塔の全員が息を飲む。

 全員がA.S.F.関連の関係者ではあるが、このような至近での電子戦闘空域の展開は初めてであった。


「――……3……2……1……エンゲージッ!」


 阿佐見アサミのカウントと同時に、管制塔の警告灯が赤く染まる。


【『電子戦闘空域』の成立を確認。トリガーロック解除。演算領域ラプラスによる電子戦を展開。ロングレンジ・ホーミング・ザッパー、ロード。敵機射程内、補足】


 モニターの向こうでは、黒いイカと称されるASF-X02ナイトレイブンの周囲に正確な螺旋を描いて、プラズマの帯が滞空旋回。


「こっちはローカル領域で作った具現領域マクスウェル……向こうからは見えていないはず。これが刺されば、手間は無いんだけどッ!」


 そう言ってケイはトリガーパネルをタップ。


【Fox-Two、リリース】


 デュプレの警告符丁と共に、滞空していたプラズマで作られた光のミサイル――ホーミング・ザッパー――が射出される。

 具現領域マクスウェルで制御した可接触状態を超荷したプラズマ化粒子端末グリッターダストによる誘導炸裂弾。

 自立誘導する荷電粒子は、ミサイルに取って代わるA.S.F.の主兵装で、Fox-Twoの警告符丁もそれに準じている。


 ロングレンジ・ホーミング・ザッパーは粒子端末グリッターダストVer2.00を象徴する赤い閃光を曳いて、領空侵犯のグラード機へと飛んだ。

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